爆速成金街道
「あー、なんやっけこういうの。伏線回収っていうんやっけ?」
「言わない。たかだか3話ぶりに出てきた程度のこれを伏線回収とは言わない。あとそういうのはもっとそれとなく散りばめるものだから。でかでかと話題のメインにしたものを回収するのはただの振り返りだから」
「悦司はなんの話してんの?……いやぁ、同じ日にこれを何度も見る羽目になるとは思わなかったよ」
Q.この街で待ち合わせをするならどこ集合にしますか?
A.蟹
勝間、悦司、昴の3人は、少し前に見かけたばかりの巨大な蟹のオブジェがある建物の前で、そいつを見上げていた。
「これから何度も来る場所になるんだから、ちゃんと覚えておいてね」
「忘れようとしても流石に忘れらんねぇけどな!」
3人を先導していた才途と慶次は立ち止まり振り返って言う。慶次の言う通り、この建物のことを忘れようとするのは至難の業だろうと昴は思った。なんなら今日の夢にさえ出てきそうである。
5人は既に制服を脱いでおり、通学カバンと共にわーうるふへと預けていた。そこそこ重い荷物を持つ才途と勝間、寝袋でパンパンになっている悦司、間違えて借りた英語のプリントの存在を思い出したくない昴。今着ている服に似合わなさすぎると判断した慶次と、理由はバラバラではあったが。
代わりに慶次が見繕っておいた安物の服に着替えている。すでに疲れている足を酷使したくないため、唯一スニーカーだけは地球のものを使っていた。
「この蟹って結局なんなの。衝撃で突っ込むの忘れてたけど」
「ゴブリン・サンドライダーと共生関係にある蟹らしい。海辺近くに住むゴブリンがこいつになって漁師や冒険者に襲いかかるんだって」
「才途待って、情報が多い。いるんだゴブリン」
「異世界だぜ?いるに決まってんだろ」
そうとは限らないだろと、昴は慶次に言いたくなったが、実際にいるのだから仕方がない。昴はツッコミを頭の内に留める。
「ギルドじゃ箔の付くような討伐したモンスターの剥製を、ああやって看板代わりに取り付けるらしいよ。うちはこういうモンスターを倒せる冒険者がいるよ!っていう証明になるんだとか」
「へぇー、じゃああの蟹結構強いんだ。」
「弱くはないけど他の街じゃもっとすごいのが看板になってるって言ってたよ。エインワーズは王都の一番近くの街だからね。一番安全な街なんだってさ」
「……ほんと、詳しいね。街やらギルドやら」
「俺はギルドの中に既に入ってるからね。浅い知識ならいっぱい集まるよ。そろそろ中に入ろうか。」
「なーなー才ちゃん。こういうのってお約束やと『なんだぁヒョロいガキが来やがったなぁ!ここは飯屋じゃねぇぞぉ!?』みたいな事言ってくるチンピラ冒険者がおるんやない?絡まれたりするんやろか?」
「テンプレってやつか」
「すごいね勝間、めっちゃ声色がチンピラっぽかった。あー、そういうのはね……。」
『お帰りなさいませ!冒険者様!』
「ここにはないね」
「説明せぇ、役目やろ」
5人を出迎えたのは、十を超える人数のメイドだった。なんでもないふうに流そうとした才途を流石に勝間が止める。
「おかしいやろう!?」
「……さっき安全な街って言ったじゃん。だから冒険者になる人がそんなにいないみたいなんだよね」
「……そんで?」
「どうにか人を呼び込もうとして、ギルドの職員に可愛い子をいっぱい集めたらしいよ」
「努力の方向性どうなっとんねん」
「右から2番目の子、慶次のオキニ」
「やめぇ、友人の性癖とか知らん、知りとぉない」
「ミランダさーん!」
「はい、フレンダですケンジさん!」
「昴ー!固まってないでボケの飽和処理すんの手伝ってくれんー!?」
メイドの1人に突っ込んでいった級友を止めようとする勝間に、しかし昴は反応できない。
「失礼ですが冒険者さ……お客様は冒険者をやるには随分と平均的ですね。ここは食事処ではないのですが?」
「敬語でチンピラ冒険者みたいなメイドがおる!?」
「なんでぇ?なんで俺だけ詰られてるのこれぇ?」
背格好はそこまで変わらないはずなのに、自分の何が駄目なのか。なぜ1人だけ詰められ睨まれているのか昴にはわからなかった。人生でここまで女の人が近づいたことなどないというのに、向けられる視線があまりにも冷たくて泣きそうになっている。
「ちょっとー?キクさん俺の友人いじめないでくれるー?」
「……申し訳ありません、神様」
「おらぁ!説明せんかいワレェ!」
「昴、勝間止めよう。サボってもられなくなってきた」
「そうだね。いつもそれぐらい頑張ってくれるとすごく嬉しいよ悦司。俺の時も助けられたよね」
「なんとかなるかなって、それに」
一つあくびを噛み殺した後、悦司はいつもの眠たそうな顔で言う。
「俺たち異世界人だろ。舐めてるやつは次のイベントで手のひら返すって相場が決まってるんだよ」
〜・〜・〜・〜・〜
次のイベントってなんだろう。悦司の言葉に首を傾げていた昴だったが、その疑問はすぐに解消されることになる。
「で、神様ってなんやお前」
「金稼ぐために地球のものを売ったら高品質すぎてギルドから王都への献上品になった件」
「それで神様になるんか」
「平和な街すぎて功績全然あげられないけど、有名ギルドになりました〜突然やってきた男の子が持ち込んだアイテムが王様の目に留まって注目されちゃった!?〜」
「もぅええ、そのなろう小説のタイトルみたいな喋り方やめぇ、次は殺すぞ」
「このすば」
「素晴らしいんはお前の沸騰した頭や」
「そこ、コントすんな」
「コイツのせいやろ!?」
訂正、疑問の解消にはもうちょっとだけかかるんじゃよ。
メイドに囲まれながらコントをしている愛媛組2人に悦司が水を差すも案の定焼け石に水で消化には至らない。仕方がないので話の方向性をちょっとだけ昴は変えることにした。
「何売ったらあんな反応されることになるの?俺たちでも持ってるもの?」
「見てないけどあるんじゃない?教官に研究室に持っていくように言われてたコピー用紙の束。あと文房具。全部教官支給」
「嫌な研究生だなお前」
「退学しろこんなやつ」
「いーじゃんどうせこの世界に来た時点でクビなんだからさー。みんなだって途中まで進めてた研究全部パーだからね」
「いや俺は地球に戻ったら時間全然経ってない日本に戻れるパターンをまだ諦めてない」
「その場合才途は教官の私財ぶん投げてるからどのみちクビだな」
「ちなみに作った金でそうめんも服も買ったんだから教官に言うからな。全員でやりましたって。商船学科は連帯責任好きでしょ?」
「カス」
「……話はわかった。慶次のアホよりはマシや。ちなみにいくらになったか、それだけは聞かんと納得はいかん」
「分かった、勝間。頭下げる準備しとけよ」
「はん、所詮紙やろ?そんなん売ったところで、いくら異世界とはいえ一万いったら褒めるレベルや、何を偉そうに」
「キクさん、結局あれ俺の取り分どれくらいになったかな?」
「1200万エルになります。冒険者登録がお済みになり次第、口座に残りの1150万エルを振り込ませて頂きますね」
ガバッ!!
「やめろ勝間!同級生の靴を舐めようとすんな!」
「ええい離せ昴!媚びへつらっとかんとこの鬼畜メガネは俺に一銭もくれん!!」
「……俺にもちょっとくれる?」
「もちろん!仲良く3人で分けような、悦司、昴!」
「才ちゃん悪かった許してたもう、許してたもう!!」
「俺はぁ!?」
5人の中できっちり格差が決まった才途は、ナンパにうつつを抜かしていた慶次もろとも梯子を外そうとしていた。
「ところで神様、ギルドの看板をコピーヨッシーにしようかというご提案なのですが」
「うん、絶対やめてね?キクさんキクさん、そんなことより受付の方お願いしたいな。5人全員冒険者登録で」
「……構いませんが、必要でしょうか?皆様、とても目がお綺麗です。モンスターなど関わりのない環境で生きてこられたのでは?」
ズバリ、痛いところをつかれたなと昴は思った。あんなデカい蟹はともかくとして、ゴブリンがイメージそのままの姿なのだとしたら、小学生くらいのサイズの人型の魔物だろう。討伐などお前たちにできるのか?キクという名のメイドは、そういう意図を持って昴に難癖を付けたわけである。
「……そうですね。モンスターを倒したこともありません」
「……では、冒険者登録でなく、商人登録をするのがおすすめです。人手は足りませんが、不向きな者の背中を蹴り飛ばす職場ではありませんから」
「いいえ、冒険者登録をお願いします。やったことがないと、できないは違うので」
「……登録にもお金がかかるのですよ?」
「才途が出しますよ。……だからこそ、半端な覚悟ではやりません」
「……うん、よく言った」
「ひゅう」
「茶化さんの慶次。えーやん、来た時と同じ良い顔しとるで、昴」
「……あつ」
自分がそんなことを言うと思っていなかったのだろうか、キクは目をぱちくりとさせて……初めて昴に微笑んだ
「……畏まりました、"冒険者様"。こちらで登録を進めさせていただきます」
「すぅー、はぁーー……。はい、よろしくお願いします!!」
キク
元冒険者のギルド受付嬢。有名なパーティーに所属しており、実力も確かだったが、パーティーリーダーと魔法使いが駆け落ち、残ったメンバーで実力に見合わない(フルメンバーであれば余裕で達成できたであろう)依頼を受け後遺症の残る怪我をして冒険者を引退した。
八割方返済したものの、パーティーメンバーや自分の治療の際に多額の借金をしてしまっている(駆け落ちした2人が金を持ち出したため)
才途の紙をギルド長に報告し、商会ではなく王都への献上品にした。お陰で近々借金を余裕で返し切れるほどのボーナスが入ることになっている。