創造神と龍人5
薄暗い迷宮の石室に、シドの軽やかな声が響いた。天井から差し込むわずかな光が、彼の無邪気な笑顔を浮かび上がらせている。
「ようやく起きたね。ハマー。キミはすぐ寝ちゃう癖を直した方がいいよ。いくらキミにはボクがついてるって言っても限界はあるからね」
頭の奥で鈍い痛みが脈打つ中、俺は重いまぶたをこじ開けた。冷たい石床に体を預け、シドの顔を見上げる。その表情は相変わらず人畜無害そうだが、俺の心中では別の感情が渦巻いていた。
はい、絶対殺すリストにシド君が入りました。ちなみに圧倒的単独一位です。
殺す。こいつはいつか絶対に殺してやる。そんな殺意を込めた視線を送るも、シドは意に介する様子もない。むしろ楽しそうに目を細めている。
「ハマーは面白いな。一緒にいて飽きないよ」
シドの無邪気な笑い声が石室に木霊する。その音は俺の耳には悪魔の囁きのように聞こえた。
「それじゃついでにモンドも起こしてくれる?そろそろ起きないと後遺症とかあるかもしれないし。それにしても、カレはあんなに大きい図体をしてるのに痛みに弱いみたい。ちなみにカレは魔力貯蔵庫を持ってないからキミの痛みの10倍位はあったかも。ハハッ」
このガキ、マジで恐ろしいことをしやがる。完全にサイコパスじゃねえか。あの人懐っこい笑顔の裏に、これほど冷酷な本性が隠れているなんて。何か弱みを握って歯止めをかけないと、いつか本当に殺されてしまう。
俺は震える手でモンドさんの肩を揺すった。
「モンドさん起きて。し、白目を向いてる!モンドさん!モンドさん!!」
大柄な体躯が石床に横たわり、その顔は蝋人形のように青白い。額には冷や汗が玉となって浮かび、呼吸は浅く不規則だった。俺の呼びかけに、うつろな瞳がゆっくりと開く。
「ほら、水を飲んで。何があったか覚えている?」
震える手で水筒を差し出すと、モンドさんは掠れた声で答えた。
「あぁ、ハマー殿が神々破を打って迷宮を攻略したのち、シド様が何かを手にして我の胸を
叩いた瞬間‥‥‥」
その瞬間、モンドさんの顔色が土気色に変わった。額に脂汗が浮き、全身が小刻みに震えている。完全にトラウマになってしまったようだ。
「そうそう。迷宮の神の魔力を取り込んだんだよ。相対的にどのくらいの量かわからないけど、かなりの量みたい。その量が多すぎたから、かなり体に負担がかかったんだって。ほんとに痛かった!お互い大変な目にあったね!」
俺は努めて明るい調子で説明した。モンドさんの痛みが俺の10倍位だったなんてことは、決して口にできない。この優しい人にそんな残酷な事実を突きつけるなんて、俺にはできなかった。
「あれ?モンドさんの体から黒っぽい緑色の魔力が出てるよ。完全に体になじんで魔力持ちになったんだな。やったな」
薄暗い室内で、モンドさんの体を淡い緑の光が包んでいる。それは彼の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせ、まるで聖人の後光のように神秘的だった。
「あぁ、自分自身でわかるほど満ち足りている。今までの魔力量より軽く20倍はありそうだ。我は何もしていないのに魔力だけもらってすまんな。ありがとう」
モンドさんの顔に久しぶりに笑顔が戻った。その表情は安堵と感謝に満ちており、見ているこちらも心が温かくなる。棚からぼた餅状態だが、まぁ今後いろいろ返してもらう予定だからいいだろう。
しかし、この和やかな雰囲気を壊すように、シドが口を開いた。
「喜んでもらってボクも嬉しいよ。でも一つ忠告するよ。モンド、キミは今キミが持っている魔力に比べて弱すぎるよ。ある程度の亜神レベルの存在でも楽に殺せるレベルかもね」
シドの声は相変わらず軽やかだが、その言葉の重みにモンドさんの表情が一変した。
「だから、創造神であるボクがさっきの神‥‥‥なんて言ったっけ、ああそうだ、『黒霧の狩神ヴァンライク』の牙から魔力隠しのネックレスを作ったよ。名付けてヴァンライクのネックレス。もちろん神機ね。そして、なんとこれが!これが今ならボクの奴隷になることを条件に無償であげるよ!!」
何言ってんだこいつ。無償という言葉をまったく理解してないだろ。詐欺師でももう少しマシな条件を出すぞ。
「買います!!!」
ダメだこいつも。俺は心の中で頭を抱えた。普段の冷静なモンドさんなら鼻で笑うような条件のはずなのに、先ほどの生死を彷徨うほどの痛みと、現在の危機的状況で完全に判断力が鈍っている。
「ダメダメ、まっとうな交渉をしろよな。とりあえずモンドさんにこれを渡す。さすがに勝手に力を与えて勝手に死ねっていうのは酷だからな。それで、それと引き換えに俺がある程度自力で生活できるまで付き合ってもらうってことでいいかな」
俺がそう言うと、モンドさんの瞳が潤んだ。その感謝に満ちた眼差しが俺を見つめている。誤解するなよ、俺はその気は無いからな。一方、シドは商談を破談させやがってと、明らかに不満そうな表情でこちらを睨んでいる。
「ありがとう、ハマー殿。この恩は一生忘れない。我にできる事ならなんでも言ってくれ」
モンドさんの声は感動で震えていた。その誠実な人柄が表れた言葉に、俺も胸が熱くなる。
「これからもよろしくね、モンドさん」
初日からここまで色々ありすぎだって。俺は心の中で深いため息をついた。
「ハマーにも同じものあげる。キミはボクの神性魔力が多すぎるから、その神に由来する神機が無いと他の神の魔法が使いにくいみたいだからね」
シドが差し出したネックレスを手に取る。ネックレスの先に白い牙がついただけの簡素なデザインだが、全体を包む黒い霧が妖しく揺らめいて、なかなかかっこいい。中二病的なデザインだが、思わず心が躍った。早速首にかけてみる。
「ちなみにハマーのやつは一度着けたら死んでも外せないからね」
早く言えこのクソガキ。ジジイになったらこんなもの着けていたくないって。俺の絶望的な表情を見て、シドは満足そうに微笑んでいる。
「さっきの迷宮の神の能力は黒い霧と影にまつわるものが多いみたいだから、二人で色々試してみてよ。魔法を見る前に討伐しちゃったから十全には使えないと思うけどね」
もう疲れ果てた。精神的にも肉体的にも限界だ。身の力が抜けていく。
今日はもう寝よう。
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