第2話 タイミングよく訪れる外圧
どんなに気分が暗くとも、学生の身分というのは過酷である。
翌朝、まだまだ眠たい眼をパシパシしながら織理は目を覚ました。時計を見ると家を出たい時間の20分前。だが慌てない、いつもの事だ。
そしていつものように制服に着替える。割と自由な校風の、割と自由な制服。織理も織理でリボンタイを好きな柄のものに変えている。なんせ能力の中には身体の形を変えてしまう物もあるのだから、こればかりは縛れない。
そうして着替えて部屋を出るが、空気は何となく冷たかった。物音が余りしない、在琉はもう登校してしまったのだろう。
――妙に静かなのは攪真が部屋から出てきていないからか。分かってはいたが彼は暫く学校を休むらしい。織理からすれば納得だった。今の彼の精神状態は側から見ても余り良くない。能力が溢れ出す、ということは無いけれどいつもの明るさも何も無い。そして織理はそれをどうにかできるほど、攪真への触れ合い方が分からなかった。
――何を言ったら攪真は気が楽になるんだろう。そう思うことはあっても、答えがわからなかった。以前みたいにキスをして、好意を伝える……というのも気分にならなかった。攪真を見ると連鎖して弦の事を聞いてしまうから結局自分も気落ちする。
織理は頭を振った。元来自分は人をケアできるほど感情に豊かでは無い。当人に頼るのも嫌だったが、こう言ったことは弦の身の振り方を見ることしかできない。だから、とりあえず自分の本分を行わなくては。
そうして織理は玄関を開けた。
――――
登校風景は変わらない。教室の空気も余り変わらない。
朝礼で攪真の欠席が告げられ、少しだけ心配する話し声が聞こえたくらいだった。
織理は無意識に結菜の席に目を向ける。そして、当人と目があった。どこか気まずそうに横目で見ていたらしい彼女は、目が合うとすぐに前を向いた。その目はあの時の侮蔑を含んではいなかった。
朝礼が終わり、一限迄の少しの待機時間。彼女は織理の席に近づいてきた。
「これ、あげる……ごめんね」
そう言って織理の席に両手サイズほどのお菓子の箱らしき物を置いた。控えめながら紺色のリボンで可愛くラッピングされている。
「攪真くんは……大丈夫?」
触れていいのか分からない、そんな声色の質問。織理はどう答えるか悩んだ。怪我がある訳でもないし、むしろ能力自体は落ち着いている。だがあの陰鬱な同居人を大丈夫と評して良いのだろうか。
「体調は大丈夫。ただ暫く休むって」
当たり障りなく答えるしかなかった。メンタルがダメです、と伝えられるほど織理のコミュ力は強くない。
彼女は深掘りしなかった。あの後ではいつも通りに、と言うわけにも行かないだろうと分かっていたし、正直なところ今は彼に対しての距離感が難しい。
「大丈夫なら、良かった。ごめんね、色々……」
――あの無神経な女とは思えない、織理はただ頷いた。それを合図に結菜も席を離れる。
一限の鐘が鳴った。
――――
「なぁ、織理。弦さん大丈夫? 今すごい話題になっちゃってるんだけど」
匠から、弦の名前が出てきて織理は一瞬固まった。だが続く言葉に疑問が湧く。
「話題……?」
「そ。先日さ、弦さんがSNSで暫くお休みしますって言ってそれっきりだから……」
SNS。織理は使ったことも見たこともなかったが存在は何となく知っている。――あの人、SNSやってたんだ。そう言えば彼の部屋にはモニターが2つ置かれていたっけ、と思い出した。実のところ弦の趣味などは殆ど知らないので気にしたことがなかった。
しかし、それはそれとして謎が浮かぶ。
「お休みの何が良くないの……? 毎日するものでもないんじゃ……」
「いやー、そりゃそうなんだけど。態々告知したのが憶測を読んでるというか……」
織理の疑問は尤もであったが、匠は何故か歯切れが悪い。何だろう、匠が躊躇うようなことが起きてるのかと織理は不安になった。
「ちょっとタイミング良くないかもって……」
彼の手にしていたスマホには、弦のアカウントらしいものが表示されていた。SNSなんて使ったことのない織理はちょっと画面の見方がわからなかったが、匠が色々読み上げた。
「なんかさー……恋人疑惑出ちゃったんだよ。弦さん」
――恋人。
その言葉に衝撃を受ける。攪真が女好きでなんか色々彼女を作っていたのは先日痛いほど実感したが、弦にも。
「弦さんに……彼女いるの?」
攪真に比べたらインドアな彼は、休日だって家にいるし夏休み中も必要な買い物に出掛けるくらいで、いっそ不健康なほどに家から出ていないのだ。織理も外に出たくない性質だからそこにとやかく思うことはないが、客観的に見て。
「ちげぇよオメェだよ!! お前と! 弦さんが! アベックだって話題になっちゃったの!!」
もー! この子は変なところで鈍いんだから!! 匠は声を荒げた。
織理はそれはそれで混乱した。
「なんで? え、どう言うこと」
弦が勝手にそんなことを言うのだろうか、いや本当に恋人なんだけども。見ず知らずの大人数に自分の存在が知られている事に居心地の悪さを感じる。
織理の言葉に匠は画面をスワイプしながら続けた。
「写真撮られてたんだわ。あとなんか織理っぽい顔の子と弦さんの絡む絵が投稿されたりしてる」
差し出された画面には確かに織理と弦が並んで歩く姿が写っている。制服なことから先日の下校時のことだろうか。いつの間に。
そして匠はもう一度スワイプして今度は絵を見せてきた。匠がよく見てる漫画のような絵。
「弦先輩と織理だろ、これ」
言われてみると弦は似ている気がする。ゆるくウェーブしたミルクティーみたいな色の髪、とろんと下げられた黒い目。そして首元のチョーカーと黒い線。特徴は弦そのものだ。
「これ……かっこいいね。弦さんみたい」
「いやそっちは弦先輩で確定なんだけど。そうじゃなくてこっち!」
匠が指さしたのは弦の隣に描かれた……女の子? どことなく男に見えるようなそうでもないような人物。それは確かに眼帯をしていて、織理の付けている紺色のリボンが胸元にはある。髪型も似ているが、顔が似ているかと言われると微妙な所。だが匠は断言したのだ。
「俺は……本当にこんな風に見えてる……?」
描かれた自分は細くて、目が大きくて、なよなよしていて……なんとなく女の子みたいだった。自分が題材じゃなければ可愛い絵だったかもしれない。顔を赤らめて上目遣いに弦に目線を向けている絵。
――自分だと思うと気持ち悪いな。無意識に織理はそう思ってしまった。
「この文化はこう言うもん、受け……えっと男同士での恋愛で受け身な人のこと? 受けはこう女の子みたいに描かれがち」
匠の説明はどこか辿々しい。なんせ彼も知識としてしか知らない。BLは専門外だ。
だがなるほど、世の中にはこうした文化があるのか。自分が弦を、というか攪真や在琉と付き合って……付き合ってるのか? とにかくその手前、男同士なんて……! などと言う感情は湧かない。と言うか考えたこともなかった。
故にそれを聞いて思ったのは別のことだった。
「じゃあ弦さんの方が……」
――受け身なのは弦さんもなのに。織理から請われなければずっと側に居るだけの人。あれこそ受け身の人だろうと織理は思った。でも彼を女のようだとは思ったことがない、そう言うことじゃないのだろうか。織理は頭を傾げた。
「やめてよ、弦さんが受けなのリアルだから」
匠は匠で真顔でそれを拒絶した。友達の性事情も大概聞きたくないが、推しでそう言う妄想をするのも嫌だった。嫌だったがそう聞くとそれが頭にちらつき始める。
話題を変えるように、彼はまた携帯に目を移す。
「いつもは何かあると告知してくれるから平気だったんだけど、今回このタイミングで休止しちゃったからちょっとな」
よくわからないけれど、休止の原因は分かる。織理は後ろめたい気持ちになった、SNSでどれほど弦が人気なのか実感が無いが彼の人生に大きく影を落としているのは自分のせいである。あと攪真のせいだ。




