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第9話 王道的因縁

「攪真くんのこと洗脳したんでしょ。それに他の人も」


 翌る日、時間を潰すべく踊り場でぼんやりしていた織理に結菜が近づいてきた。

 織理は一瞬呆気に取られる。せっかく早く学校に着いたのにいの一番にこれか、と。何も返さずただきょとんと結菜を見るしかない。


 その様子を鼻で笑いながら彼女は続けた。


「じゃなきゃアンタみたいなのが好かれるわけないじゃん。卑屈で協調性もなくて、暗くてつまらなくて、居るだけで空気が澱むような奴。挙句に洗脳? 能力まで陰湿……」


 ――なんか久々かも、この感じ。


 織理はバレないように溜息を吐く。彼にとってこの手の言い掛かりは慣れたものだった。それこそ幼少期から今日まで、似たようなことを言われて育ってきた。それだけ自分の存在が不快で、洗脳という能力が気味悪がられているというだけの話。


 ――ただ、ここ最近は自分に肯定的な人と関わりすぎて、少しだけ苦しくは思うけれど。自分は弱くなったな、そう思うとこれがいい事なのかは分からなくなる。もし今の生活がなくなり、これまでに戻ったとしたら……自分は耐えられるのだろうか。


 さて思考に沈んでいる場合でもない。明確な敵意を向けられているのならこちらは自衛をするだけだ。織理はすんとした表情でただ言葉を返す。


「それが何? ……アンタのことも洗脳してあげようか」


 顔を結菜の方に向ける。一瞬結菜は後退りした。――脳繍と目を合わせるな。操られるぞ。そう言って殆どのクラスメイトは彼と関わらない。


「……あは、認めるんだ? アンタの方がよっぽどアバズレじゃん! 結菜は認めない、お前みたいなやつに攪真くんを渡したままにはしない!」


 織理はうんざりだった。度々こう言ういちゃもんを付けられるのだが、そんなことしない。織理が能力を使うのは自身を加害する相手を無力化する時だ。何が悲しくて、相手を洗脳して自分を愛させる、などと言う虚しいことをしないとならないのか。

 そして結局また攪真のせいなのかと呆れもある。別に邪魔した記憶もない、そもそも勝手に攪真が織理を囲ったのだ。そこから逃げなかった自分にも瑕疵はあるかも知れないが、全部を自分のせいにされるのは解せない。織理は卑屈であり気が弱いところもあるが、ただの理不尽を受け入れるほどはお人好しではなかった。


「そんなことするわけないでしょ、馬鹿らしい……」

「じゃあなんで攪真くんがあんたなんかに惚れるの?」


 睨みつけながら返された言葉に織理は口を閉じる。それを言われてしまうと何も分からない。むしろ自分が聞きたいぐらいだ。


「……ほら! 答えられないってことはそうなんでしょ!? マジムカつく……」


 ダン、と足を地面に叩きつける。子供の癇癪のような仕草。結菜は確信した、結局攪真は織理に操られているだけだ。誰にでも優しい彼につけ込んだ、性根の曲がった男を前に遠慮などいらない。ただクラスで1番強いのが織理であることも事実でありそれが彼女を苦しめる。


 ――もう帰ろうかな、面倒くさいし。答えられないし分からない。そのことを悩む以前にこの女の相手をしていたくない。織理は何やら一人芝居する結菜に冷めた目を向けた。


「能力じゃアンタに勝てないし……でも、やれることはあるよ」


 ――やれること? 織理は彼女の能力を知らない。だが何かすると言うのなら、とっとと記憶を飛ばした方がいいだろう。


 身構えるようにして結菜へ視界を固定する。その時ふと、彼女の背後に人影が見えた。



「結菜いい加減にせぇや……」


 ――攪真だ。声がいつもの明るさを保てていない。顔を伏せたまま、低く重たい空気をまとっていた。実践の時ですらあのような声は聞いたこともない。低音がにじんだ声。


「攪真くん、なんでいるの?」


 結菜は上擦った声で問いかける。その目には一抹の不安と動揺浮かんでいた。態々攪真がいないところで、織理に話しかけたのに何故。

 だが彼は答えなかった。重く確かな足取りで結菜を通り過ぎ、織理に近づく。


「どいつもこいつも俺の邪魔しよる…………」


 その様子は何かに取り憑かれたかのように揺らいでいた。


 織理は嫌な予感がした。いやこれはほとんど確信だ。


「……結菜だっけ? 早く逃げたら」


 は、何を言って、と結菜が反論しかけた瞬間だ。彼女の頭に鋭い痛みが走った。思わず頭を抑える。


「攪真、俺のこと見える?」


 織理の声すら遠い。しかし目を向けると彼に持たれるように抱きつく攪真の姿があった。ただし、そこに羨む気持ちを抱けない程度には重苦しい空気が流れていた。


「織理……俺だけでいいって言って。さもなくば、ここで、」

「っ、……! や、め……」


 再度走る痛みに顔を歪める。だがそれでも攪真から視線を外せなかった。そして目撃した。だらりと垂れる織理の腕を。まるで気絶した人のような重力に従う動き。そして周囲の光景が音も立てずに変わっていく様を。


「な、何してるの攪真くん……」


 流石の結菜も恐怖が勝る。攪真の登場から変わった状況。織理が動かない、世界の色はおかしい、攪真の様子もおかしい……何一つ楽観視できる状況になかった。ノイズがかる視界に畝る景色。その中で1人攪真だけが形を失わない。


「邪魔やな、どいつもこいつも。俺の織理に、皆して群がって……!」


 頭痛がひどくなる、頭を挟まれるような圧迫感。目の奥に走る鈍い痛み。天地がひっくり返るようだった。彼女はその場に膝をつき、思わず胃の中のものを吐き出す。それでも何も治らない。――どうする、誰に助けを求む? とにかく携帯を、と手に取ろうとしたが視界がぼやける。

 

「か、くま……こっち、見て」


 小さくか細い声が耳に入る。先ほどしなだれた筈の、織理の腕が少し動いた。

 織理は攪真の背を撫でつつ、もう片方の手で胸を押し体を離す。そして一瞬、攪真と目を合わせた。


 瞬間、ドサっとそのまま地面に倒れた攪真に織理は息を吐く。彼の頭から頬を撫でて、その視線が結菜に向いた。


「攪真のこと、好きならこれくらい止めてよ……」


 それは呆れか失望か。責めるわけではないが当然の義務を破棄したことに対しての言葉に聞こえた。

 結菜は答える元気もなかった。止める、でも声なんて届かなかった。動くこともできなかった。織理は溜息を吐き、結菜の腕を掴んで自分に回す。


「保健室までは連れて行く。……攪真は家に帰って」


 先ほど倒れたはずの攪真はおぼつかない足取りで歩き出す。結菜は流石に理解した、これが支配なのだと。攪真は意識のないままとりあえず放置できないからと動かされているだけだ。触るなとは言えなかった。あの気持ち悪さが抜けず動けない。


 そのまま織理は保健室へ向かう。身長のほとんど変わらない結菜を支えるのはなかなかに難しく、自分の身体的力のなさに若干傷ついた。――こんなに小さいから女扱いされるんだ、そんなことを考えながら。


 保健室まで着いた織理は保険医に結菜を預けて、とっとと帰った。恐ろしい体験、そして何もできない無力感。ベッドの上で結菜はただ項垂れた。

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