愛とは
愛は免罪符にならない話
「素敵な婚約者で羨ましい。」
これが、私の婚約者に対する世間の令嬢達の評価。
私達の婚約は、親同士が学生時代からの友人である事と両家で行っている共同事業の為結ばれた物です。
世間一般では幼馴染とも言うのでしょう私の婚約者は、子供の時からとても厳しい人でした。
「そんな事も出来ないのか。」
「俺の婚約者ならこれくらい出来てくれないと困る。」
「何で一度で覚えられないんだ。」
「俺に恥をかかせる気か。」
等々、幼い時から顔を合わせる度に何か気に入らない事があれば文句を言われる日々。
そして二言目には「全部君の為に言ってるんだぞ。」です。
学園に通いだしてからは、成績の事で文句を言う時だけ違うクラスの私の所に叱責に来る始末でした。
私の成績は学年で上の下と言ったところです。
幼い時から優秀で、学園でも成績上位の彼にとっては自分の婚約者が特にこれと言った特技もなく成績も平均より少し上程度なのが許せないのでしょう。
「いっそ婚約破棄してくれないかしら……。」
昼食時、食堂のテラス席でボソリとそう呟くと、それを聞いていた友人に諌められました。
「あんなに素敵な婚約者、勿体ないわよ。成績優秀で紳士的、ボランティアにも力を入れてて学園でも有名人、大人の間でも話題になってるみたいだし将来有望よ?そんな人が婿に来てくれるなら最高じゃない?顔も良いしね。」
そう笑いながら言う友人にムッとしながら私は反論します。
「どれだけ周りの人の評価が素晴らしくても、私からしたらただの暴君よ。私だって、何か彼に詰められる度に改善しようと努力してきたし勉強だって寝る時間を削ってやってるのに、私に会いに来るのは文句を言う時だけ。」
「そこを上手く甘えて、手玉に取れば良いのよ。」
「そんなのが通じる人だったら苦労しないわ。一言目には文句、二言目には『君の為なんだぞ。』よ。押し付けがましくて嫌になるわ。」
そう言い、残ったお茶を一気に飲み干すと。
「じゃあ、彼を私にくれない?」
まだ怒りが収まらない私を見ながら、友人が言ったのです。
「え?」
「私、まだ婚約者がいないの。」
「……そう、だったわね。」
「うちも、貴女の家と同じく子供が私一人でしょう?だから優秀な婿が欲しかったの。婿入り可能で優秀で、周りからの評価も高い人なんてそうそう居ないもの。」
彼女は私と同じく一人娘、なので婿入りしてくれる相手が必要で成績も私と同じくらいなので、優秀な彼を婿に迎えたい気持ちも分かりました。
「でも、それは私が決める事じゃないわ……。親に聞かないと。」
彼と離れられる、そう思うと人生に僅かな光が見えた気がした。
でも、私は貴族の娘。自分の気持ちで伴侶を選ぶなんて許されないのです。
「貴女の気持ちは?」
「え……?」
「貴女は、彼の事どう思ってるの?家じゃなく、貴女個人としてよ。」
そう言い真っ直ぐ私の瞳を見る彼女に、私はたじろぎました。
「私……私は…。」
ゴクリとつばを飲み込む。
一つ深く息をついて、少し躊躇いながら言葉を放ったのです。
「どうしてなんだ!」
部屋に彼の慟哭が響いています。
ここは、友人の家の応接室。
私と婚約者、そして友人の両親達も揃った三家での今後についての会議中です。
あの後友人は、我が家と彼の家の共同事業に融資と引き換えの形で我々の婚約の間に入ってくれたのでした。
友人の家は、婚約者の家と家格が一緒だった我が家と違い家格が一つ上。
彼の家としても、悪い話ではなかったでしょう。
私も、彼女の少し年上の従兄を紹介してもらいました。
血が近い為彼女との婚約は叶わなかったそうですが、とても優秀でそして何より優しい方だった…。
「俺は、彼女を愛してたんだ!いきなり婚約者の挿げ替えなんて、俺達の気持ちはどうなるんだ!!」
そう泣き喚く彼に、私も友人も溜息をついた。
最初に婚約者変更の話をした時も彼は言っていたが、どうやら彼は私を愛していたらしい。
不甲斐ない私を成績優秀な自分に、そして家の跡取り娘として相応しくなるように叱責していたんだとか。
「私は、貴方をお慕いした事など一度もありません。」
そう静かに告げると、彼が信じられないと言うような顔でこちらを凝視してきます。
「何故そんなに驚かれるのですか?当たり前でしょう、私は学園に入る前も後も一度も貴方とまともに交流した事がありません。顔を合わせれば文句を言われるばかり、そこに愛など感じたことはありません。」
そう言えば彼は動揺しながら、
「それは、甘やかしたら君の為にならないと思って……。」
などと宣った。
あぁ、本当にこの人は……。
「私の為?自分のためでしょう?私の事を不満に思っていたから。」
「そんな事は……、君は美しく立ち振る舞いも出来ている。後は成績さえ上がれば、俺に相応しい完璧な淑女になれるんだぞ?」
「私、成績が貴方程振るわずとも領地経営は幼い時から教育の一環で父から教わって、お墨付きも頂いてるんです。それに、貴方に相応しい完璧な淑女とやらにも興味がありません。なので、他人の貴方に必要以上に厳しく叱責される謂れはありません。」
「他人だなんて!俺達は婚約してるのに!」
「いいえ、他人です。」
そうバッサリと切り捨てると、彼は呆然としたままこちらを見つめます。
「貴方がもっと私を思いやる言動をしてくだされば、私も貴方の言葉をもう少し受け入れられたでしょう。でも、貴方は私の気に入らない点をあげつらい私を自分の望む姿にしようとしただけ。」
私も、彼の瞳をしっかりと見つめて最後に告げました。
「そんな愛なら要らないわ。」
「ふふっ、まさか貴女が自分で決着をつけるなんてね。」
そう言いながら、友人は優雅に紅茶を飲みます。
今日は友人の家にお呼ばれして二人きりのお茶会。
「今まで言いなりになって謝罪するだけだった私も悪かったわ。あれはケジメみたいなものよ。」
私もお茶菓子に出されたケーキを小さく切り分けて口に入れました。
中に入ったフルーツの甘酸っぱさが、口に広がります。
「私もね、申し訳ないけれど彼には愛情も恋慕もないけれど。でも助かったわ、これでうちに優秀な婿を迎えられて、お兄様にも良い婿入り先を用意出来たのだから。きっとプライドの高い男だから、婚約者としてはちゃんとしてくれるでしょう。それなりに大事にするわ。」
そう言いながら、私ではなくどこか遠くを見る彼女の瞳は揺らいでいました。
「…………お兄様の事、よろしくね?」
私にはまだ愛なんて分からないけれど。
でもこの新しい出会いを大切に、相手を思いやる愛を育んでいきたいと思うのです。
モラハラ男が振られて泣く姿が書きたかったのに、主人公の友人が全てかっさらっていった。