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第5話 暗殺者

 暗殺者――エルド・シュトライトは人間の父親と鬼の母親のハーフとしてこの世に生を受けた。


 亜人であるエルドは本来、魔王国側の人間だったのだろう。

 けれど、母のミオンが勇者アロウの一行に加わったことで、彼の人生は大きく変わった。

 人々は母とその子であるエルドを、少なくとも表面的には敬った。


 魔王ジャグナロとの戦いの最中、母は死亡したと報道される。

 勇者アロウ一行の4人と共に、首都スノウィ・ヒルは壊滅、戦局は大きく帝国側に傾いた。


(訃報は……偉業と同時に華々しく伝えられた……)


 この結末には賛否があった。

 首都の壊滅の理由は事故――証言にははっきりしない部分が多く、事実上の原因不明だった。

 これがアロウたちが発端だとしたら、あまりにも非人道的だという意見があった。

 一方で、これが自暴自棄となった魔王自身による道連れという説もあった。


(あらゆる推測が飛び交った……誰もその場にはいなかったのに……)


 結果として魔王軍の侵略はなりを潜め、帝国は奪われていた領土も取り返した。

 魔王ジャグナロを封印したアロウとその仲間たちは、先代魔王を殺した勇者レンカと同様、帝国の英雄となった。


 エルドは表立って迫害されることこそ無かったが、ただ天涯孤独の身であった。


 6年後、魔王復活の噂が聞こえ始める。

 それを聞いた時、エルドの中では母の想いを継ぎたい気持ち、それと復讐心が宿るのを感じた。


「――単独で侵入とは正気の沙汰ではないぞ?」


「逆だ。オレ1人だから、この任務はやり遂げられる」


 恩師の忠告をエルドは聞かなかった。


「亜人であるが故に、魔王領での行動は目立たない。それに母同様、オレは“黒霧(くろぎり)”が使える」


 “黒霧”とは、辺境の角持ちの鬼だけが使える闇に身を隠す高度な『潜伏術』だ。

 エルドは魔王復活の儀式に伴い、『大樹海』の警備が手薄になるタイミングを見計らい、単独で魔王国領土へと侵入した。

 旅は三日ほど、非常に早いペースで進み、首都に着いた頃にはエルドは疲弊し切っていた。


 決行日、エルドは魔王城の警備を難なく抜けた。


(ザルもいいところ……とは、素直に喜べないな)


 エルドにはそれがかえって不安だった。

 元よりネズミを一匹見逃したぐらいでは、魔王は殺されないという自信に見えた。


(復活直後なら殺せる可能性もあると判断したが、早計だったか?)


 それでも、エルドに迷いはなかった。

 自分が失敗したなら、ある方法でそれは後日帝国にいる恩師に伝わる。


(勇者アロウでもここまでたどり着くのには多くの時間を要した。これはオレにしかできない……オレの生きてきた理由なんだ)


 エルドが守りたいのはただ一つ、母の名誉だった。

 それ以外、彼には望むものがない。

 そう思っていた。



              ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 エルドはダインが外に出るタイミングで、執務室に侵入することに成功した。


(何とか入れた)


 二人が部屋に入った直後にドアを開けようとしたが、あらゆる『解錠術』を使っても扉は開かなかった。

 入るとき同様、出るときも同じだろう。


(退路があるとは思わない方がよさそうだな……)


 エルドは執務室に魔王がいないことを確認すると、隣の部屋に移動した。

 そちらのドアは鍵すらかけておらず、難なく入ることができた。

 そこは魔王の自室らしく、ベッドや棚、タンスなどの家具が並んでいる。

 奥のシャワー室らしき部屋からは水の音が聞こえた。


 その生活感が、まだ殺人を犯したことのないエルドの覚悟を揺るがせた。


(ここまで来て、何を考えているんだ……)


 エルドは部屋の隅へと行くと、1度『潜伏術』を解いて息を殺した。


(ジャグナロの侵攻のせいで、多くの人間が死んだ……オレの父さんだって……)


 手には最上級の武器であるブラッドダガー。

 切れ味と毒により、急所に刺せば確実に相手の息の根を止める。

 射程はなく、扱いを間違えばあっさりと折れ、毒も自分に帰ってくる諸刃の刃だ。

 迷いがあって、扱える武器ではない。


(やるなら迷うな……どのみち、帝国と魔王国はまた戦争になる……)


 ジャグナロがシャワーを浴び終えてたのか、やがて部屋に戻ってくる。

 エルドは再び、『潜伏術』“黒霧”を発動させた。

 誰かがベッドに倒れ込む音が聞こえる。


(あっ……)


 ふと、心臓の高鳴りが消えた。

 エルドは自分の中から葛藤や言い訳が消えていることに気付いた。

 母親のミオン・シュトライト同様、暗殺者としての才能があったことを知る。

 その事実が、エルドの背中を押した。


(殺るか……)


 魔王の横たわるベッドの真上まで一気に跳躍する。

 『潜伏術』が解かれ、質量のまま真下に落ちる。


「えっ?」


「なっ……!?」


 エルドは目の前の光景に思わず声を上げた。

 ベッドに仰向けに倒れているのは、まだ僅かに湿った髪を束ねている薄着の少女だった。


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