岩転がしてたらレベルアップした件
ある日、桜井は突然死んでしまった。彼の魂は煉獄に落ち、そこで獄卒から一つの課題を与えられた。それは、まん丸い巨岩を坂の上まで転がすというものだった。坂を登り切れば、異世界で新たな人生を送ることができるという。
「なんで俺がこんな目に」
彼はパチカスだった。生涯銀の玉を追いかけ続けたあげく、借金を重ねてついには東京湾に沈められてしまったのだ。
仕事も長続きせず、根気も無い。あまり良い人間ではなかったと、死んだ今となっては自覚している。
「坂だな……つーか、岩でっか」
巨石はパチンコ玉のように綺麗な真円の球体だった。転がり抵抗は極小だろう。
押せば桜井の細腕でも動かすことができた。
亀よりも遅い。平地で動かすだけでももっさりなのに、これを転がしながら坂を登らなければならないのだ。
見上げれば坂は緩やかながらもまっすぐで、無限に続いているかのように見えた。
「はぁ……やることもねぇしやるか」
パチンコ台に座った時だけは、一日13時間労働も苦にならなかった。なんで24時間営業のパチンコ屋がないのか。あれば24時間戦えるのに。
今は24時間どころか、無限に時間があった。
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最初は平坦な道だった。が、勾配こそかわらないものの、進むにつれ障害物が設置されていった。爆発物を投擲してくる岩や、巨石サイズの雪玉を吐き出す小さな祠。何度も何度も岩を落としてしまい、やり直すことになった。それを見ていた獄卒たちは最初、笑っていた。
死んでいるからか腹は減らない。眠くもならない。性欲もわかない。三大欲求があるからこそ、人間は生を実感できるのだと死んで思い知らされた。
時々、岩に轢かれたりもしたが、痛みもなく怪我もしない。ただ、積み上げてきた数時間、場合によっては数日分がやり直しになった。
心が軋む。悲鳴を上げる。それでも、ここからは逃げられない。死んでしまいたいとさえ思ったし、なんならと坂の左右に広がる崖から飛び降りてもみたけれど、死んでいる者はこれ以上死ねないのだ。
スタート地点に戻された。岩だけは常に、桜井と一緒だった。
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何年か過ぎた。生きていた頃の記憶を思い起こせば本当に、パチンコしかしていなかったので、思い出のレパートリーが極端に少なく単調だった。
桜井にっとって、楽しかったのは台につき一角獣の名を叫ぶ場面くらいだ。
恋もしなかった。童貞だった。風俗で捨てるのもと思うし、そんな金があるなら叫びたいのだ。白き一角獣の名を。
数日、スタート地点で膝を抱えてうずくまったりもしたが、誰も助けてはくれなかった。
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桜井は諦めなかった。というか諦めることもできない。ゲームならメニュー画面を開いて終了ボタンを押せるのだが、そんなものはない。
夢なら覚めてもいいころだ。五億年ボタンかよ、と桜井は毒づいた。
人間、娯楽もなにもないと、結局目の前にある「出来ること」に楽しみを見いだすようになる。
立ち上がると、桜井は岩転がしを再開した。
何度も何度も挑戦し続けるうちに、最初は難しかった障害物も越えられるようになった。荒野、岩場、火山地帯、氷の坂。
どんな障害も乗り越え、ついには獄卒たちまでが桜井を応援し始めた。
それでも、たった一つのミスで岩を落としてしまい、やり直しを強いられる。
「またもう一度だ。いくぜ……相棒」
ついに桜井は岩と会話を始めた。
ミスした時に時々ひっかかって岩が転げ落ちるのを止めてくれる障害物には、それぞれ名前をつけて、お礼まで言うようになった。
産まれてこのかた、いや、死んでいるが、誰かに……いや、何かに心から感謝するようになったのは初めてのことだ。
障害物だった彼らも、次第に桜井の味方になってくれた。
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何年か、何十年か、何百年が過ぎた。
玉を転がす才能が桜井にはあったらしい。パチンコは散々だったが、今や彼は相棒となった丸岩を自分の手足のように操り、自在に転がせるようになったのだ。
もはやなんでも転がせそうである。なんなら立方体ですらも、自在に操る自信があった。
坂はついに雲の上を抜けて、視界が拓けた。
最後に一本道を上りきり、丸岩が隙間なく、ぴったりはまる台座の上に巨岩をセットした瞬間、獄卒たちから惜しみない拍手が送られた。感動で泣いている者もいた。
そして、桜井は光に包まれた。
達成感と高揚感。周囲からの惜しみない称賛。死んでしまったけど、自分という存在が産まれて初めて、何かを成し遂げた気がした。
温かく柔らかい光に包まれる。
永く苦楽をともにした相棒と別れの時が来た。
「ありがとうな、相棒」
物言わぬ岩と離れるのが、桜井には……辛かった。なぜだろう、こんなに嫌だった、何度も心を折られた煉獄坂なのに。
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桜井は異世界に転生した。苦行ともいえる岩転がしをした結果、彼はとんでもない筋力とバランス感覚を身につけ、何よりも「折れない心」を手に入れていた。
異世界に転生した彼は、いきなり魔王の前に送り込まれた。
最強の魔王。冒険者に心が折れる幻覚を見せて、絶望させて殺してしまう恐ろしい存在だった。
「性懲りも無い。絶望に呑まれろ人間!」
魔王の幻覚が桜井を包む。が、彼にはまったく通用しなかった。
「お前も転がしてやろうか」
彼は魔王を転がした。驚くべきことに、その技術は人だろうとものだろうと、なんでも転がせてしまう神の領域にまで届いていた。
彼は自分よりもレベルが低いものであれば、なんでも転がせるスキルを身につけていた。
レベル5000の桜井にとって、レベル999の魔王など、赤子の手をひねるよりも簡単に転がせてしまうのである。
魔王城の壁を突き破り、城の裏手にある火山を登っていった。
「な、なんだその技は! ぐは! やめろ! こ、転がすなああああ!」
桜井の転がしテクニックに抗えず、火山の火口へと放り込まれて、あっけなく魔王は倒された。
異世界を覆った深い闇は、青年の手により払われたのだ。
桜井は山頂から世界に光が戻る姿をぼんやり見る。
「なんだよこのクソステージ。もうちょっとギミックとか凝っておけって。難易度低すぎだろ」
神の声が雲の切れ間から届いた。
「よくやりました桜井。何か、望みはありますか」
「なら相棒をここに持ってきてくれ」
「はい?」
「丸岩だよ。あいつ押してないと落ち着かないんだ」
「ええと……」
「いいから早くもってこい!」
「わ、わかりました」
神が火山の山頂に煉獄の丸岩を転送する。岩は火山の坂を転がり落ちていった。
「っしゃー! 待て待てー! 相棒! おいコラ魔王城仕事しろや! 相棒を止めろって!」
ともあれ、転げ落ちる岩を追いかけるのが先決だった。
桜井は楽しかった。次はどこに丸岩を運ぼうか。転がり落ちる岩の行方に身を任せる。
――これは、岩転がしてたらレベルアップした件、という物語。
※制作にAIを利用しています。