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才途と慶次と異世界談義

「じゃあいくぞー、さん、にー、いち」

『ぜろ』


 才途の合図で、5人は腕時計の時間を17時28分に合わせた。昴が目覚めた時には高く登っていた太陽も、歩いた距離の長さを納得させるほど、低く沈みかけている。


「よしおっけ。この世界も24時間周期らしいから各自腕時計は使える。日本とは……4時間くらいずれたか? 最初にここにきた俺が何時間経ったかあんま分かってないけど、スマホの方の時間は今後無視するように」

「どーせ明日か明後日には充電切れてるだろうけどな! あとで映画見ようぜ、映画。オフラインでも見れるように落としてんだ俺」

「のほほんとしとるなぁ」

「ほんとにね……。」


 昴は自分の左手にある電波式ソーラー充電腕時計を眺める。バイト代でちょっとだけ頑張って買ったG-SHOCKingが、この先電波を受け取ることはない。少しだけ泣きたくなった。


「慶次これあげる。俺のスマホ動画とかないから」

「まじか、サンキュー!」


 才途は学生鞄からモバイルバッテリーを慶次に渡すと、空いた両手でメニュー表を取る。


 宿屋【わーうるふ】、5人が歩き疲れて辿り着いた場所だった。


「まさか日本語表記とは……。」


 横からメニューを覗き、安堵したように呟く。会話が通じ、文字が読めるなら何とかなりそうだと昴はほっとした。


「いや、そうでもないよ。昴」


 しかし才途は、そんな昴に待ったをかけた。


「ん?」

「ちょっと俺の指先見て」

「え、うん」


 才途が腕をピンと伸ばしたその先を追うように、昴は目線を移した。


「えっと、これがなにか?」

「その状態で、メニュー表チラッと一瞬だけ見てみて」

「……うおっ!? ……へー、うわぁ」

「見えた? "読めない文字"が並んでたよね。そんで、一瞬で読めるようになった」


 才途の言う通りだった。スバルの目には一瞬だけ複雑怪奇な、この世界の本来の文字が記されていて、それに驚く間も無く取り繕うかのように日本語へと変わった。


「……俺の脳みそが、この世界の文字を日本語に勝手に変換してるってこと?」

「昴の脳みそかもしれないし、もっと違うナニカが働いてるのかもしれない。わかるのは、日本語じゃない文字を、日本語であるかのように読める能力が俺たちにはあるってことだね。ちゃんと全員に」


 ほえーすげぇと、スバルは素直に感心した。じんわりと、ゆっくりと。自分が夢みたいな世界にいるということが肌に馴染んでいく。


「読み喋りはともかく、書きに関してはまだ試せてないからあんまり人前でメモとか取らないようにね。それとなーく調べて見るつもりだから」

「とりあえずは十分過ぎるよ」

「ね。さて、それじゃそろそろ今日のご飯を……。」

「……才途?」

「……昴、固有名詞はどうにもならないみたい。俺グリゴッソのチェダル焼きっての頼むから、昴はこのメケメケのピタンパタン包みでいい?」

「なにのなに?」


 え、今から俺たち知らん世界の知らん飯初見で攻略すんの? この日何度目になるか分からない衝撃が、昴を襲った。


 〜・〜・〜・〜・〜


「昴昴」

「なになに」

「さっきの才途との話の続きじゃねぇけどよ、メニューお前が頼んでみ? 俺ら3人のは指差してやっから」

「えー? まぁいいけど」


 意味わからない言葉を読み上げるから、抑揚間違えるの嫌だなと、国語の授業中のようなことを考えながら、昴は慶次からメニューを受け取った。


「メリナちゃーん!こっち注文ー!」

「はーい!……なんだケイジさんか、お金ちゃんとあるんだよね?」

「才途がな!」

「じゃあいいけど。なににするのー?」

「……え、もう知り合いなの?」

「あん?金持ってない時に門前払い食らった」


 何を堂々と


「そんな店にリトライするなよ……。」

「行きつけの店がここだけなの!時間なかったから!!」


 初見で門前払いされたお店を行きつけと宣う慶次に、街への出遅れ組3人は揃って白い目を向ける。


「才ちゃん、俺もう少しバカのこと手綱握れると思ぅとったわ」

「俺も。つか俺の方が上手くやるね」

「わかった、じゃあ次からは勝間と悦司に任せるね。俺もう知らないから」

「「ごめん見捨てないで」」

「てめーら本当失礼ですね!つか昴早く頼めよ、メリナちゃん困ってるだろうが!」

「っと、すみません」

「あ、あはは……。」


 慶次にメリナちゃんと呼ばれていた少女に昴は謝る。広がりの大きいスカートを銀のお盆で押さえつけながら、メリナは苦笑いをする。


「それで、注文だったよね?」

「あ、はい!えっと、グリゴッソのチェダル焼き……。」

「あ、ごめんなさい。売り切れてる」

「……えと、じゃあこのメケメケのピタンパタ『ごめんそれも売り切れ』……あるやつ5人前ください」

『諦めんなよ』


 はーい適当に5人分!

 言いながら厨房の方に向かっていったメリナを横目に、適当なメニューをオーダーされた4人は昴をジトッとした目で見る。


「可愛いけんってドギマギしおってからに」

「変なの出てきたら肩一発な」

「まぁ……ノーコメント」

「ヘタレ!」

「うるさい特に最後!!」


 ありがたい言葉を一言ずつ貰った昴は、メニュー表に両手をバンと叩きつけた。


『あんまり乱暴にしないでねー』

「ほら、優しくしてねって言われとるよ昴。どうするん昴」

「かーつーまー!?」


 追い討ちが来た。


「……それで!慶次は結局何が言いたかったわけ?確かにメリナさんは可愛かったけどさ!」

「キレんなよ」


 街の中を歩く中で綺麗だなと思う人は結構見かけていた。見かけてはいたが、メリナは頭ひとつ抜けていた。

 キャップからわずかに覗く透き通るような銀の髪、ぱっちりとした青色の瞳、にこやかな笑顔。そして何より近い距離感。


「あとおっぱい?」

「しばくぞ」


 確かにデカかったけれど。多分Fは最低でもあったけれど。


「んーまぁいいや。ちょいこれ見てみ」

「んー?何この映画」

「洋モノの吹き替え版」

「お前洋モノって二度というなよ」


 貴重な充電を使って何を見せるのかと慶次のスマホを覗くと、外国の映画の日本語吹き替え版らしい。これがどうしたのかと昴は目で訴える。


「要は、これと同じことが起きてるんだわ。普通に見てるけど、聞こえてくる言葉と口の動き方が違う。これも、固有名詞?名前とかを除いてな」

「それが一番メジャーな言語専門なのか、それともオールオッケーなのかは要検証だけどね」

「ようきづいたなぁ。正直そこまで気回っとらんわ」

「俺も考え無しに着いて行ったわけじゃないんだぜ!な、才途!」

「……まぁ、文字の読み方の方も、慶次がこの口の形に気づいたから調べたのはあるね。流石だよ」


 へん!と腕組みとドヤ顔をかます慶次に苦笑いしながらも、自分なら気づけたかと昴は自分に問う。


 ……無理だろうな、自分じゃとにかく衣食住の確保に手一杯になるだけだと、軽く気を落とした。


「ごめーん、遅くなりましたー!」

「いや、早くね?」

「助かる、もう腹ペコ」

「昼の寮メシ逃しとるしねぇ。やっとご飯にありつけ……る……。」


 ニコニコした勝間の表情が、メリナが運んできて、5人の机の真ん中にドンと置いた"ソレ"を見た瞬間、困惑へと変わった。


『…………。』

「適当って言ったから、注文来なくて困ってる在庫全部茹でちゃった!お代は3人前でいいよー」

「メ、メリナちゃん?これなに?」

「え、知らないの、ソーメン」


 素麺だった。5人ともよく知っていた。

 ドシャンと音がなるほどたっぷり茹でられた素麺は、見たところ10人前は余裕で超えていそうだった。思わず5人はゴクリと喉を鳴らす。主に覚悟的な意味で。


「……なんで素麺があるん」

「昴、肩出せ」

「変ではないじゃん!変ではないじゃん!」

「なぁ才途、素麺って固有名詞ってやつだよな。メリナちゃんの口の形きっかりそうめんだったぞ。どうなってんだ」

「俺に聞くなよ。俺がなんでも知ってる才途くんだと思ったら大間違いだぞ」

「てかさ、俺の勘違いじゃなかったらさ。絶対要る物ないよね。これ料理として足りてないよね」

「……あの、めんつゆどこ?」

『!』

「なに、めんつゆって」

『!?』


 本日の昼食(時間的には夕食)、そうめん、塩茹で、めんつゆなし、薬味なし。


「……ちなみにおいくら?」

「支払いはサイトさんでいいんだよね?3人前換算で1300エルだよ」

「才ちゃん、分からん」

「エルはそのまま円でいいよ。一人前400ちょっとって感じ」

「……まぁ、店なら。ちなみにお金足りるんよね?作れとるんよね?」

「余裕。後で言うよ。……まぁ、食べるか。売れてないって言ってたし空腹を満たすためと思おう。いただきます」

『いただきます……。』


 ざっと盛り付け、箸で(メリナが持ってきた)すくい、ひとすすり。


「……ごちそうさ『言わせねぇぞ』」


 悦司が音を上げた。


「……いや、無理だろ。お前ら忘れてるかもしれないけど」

「なにがよ」

「……カツ丼、大根と油揚げの味噌汁、揚げじゃが、筑前煮」

「やめーや!今日の昼の寮メシのメニュー言うの!」

「かつ丼……」

「慶次、昴の頭しばいて。トリップしやがった」

「よしきた」

「いってぇ!?」

「みんな賑やかだねー」


 誰のせいだと思ってんだと5人の思考は一致したが。思えば、あるものでなんかと言ったのはこちら側なので強く出ることもできない。口ぶりからして、メリナはおそらくバターロールや白ごはんを単品で出したようなものだし。


「才途、いつもの弁当ないの」

「!それやナイス悦司!才ちゃん、いつもの三段お重は?寮のメシじゃ足りんけん夜メシまでの繋ぎでいっつも使ってくれとるやつ!俺ら全員割り勘で払っとるやろ!」

「正確には払ってないだろ、月末来てないんだから。……作ってるよ。ちゃんと作ってたけど……。」

『けど!?』

「検閲の時に飢えた野球部かってぐらい腹鳴らしてた衛兵さんにあげちゃった。賄賂代わりに」

『(検閲の時のアレはそのせいか!)』


 会ったら問い詰めようとしていた、才途神格化問題が突然解決した。おかげでこうして街にいられるので文句も言えない。目の前の素麺からは逃げられない。


「いやー……仕方ないか。メリナさん、お金追加で出すからちょっと厨房入っていい?」

「ん?お客さん他にいないからいいけど……。」

「悪いね。昴、俺のリュック取って。学校のカバンじゃない方」

「あ、うん。えと、これだよね重っ!?」

「サンキュー」


 やけに重いカバンを受け取りながら、頬杖をついてこちらを見守っていたメリナと共に才途は厨房に消える。


 そして、5分後。


「お前やっぱ天才だよ」

「才ちゃんならやってくれるおもっとった」

「あーー、これ、これだよそうめんって。最高」

「やっべ、いくらでも食えるマジで」


「ふふふ、そうだろうそうだろうもっと褒めろ」


 5人の前には、才途お手製のめんつゆがあった。わさびも付いてた。


 そうめんは2分でなくなった。




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