第10話 一喝
「いやお前らいい加減にしろよ」
織理が散歩に出かけて不在のその日、三人のもとへ勢いよく踏み込んできたのは匠だった。開口一番の怒声に、攪真は肩をすくめ、在琉は不機嫌そうに眉をひそめる。弦だけは視線を伏せ、黙って聞いていた。
「匠やないか、どないしたん?」
「どないしたん? や、あらへんぞ!! お前ら織理に何してるんじゃい」
匠の怒鳴り声に攪真は言葉を失い、在琉は鼻で笑う。弦は表情を変えず、ただ匠を見返した。
机を勢いよく叩いた匠の手のひらがじんと痛む。それでも止まらなかった。
「あのさぁ……俺は織理が愛されて自信を取り戻して、ハッピーエンドになると思って送り出したんだよ。それがなんだ、今の織理は!」
「ねぇこいつ誰?」
在琉が小声で割り込む。
「在琉お前俺と同じクラス!! 今はそれはいいから! とにかくこのままじゃ織理は壊れるって言いにきたの!」
――全てはたまにしか会わないゆえに分かる織理の変化だ。
ぼんやりすることが増え、どこか心ここに在らず。家に帰るのを渋りながらも、『自分は幸せである』と宣う。その姿は、匠には精神を削りながら生きているとしか見えなかった。
匠はそんな織理に、『帰らなくてもいいんじゃね?』と声は掛けたものの、織理は首を振った。「自分のために悩ませてるのに、俺が逃げるなんて出来ない」と。
匠は頭を抱えた、なんかもう悪化してるとかのレベルを超えている。以前の、他人に何を言われようと気にせず孤独を極めていた織理ではない。半端に他人を受け入れたせいで弱い所だけが剥き出しになっている状態だと匠は判断した。
となれば罪のない織理を諌めるよりも元凶の奴らをどうにかしたほうがいい。正直報復が怖いがこれも友達のためだ。
「んなこと……分かっとるわ。アイツが壊れそうなのも、その原因が俺たちなのも」
「は? 何勝手に」
攪真が俯いて声を絞り出す。在琉が口を開こうとした瞬間、弦が無言でその口を塞いだ。
「でも、俺は今更織理のいない世界には戻れんのや。アイツがいなければ俺は……!」
どこか泣きそうな声を隠すように攪真は俯く。
次に口を開いたのは弦だった。
「……追い詰めてるのは分かってた。俺だって気づいてたんだ」
穏やかだが、静かに自分を責める声音。
「あの子とただ過ごしたかったのに、織理を苦しませてる。攪真や在琉をまとめきれなかったのも、同棲を始めた責任を背負いきれなかったのも……全部俺の落ち度だ」
攪真と在琉が驚いたように弦を振り返る。弦は視線を逸らさず続けた。
「だから、ケジメはつけるよ」
淡々とした声音に逃げはなかった。その一言だけで、匠には弦の覚悟が伝わった。
「何カッコつけてんの、アンタ。今更すぎるだろ」
弦の言葉に在琉は鼻で笑う。
「そもそも在琉が痛いことせぇへんかったら織理だってここまですぐに追い詰められなかったんとちゃうんか」
「お前らみたいに選択を委ねてばかりの奴等の方が織さんにとっては重荷だよ。織理のため織理のため、で結局傷つく覚悟もない奴らがさぁ」
「織理から判断力を奪っとる奴が何言っとんの」
売り言葉に買い言葉、攪真と在琉はお互いに責め合う。
「ストーップ!!」
匠が声を張り上げた。
「おまえらの事情なんてしらねぇんだわ。とにかく!!」
勢いよく三人を指差す。
「攪真、お前はもう少し本心曝け出せ! 何も伝わってないから。在琉、お前はいい加減自分の心を認めろ、それ世間では情愛だからな!? 愛してるって嘘でも声に出せ! ……で、弦先輩!」
匠は一拍置き、弦を真っ直ぐに見据えた。
「あなたはもっと織理をちゃんと求めろ! 一歩引いたところにいても織理は勝手に幸せになれないよ!」
弦はその叱咤を真剣に受け止め、静かに頷いた。
「……わかった。匠の言う通りだ。だから、必ず向き合う。これ以上は逃げない」
匠は荒い息を吐き、雑に鞄を掴んで玄関へ向かう。
「……って何で俺がこんなこと言わなきゃ何ないんだよ! ばかたれ!」
それだけを言い残して匠は雑に鞄を持ち上げ玄関を出ていく。彼は本当にこのためだけに来たのだ。
後に残された三人は、それぞれ複雑な顔をしながらその背中を見送った。




