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第4話 拒絶

 

 ちりんちりんと首の鈴を鳴らす。織理は少し暇になっていた。どうやったら戻れるのだろう、とか少し自分の距離感がおかしいことへの羞恥で膝を抱える。

 人間としての織理がこの距離を異常だと訴える、けれど猫としての織理がそんなことは関係ないと押しのける。人の頃よりも数段心地のいいスキンシップに織理自身も呑まれていた。


 ――もっと撫でて欲しい。

 これはある意味で自制されてきた欲望だったのだろう。ずっと人を寄せ付けずに生きてきた中で、この高揚感は抗い難い麻薬だった。


「……にゃぁ」


 鳴らしていた鈴を指で止める。弦には散々甘えてしまった、攪真は嫌がって逃げちゃった。在琉も、珍しいくらいに怯えていた。怖いのか嫌いなのか両方なのかはわからない。

 尻尾をぱたんとソファに叩きつける。この尻尾も面白い、勝手に動いてたまにじっと見たくなる。

 織理はそうしてぼんやりとソファの上に座り続けていた。


 しばらくすると在琉がダイニングに現れた。彼は織理に目もくれずに冷蔵庫に向かう。幾ら織理を避けようと思えど空腹には耐えかねる。


「……にゃぁ」


 在琉、と織理が呼びかけると一瞬だけ目を向け、そしてまた目を逸らした。本当に嫌なんだとよくわかる。


「なぁん……」


 少しだけ甘っとろく鳴いた織理にまた目が向かう。在琉の眉間に皺がよった。


「……織さん放置されて寂しいの? オレ何もしないよ、いつもみたいに遊ぶ気もないから」


 冷蔵庫から数点、食べ物を取り出してテーブルに広げる。夕飯を食べ損ねた故に今食べようとしてるのだ。

 織理はじっと在琉を見ていた、と言うより在琉の黒いストールについた金属が揺れるのでなんとなく目を離せずにいた。これは猫の本能だ、動くのだから仕方ない。


 その視線に気づいた在琉はストールを外す。そしてぽい、と織理の方へ投げた。ちゃらちゃらとした音が床に響く。少し驚きつつもそのストールに織理は手を伸ばした。

 キラキラ輝く金の装飾が、いつもよりも数段綺麗で不思議に見える。そして何より


「……在琉の香りがする」


 嗅覚が良くなったのか、前よりも格段にわかる。少しハーブの様な甘くスッとした香り。無意識にそこに顔を近づけていた。のを在琉に奪われる。


「織さん、それダメ。なんか、本当に無理。イライラすんだよお前見てると……頼むから離れててくれない?」


 織理の耳が下がる。在琉は本当に混乱していた。嫌なのに触れたくて、でもこのイライラは破壊衝動としか思えない。――この耳を引きちぎってみたい、尻尾を引っ張ってみたい、首を絞めてそのまま殺したい。多分そんな感覚の欲求であることが彼にはわかる。実際には情欲と破壊衝動の区別がつかないだけだが、そんな事を知る事もない。

 思わず腕を掴み力を込める。


「み、にゃぁ!!」


 痛みに訴える鳴き声がやっぱり余計に苛立ちを増幅させた。


「……もう嫌だ! 織さん、治るまでオレの視界で鳴かないで、存在しないで!!」


 ばたん、と扉を閉めて在琉は逃げる。手付かずに残された食品など気にも留めずに。


――弦さん以外、俺の事嫌いになったのかな。またソファの上で膝を抱えて顔を押し付ける。目頭が熱くなるのを誤魔化した。

 


 誰も来ないリビングは寂しい。織理はソファから立ち上がり2階へと上がった。向かう先なんて一つしかない。

 2階の1番奥の部屋、その前に立ち扉を叩く。


「弦さん……入って良い?」


 聞けば中から承諾の声。静かに扉を開けて織理は中に入る。部屋で最も存在感のあるダブルサイズのベッドに目的の人は寝転がっていた。


「織理だ。いらっしゃい……一緒に寝る?」


 弦は何も変わる事なく毛布を軽く叩く。寒がりな彼は一年を通して毛布だけは手放さない。

 ――やっぱり弦さんだけは受け入れてくれている。織理は少しだけ安心した。ベッドの近くまで足を運び、その手触りの良い毛布を触る。無意識に喉がなった。


「にゃぁん……」


 少しだけ恥ずかしいが、誘惑に耐えかねて織理は弦の布団におさまった。もこもこの柔らかい毛布に思わず頬を擦り付ける。ふわふわと漂う香りに脳が痺れる様だった。


「ゆづる、さんに包まれてるみたい……」


 その言葉に弦は小さく笑いながら織理の体を毛布に包む。そしてその上から抱きしめた。


「織理いい香りするね」

「ん、にゃぁ……!」


 ちょっと苦しい、と織理は抗議する。ごめん、と返され少しだけゆるまった腕に、織理は弦の胸を押した。そしてその胸元に頬を寄せる。


「なぁん……」


 甘えた鳴き声、見上げる様に弦に目を向ける。そのやや上目遣いの仕草に弦も唸る。今日だけで何回この感覚を味わったことか。


「織理、……それあまり人にやっちゃダメだよ? 織理襲われちゃうからね?」

「襲われ、? きもちわるい……?」


 悲しげに顰められた顔に弦は苦笑いする。安心させる様に頭を軽く撫でた。


「いや嫌悪の方じゃなくて、普通にえっちなことされちゃうよって話。俺も少しヤバいもん」

「えっち……、」


 ――復唱すると不思議な感じだ。攪真と一回だけしたことがある、あの行為であるならば別に――


「弦さんも、したいの? ……あれ気持ちいいから好き」


 弦は死んだ。いやまだ生きてる。


「そっか攪真とはやったんだっけ? ちょっと腑に落ちなくて忘れてたけど。ふーん? じゃあ俺も抱いてもいいんかなぁー」


 どこか冗談めかして言う弦は、出会った頃の軽薄さを感じさせる。勿論冗談だが。

 しかし今の織理にとっては相手をしてくれるのは弦しかいない。みんな逃げてしまったので。


「弦さんになら……抱かれてもいい……、ね、撫でて……」

「織理……よーし! 今日はいっぱい撫でちゃうぞー!!」


 弦は態とらしく空気を変えた。相変わらず求められるとすぐ体を差し出そうとする愚か者にYESとは言えなかった。なので彼は理性をフル稼働させた。そして頭から顎、尻尾の付け根、たまにお腹をめためたに撫でた。織理が求めるままに、膝の上に乗せてただただ撫でる。


「……にゃ、ぁ……ん、あっ……あ、……ん、」


 うっとりとする織理から漏れる鳴き声に邪念が混じらないわけがない。尻尾の付け根を撫でると背が弓形に外れ、上体を弦に押し付けてくる。心地よさと羞恥の混じった様な表情、伏せ目がちの目は潤んでいた。


「はぁ……これは耐えられないよね、うん」


 自己暗示にだって限界がある。そろそろ終わりにしようか、と弦が手を離そうとすれば織理が止める。


「止めちゃ、やだ……っ」


 それはまるで捨てないでと懇願するかの様な必死さを含ませていた。


「織理~……俺手が疲れた。今日は終わり、終わりにして寝よ?」


 もうわざとらしいくらい軽く返す以外に彼にも対処が難しい。いっそ本当に抱いた方が早いのでは? とまで思うが、これで織理が甘えと快楽を結びつけ始めたら目も当てられない。


 ――多分、猫の本能で甘えてるんだろうけど、織理自体も触れ合いに飢えてるんだろうな。根は寂しがりっぽいし。弦はそう考えていた。だからこそ性行為でその寂しさを埋めてしまうのは毒にしかならないと判断した。

 とは言え彼も男であって、好きな子にここまでされていつまでも耐えられるものでもない。


「弦さんが、疲れたなら……やめる……明日も、撫でて、くれますか……?」


 織理は悔い気味に距離を離す。耳がへにゃんと垂れていた。今にも涙が溢れそうな潤んだ瞳で弦を見る。


「えー、撫でられにくる猫最高ー! 明日も明後日も可愛がるよ織理、だから今日は寝ようね~!!」


 それでも弦は強かった。織理を抱きしめて一緒に横になる。ぽんぽんと背中を叩かれて織理もだんだんと目を閉じていった。

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