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第6話 飛躍する思考回路と家族会議

 

「おはよう攪真くん! 今日も攪真くんかっこいいね!」


 登校すれば昨日と変わらない結菜の声。明るい笑顔に何故か気分が下がる。


「ありがとなぁ、結菜」


 攪真はにへらと笑みを浮かべながら返した。返事もそこそこに自分の席へ向かう。向かおうとした。


「ねぇ、攪真くんの好きな人って洗脳くんなの本当?」

「は?」


 何を言ってるんだこいつは、攪真は露骨に硬直した。何故織理の名前が? もしかして昨日告白して来た子が言いふらしたのか? 嫌でも俺は否定したはず……。攪真の中で一気に考えが膨らむ。心臓がバクバクと鳴るのを唾を飲むことで抑えようとする。――とにかく何か否定しなくては。


「そ、そんなわけあらへんやろ……あいつは弟みたいなもんでしかなくて、恋愛的に好きとかそんなんありえへんわ」


 誤魔化すように視線を廊下側に向ける。そしてそこにいた人物と目が合った。


「あ、洗脳くんだ」


 呼ばれた織理は、一応会釈だけして自分の席に着く。

 攪真は冷や汗が止まらなくなった、タイミング的に聞かれていたのでは無いか? いやそれにしては織理が何も反応してない。聞かれてはいないのか? いやそれより結菜の静かさが怖い。別にやましいことなんて一つもないのに、何かを間違えているような……

 だから攪真は気が付かなかった、薄らと笑う結菜の表情に。


 彼女は呆然とする攪真を他所に、織理へと近づいた。そして軽く机に手を当てる。


「脳繍くん、結菜のことお姉ちゃんって呼んでいいよ!」

「え?」


 まさかこの人に話しかけられるなんて、と織理は内心面倒臭さにため息を吐いた。攪真を好きな奴が俺に絡んでくる、つまり原因は攪真にあるわけで。一瞬だけ攪真に視線を向けたが彼はどこか心ここに在らずのようだった。溜め息を吐く。


 しかもこの要求はなんだろう。名前すら覚える気のなかった奴が、自分に姉扱いされたい心理がわからない。

 織理が黙っていると結菜はムッとした。


「攪真くんがさぁ、アンタのこと弟みたいっていうから。つまりいずれは結菜の弟になるわけでしょ?」


 なーに言ってんだこいつ。織理の中には面倒臭さが積み上がった。この飛躍した考えについていけなかった。


「……俺、攪真の弟だって認めてない」

「じゃあ何? 攪真くんの恋人だって言うつもり?」


 ――なんでそうなるの。織理はいっそ能力でも使って記憶を飛ばしてやろうかと思った。結菜の能力がなんだったかは覚えていないが、在琉のように無効化してくることはないだろう。


 能力を使おうと織理は結菜の目を見た、と同時にその間に一本の腕が割って入る。


「さっきから面白い話してるね、聞き捨てなんないんですけど」

「在琉……」


 ――在琉だ。態々人との会話に入ってくるなんて珍しい。織理はきょとんと目を向ける。


「在琉くんも最近こいつと仲良いよね。なんなの?」

「わかんないわけ? 本当頭悪い話し方するとは思ってたけど、察しも悪いんだ?」


 在琉は織理の肩を掴む。そして自分の方へと近づけてほぼ密着状態となる。


「コイツ俺の玩具なの、俺だけの物だよ。そこの関西弁野郎にもお前みたいなアバズレにも使わせてあげないから。ね、織さん。間違ってないよね」

「アバ、アバズレ……!? いくらなんでもひどいよ! 結菜悲しい!」


 織理はとりあえず肩を抱く在琉の手に自分の手を重ねる。なんとなく今の逃げ道はこれしかない気がした。在琉のセリフが同棲初期のような侮蔑と嘲笑に塗れているのはとりあえず気にしないこととして。


 結菜が喚いているのをどうにかしようとは思わない。そして結菜もこれ以上は、話を続けなかった。その内心は納得いっていないが、在琉と言うどこか人の気持ちを推し量れない野蛮人と会話を続けるのは避けたかった故に。

 クラスの視線を集めていることに織理は居心地が悪かった。いないものとして扱われるのは良いが、半端に好奇心に晒される事に慣れていない。ホームルームの開始を告げる鐘だけが今の救いだった。




 ――――




 昼休み、在琉はとっとと織理の腕を引いて教室を出ていく。

 それを後ろ目に見るのは攪真だ、何か思ったよりも悪い方向に進んでいる。朝の在琉の発言は半ば恋人宣言だ、クラスの人間も『アイツらいつの間に』『まぁお似合いなんじゃね?』みたいなムードが漂い始めていた。複雑だったが結菜にこれ以上追求されるよりは在琉を彼氏としておいた方が良いのは分かる。分かるけど、その立場を自分のものにできなかったのが悔しい。むしろ焚き付けたのはこちらなのだから尚更だ。


「本当に脳繍のこと好きじゃないの? あれじゃ在琉くんに取られちゃうよ」

「結菜……お前なぁ」

「なんで? 結菜はただ攪真くんの恋人として脳繍を同じように弟扱いしてあげたかっただけなのに!」


 そう、攪真が弟だなんて言うからこうなるのだ。裏を読まなければただの純粋なすれ違いでしかない。

 結菜のせいで拗れた、と叫びたい気持ちとそもそも俺が巻いた種やし……と後悔する気持ち。あとは在琉を羨む気持ちとで割と頭の中はごちゃごちゃする。

 何も言い返せない攪真を結菜はじっと見ていた。




 教室を出た織理と在琉はいつものように校舎裏へ来ていた。校舎が日差しを遮るこの場所は長居するのに丁度いい。

 特に何も変わらない在琉をみて、織理はずっと胸の中に引っかかっていた事を話題に出す。


「……良かったの? 多分あれ、在琉が俺の……恋人扱いになる、気がするんだけど」


 いくら人付き合いに疎い織理でもわかる。あのように宣言した時、しかも結菜による彼氏彼女の話からの延長……となれば在琉は実質的に織理と付き合っていると言う流れになってしまうだろうと。


 しかし在琉は気にした様子がない。


「別に? 人間に何を思われたところで気にしませんし。なんか織さんこのまま他の奴に虐められそうだし、それは嫌だからさぁ」

「在琉……!」


 織理は上擦った声で在琉を呼んだ。あの在琉がそんな風に自分を守ってくれたことが嬉しくて。


「織さんの事を虐めていいのはオレだけだよ。オレ以外に色んな表情見せて欲しくない」

「在琉……」


 織理は先ほどのものが思い過ごしだったことに落胆した。別に在琉は在琉だ、何も変わってない。ある意味安心した。


「それに見た? あの攪真の顔。まさに絶望って感じで笑える。自分の番の管理もできない奴にはお似合いだよね」


 この場でいう番は結菜のことだ。攪真がこの場にいたら全否定するだろうが、結菜が攪真の彼女ぶっているのは事実。


「管理……番……」


 ――物騒な言葉。けれど少し惹かれてしまうのは何故だろう。織理は地面に視線を向けつつ考える。このまま在琉のものになったならすごく楽になれるのかもしれない。今まで3人に囲まれている事をなぁなぁで過ごしてきたが、そろそろ誰かを選ばなければならないのだろうか。


 ちなみに攪真が自分を弟だと言い張るのはこの際どうでもよかった。自分ですら、自分のような奴を好きだなんて嘘でも公言したくない。在琉がおかしいのだ、こんな自分を側に置きたがるなんて。

 でもきっと弦さんも……もしかしたら公言してくれるのかもしれない。


「俺、こんな幸せでいいのかな」

「? 勝手に幸せになれるならいいんじゃないですか」


 在琉の返しはズレていたけれど、それが普通のことなのだろうと思う。自分が幸せになる事を認められないのは自分だけだ。彼らが自分を責めることはないだろう。


「……在琉、少しだけ肩貸して」

「ん」


 在琉はただ少しだけ前屈みになりその通りにした。ぽすん、とちょうど良い位置の肩に頭を預ける。


「眠いの? 織さん」

「……寝てもいい?」

「いいですけど。何されても文句言わないでくださいね」


 ……何する気だろう、在琉。とは言え、殴ったりする気でもないだろう。だからいいやと織理は少しだけ眠ることにした。


「あ、いたいた2人とも……って織理は寝てるの」

「弦さん。アンタ本当に学校にいたんだ」


 制服姿の弦は妙に違和感を感じさせる。在琉はその見慣れない姿に僅かに首を傾げた。その素直な姿に弦は笑う。


「ふふ、何それ。……まぁ顔見ないしね」


 学年が違うために廊下ですら、すれ違うことはない。きっと織理と関わることがなければお互い接点もなかっただろう。

 弦はゼリー飲料に口をつけながら、じっと織理を見つめた。あどけない寝顔につい笑みが浮かんでしまう。


「……なんか面白いことになってるらしいね、お前たちのクラス」

「攪真がすごい面白いことにはなってる」

「大丈夫かなぁ……攪真、立ち回り下手そうなんだよねぇ」


 同棲してても思う攪真の立ち回りの下手さ、それは弦だけの感覚ではあったが妙に攪真は状況を悪化させる立ち振る舞いをすることがままある。織理が猫に侵食された時もそうだ、無駄に常識に縛られた結果、織理から嫌われるムーブをしていた。勿論今の織理にその記憶がないから良いものの、もし残っていたならば攪真との距離は少し開いていたことだろう。


 反面、行動力があるのも事実。だからこそ厄介と言えば厄介。遊びなれているらしいくせに本気の恋愛に対して不器用、弦の見解としてはそんなところだった。


 この際攪真が自滅する分には良いが、下手にこちらまで巻き込まれては厄介だ。弦は学年すら違うため何かあっても駆けつけられない。織理がもしも攪真の恋人たちに危害を加えられて、その上で織理が能力を使ってしまったら大変なことになる。


「攪真に灸を据えないとかなぁ……でも俺もよく知らないんだよね、あいつの恋愛遍歴……」

「何か起きてからで良いと思いますけど。どうせ織さんの能力はオレ以外に防げるやついないし」

「被害者が加害者として扱われるのは避けたいでしょ」


 折角織理の自信が付いてきたのに、こんな事でまた初期の自分を卑下し続ける彼になっては可哀想だ。前よりも柔らかくなった分、傷はつきやすいはずで。昔耐えれていたことを今耐えられるとは思えなかった。


「攪真も能力が制御できなくなってきてるし……」

「あいつの、厄介だよね。本人に自覚ないんだろうなぁ」


 何より攪真の能力が本人のメンタルに影響されて溢れてしまうのをなんとなく察していた。きっとそれは織理も感じとっているし、しかし周囲は気が付かないだろう。結局攪真の意識の殆どは織理に向いていて、在琉と弦が感じ取れるのは彼にとっての敵だからだ。


 二人は揃って顔を見合わせた。これと言って立ち振る舞い方が分からない。強いて言えば在琉は今後も変わることがないし、弦は何かしら手を打とうと考えているだけで。


「織理のことよろしくね。俺は何もできないから」

「先輩は気を揉みすぎないようにしてください。攪真なんかのためにアンタができることなんて無いんだから」


 予鈴が鳴る。在琉は織理を揺すり起こす。彼らはまた帰った後で、と言い合ってこの場を解散した。

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