表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/47

落ちる

「っかぁ〜終わった〜!」

「どっちの意味で?」

「ダブルで!」

(だろうな。)


 あれだけ諦めきっていて逆にできていたらビックリする。聞いておきながら、昴は慶次の返事をすんなりしっくり受け入れていた。


「才途は?」

「ん? あー…多分解けた、と、思うんだけど。…いや、ここだけの話さ、途中から記憶ないんだよね。」

「それギャグで言ってんの?」

「え?」

「いや…なんでもない。」


 貴方スンゲェレベルでイかれてましたよと教えようか悩む昴だったが、才途があまりにも不思議そうに聞いてくるのでやめることにした。黒歴史を知らぬは本人ばかりである。あとで死ぬほど拡散してやろうと心に決める。


「なんでテストでそんなことになんの? あんなの鉛筆転がすだけじゃん。」

「それな。寝て起きたらテストの完成品があるもんやし。」

「マジでナメくさってるよなお前ら。」


 自転車を押して歩きながら言うS科のテストブレイカーズの戯言があまりにも度がすぎるため、昴は呆れ顔でツッコミを入れた。


「つかほらもう、才途がボケるからツッコミ追いつかねーんだって。早く戻ってきてよ。」

「いやお前の心労より俺の記憶障害の方が重大だから。ちょっと話しかけないで。」

「さらに記憶飛ばしてやろうか、あん?」

「はーい昴落ち着きどーどー。」

「扱い納得いかねー…。」


 両肩を勝間に掴まれ諌められながら、昴は心情を吐露した。釈然としない想いは素直に漏らすに限ると。

 20歳にも満たない男子高専生だ。一般高校への道を選ばず就職率や寮生活に憧れて進学してきた彼らは、どいつもこいつも癖の強い連中だった。彼らは5年間をクラスも変わらず過ごし、合格点60点という普通科高校の2倍の点数を、日々ふざけ時に足を引っ張り合いながらどうにか獲得していく。学年が上がると同じクラスから人が減っているなんてことはざらにあり、本気にならなくても普通に上がっていける高校とは、やはり見ている世界は違っていた。

 特にこの離れ島に地方から来ている彼らの娯楽は自力で開拓するものがほとんど。海に潜り、寮を抜け出し、隠れて酒を飲む連中を見かけては今日の教官は怖いぞと脅しをかける。

 そんな、ここでしか味わえない非日常を日常とした彼等は、いつも刺激に飢えていた。


「あーくっそ、今年の夏こそ可愛い女の子と夏祭り行きてー!」

「この島お祭りないじゃん。」

「そもそも女子があんまりおらんよね。」

「いても俺らより男らしい説あるよね。」


 五人の中で、同じ顔が浮かんだ。とある女子をやーいゴリラとからかった男子をそういえばあれから見ていないが、どこに消えたのだろうか。


「アマゾネスですら生ぬるいからね、うちのクラス。」

「隣の学科は平和でいーわい。半分女の子やろ?」

「羨ましいよね情報工学科。良い香りするんだろうな。」


 馬鹿五人、ともに語らうはまだ見ぬ女の子の話。


「うわきもっ。」

「んだと!」

「事実でしょ。」


 彼らの会話は軽口か肉体言語。これまでどうしてきたかより、どうするのが楽かを理解していた。短期になったのとはちょっと違う。最早長く話し合わずとも意思疎通が可能なところまで来ているというだけの話だった。同じ寮で過ごし、同じ飯を食い、同じ風呂に入って、毎日朝から夜まで同じ顔を合わせているから。

 彼らの話はコロコロと変わっていく。そして、基本的に過去のことを掘り返すことをあまりしない。

 だから、行わなかった。


「そういえば…いや、なんでもねぇわ。」

「ん? 昼飯ならもう弁当作ってるぞ?」

「なんでテスト当日にそんな余裕があるんだよ。つか食堂行くし。」

「……男子の胃袋だよ!?」

「だからなに!?」


 だから、言わなくて良いと判断していた。だからこそ気づかなかった。

 酒を飲んだわけでもないのにずっと耳鳴りと頭痛がするのを。

 周りがいつも通りに笑うから、いつも通りにしていようと。








 ーーその耳鳴りも頭痛も、五人全員が今まさに味わっているというのに









「ーーーーは?」


 不意に、世界が傾いた。突如として足元に現れたのは、黒としか言い表せられないほど深く深く続いている、大穴。

 崩れたわけではない。そのような前兆など一切感じさせず突如としてぽっかりとあいた大穴は直径にして15メートルはあり、そこにいた五人から地面の自由を奪い去る。

 何もなかった。脈絡も、伏線も、そこに辿るべくフラグも一切ない。せいぜいがその耳鳴りだ。

 ただこの時まで、彼らは高専生で。

 今この時から、彼らは被害者である。


「あん?」


 慶次が呻こうとも。


「なに?」


 悦司がその目を見開いても。


「な、ちょっ……!」


 勝間が驚き、前のめりになっても。


「これはっ…!?」


 才途が深く底を見つめても。


「ーーーーっ!」


 昴が声にならない悲鳴をあげても変わらない。

 すでに彼らは穴に落ち、すでに両足を突っ込んでしまっている。


 こうして、あまりにもあっけなく、あまりに大胆に、しかし誰にも知られず、彼らは地球からその存在を消した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ