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あばれんぼうのパラチオン

 ここはウミヘビ幼稚園。

 有毒人種ウミヘビの育成を目的とした施設。と言うと堅苦しいが、平たく言うと外見も精神年齢も幼い五歳児の面倒を見る、託児所である。

 そんなちびっ子が集う幼稚園では、今日もどこかでトラブルが起きる――



「おい! ニコチン! オレサマと勝負しろっ!」


 ちびっ子ウミヘビの中でも大柄なパラチオンは、力を持て余しよく周りの子に喧嘩を売りに来る。

 そんな彼の今日の標的はニコチンのようだ。


「やだ。オレはアセトといる」


 しかしニコチンは砂場でお城を作っているアセトアルデヒドから離れる気はないようで、パラチオンの提案を即刻却下した。


「砂遊びなどして何が楽しいんだっ! ウミヘビなら強さを見せつけろ! どけっ! オレサマが手本としてその城をこわしてやるっ!」

「こっちくんじゃねーよ」


 ニコチンの気を引きたいパラチオンは、乱暴なことを言い始める。アセトアルデヒドの嫌がることをしたら、ニコチンは否が応でも反応すると知ってのことだ。

 ニコチンは砂場から立ち上がり、アセトアルデヒドを庇うように両腕を広げ、牽制をする。

 このままでは喧嘩が始まってしまうとアセトアルデヒドがおろおろしていると、エプロンを付けたモーズ先生がパラチオンをひょいと抱えた。


「こら。相手を悲しませることをしたら駄目だろう?」

「あっ! こらはなせっ!」

「身体を動かしたいのなら、鬼ごっこでもしようか。向こうでクロール達がやっているから、混ぜて貰いなさい」

「オレサマはかけっこをしたいんじゃないっ! 勝負を〜っ! この〜っ!」


 じたばたと盛大に暴れるパラチオンを何とか抱え、モーズ先生はニコチンとアセトアルデヒドのいる砂場から離れていった。

 パラチオンの姿が遠退き、ほっと一息ついたところでニコチンはアセトアルデヒドの方に向き直る。

 しかし後ろにいた筈のアセトアルデヒドは、いつの間にかいなくなってしまった。


「……アセト?」


 それに気付いたニコチンの顔が、不安で歪む。

 置いていかれてしまったのか。先生に連れて行かれてしまったのか。理由が何であれ、取り残されてしまった事に戸惑いが隠せない。

 じわりと、目尻に涙が滲んだ。


「あっ、ニコごめんねぇ」


 その時、アセトアルデヒドが砂場へ走ってきた。


「ニコの分もって、おもちゃとってきたんだぁ」

「アセト、アセト……っ」


 スコップを片手にアセトアルデヒドが戻ってきた安心から、赤い瞳からボロボロと大粒の涙をこぼし、そのまま大きな声で泣き始めるニコチン。

 アセトアルデヒドはそんな彼の頭を、よしよしと撫でてあげた。とても微笑ましい光景だ。


「あっ!? ちょっと、漏れてる! 毒霧漏れてるっ!!」


 が、ウミヘビは泣くと弾みで毒霧を振り撒きやすい。そしてニコチンの毒素は強いので一度泣くと、簡単に規定値を超える。

 泣き出してしまったニコチンに気付いたパウルは、慌てて砂場へ走り毒処理に取り掛かったのだった。


 ◇


「クソッ」


 モーズ先生の腕の中から脱出したパラチオンは、花壇の影に身を潜めていた。


「パラチオン? どこに行ったんだ、パラチオン?」


 モーズ先生は逃げ出してしまったパラチオンを探し、園内をうろちょろしている。


「あのシンジン、意外としつこいな……っ」


 しかしモーズ先生はセレンやテトラミックスといった他のウミヘビに見つかると、直ぐに囲われて「遊んで遊んで」と手を引っ張られていた。

 注意がよそに向かっている。今が逃げるチャンス。

 次に勝負をしかけるのに良さそうなウミヘビは、とパラチオンが周囲を見回してみると、ユストゥス先生がトンカチを片手に遊具の補強をしているのが見えた。あの人はいつもすまし顔で、堅苦しい先生だ。

 次いで視界の端、花壇の煉瓦を這うミミズが目に付く。

 にやり。パラチオンはほくそ笑んだ。


(そーっと、そーっと……)


 抜き足、差し足、忍び足。

 ミミズをつまんで持ったパラチオンは、ユストゥス先生の背後に気付かれないように近付いて、真後ろまで到達すると、襟首を掴み手に持っていたミミズを背中に投入した。


「うおっ!?」


 その直後、ユストゥスは大きな声をあげて立ち上がる。

 そして背中に感じる異物の正体を探った。


「何が入って……! ミミズか!? これは!?」

「クハハハッ! どうだ! 参ったか!!」

「パラチオン貴様っ!!」


 笑い転げるパラチオンを見て、自分に悪戯した犯人がわかったユストゥスは怒声を浴びさせる。

 作業を妨げるな、やら、金具を持った人間に不用意に近寄るな、やら、用があるなら声をかけろ、やら、その叱責の一つ一つは真っ当な意見ではあるのだが、ただ一息に怒鳴り付けても効果が見込めるはずもなく。


「……うぇ」


 パラチオンには「大きな声でひたすら怒られた」としか受け取れられず、パラチオン自身訳もわかないまま、泣き出してしまった。


「うぇえええんっ!!」

「パラチオン!?」


 その泣き声を聞きつけ、すかさず駆け寄り、抱き上げて宥めたのはフリッツ先生だ。

 そして泣かせてしまったユストゥス先生を叱り付ける。


「ちょっとユストゥス! 何を泣かせているんだいっ!」

「フ、フリッツ、これは、パラチオンの悪戯の度が過ぎていたからであって」

「だからって叱り過ぎだよ! そんなに捲し立てても伝わる訳ないだろう!?」

「その、しかし」

「ユストゥス!」


 こうして幼稚園の園庭には、正座で座らされるユストゥス先生と、抱っこしたパラチオンをあやしながら彼を叱り付けるフリッツ先生の光景が完成した。


「モーズせんせ〜。どうしたんですか〜?」

「いや……。随分と珍しい光景だなと」


 そしてその光景を、モーズ先生は遠目から物珍しそうに眺めたのだった。



 ここはウミヘビ幼稚園。

 今日もどこかでちょっと大変な、だけど平和なトラブルが起こる憩いの場。


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