第41話 白竜石争奪戦10 ブルクハルトの暴虐
ブルクハルトは秘書と部下を十名ほど引き連れて、教会兼孤児院へと向かっていた。
白竜石の噂を知る者は遠巻きにその姿を見て、いよいよ事が起こるのかと身構えた。
ブルクハルトは思い返す。
白竜石は以前より、手に入ればナティカが高額で買い取ると約束していた品だった。
問題はその在処で、近年で竜が結晶となったのは帝国のある都市の研究機関の倉庫に厳重に保管されていた。
魔王国出身の者が手に入れるのは容易ではなく、どうしても内部の協力者が必要だった。
長年かけてなんとか警備1人と研究者の弟子の1人を籠絡させたブルクハルトは、実行犯として教会に住む『潜伏術』“黒霧”使いの鬼の双子――メリタとミリアムを雇った。
白竜石のすり替えは上手くいき、双子はブルクハルトの部下と共にロストストリートへと帰ってきた。
ここまでは、なんの問題もないと思われた。
だが、白竜石には盗んだ者に取りつき居場所を知らせる呪いがかけられていた。
だから、ブルクハルトは呪われていたメリタと部下の数人を殺害した。
元より、孤児を使ったのはいざというとき切り捨てるためだった。
ミリアムは姉の支持で『潜伏術』を使い続けていたせいか呪いにはかからなかった。
それは幸運だったのか、あるいは……。
(もう過ぎたことだ……)
ブルクハルトに後悔はなかった。
教会を目の前にしても、その冷酷な精神は少しも揺るがなかった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
ドアを叩くと、孤児院の管理者である痩せた神父が顔を出した。
「どなたでしょうか?」
神父はブルクハルトの顔を見て固まった。
「ブルクハルトさん。今夜はどう言った要件で……」
「子供たちを起こせ」
ブルクハルトは淡々と告げる。
「…………」
神父の中に様々な感情が浮かんだことは見る者すべてに分かった。
「……なぜ?」
その問いかけをすること自体のリスクは分かっていた。だが、それでも神父は聞くしかなかった。
ブルクハルトはため息をつくと、神父の方をポンと軽く1度だけ叩く。
「もういい、下がれ」
「――ブルクハルト様、宿舎はあちらかと」
秘書のスヴェンが教会脇にあるの通路を指さす。
「ブルクハルトさん、子供たちには――」
神父は声を震わせながら叫んだ。
――ゴギッ。
その瞬間、神父は自分の体の異変に気づいた。
肩が激しい痛みと共に縮んでいる。
「ぐ、うああああああ」
まるでプレスで潰したかのように、肩から下の腕もーー。
神父は痛みと恐怖で気絶した。
「ブルクハルトさん、優しいっすね」
部下の1人が笑う。
「まだ利用できそうだからな」
ブルクハルトの『固有魔法』――『圧縮術』は体が触れた際に魔力を流し込んで、生物無生物を問わず圧縮する魔法だ。
ブルクハルト自身のフィジカルの強さや、魔力量の多さも相まって、シンプルながらも非常に強力な能力だ。
ブルクハルトたちは執事の後に続いて宿舎に向かった。
そして、わざとドア蹴り大きな音を響かせた。
――メリッ、バギッバギッ。
ドアが『圧縮術』によって大きな音を立てて潰れていく。
「ガキども出てこい! テメーらの仲間の場所を教えろ!」
部下の1人が威圧するように叫ぶ。
「……引きずり出してこい」
ブルクハルトは部下達に部屋に向かわせ、本人は外に出て空を見上げた。
肩の潰れる音と、神父の悲鳴が耳にこびりついている。
ブルクハルトにそれはどんなに上手い酒や女よりも、生の実感を与えてくれた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
やがて、泣き叫ぶ子供たちが部下達に連れられて教会の寂れた中庭に連れてこられた。
剣や斧を向けられ子供たちは震えながら横一列に並べられる。
「これから1つずつ質問をしていく」
ブルクハルトの足元には肩の潰れた神父が倒れている。
「お前たちの仲間には、黒い鬼の双子がいたな。今、どこにいるか分かるか?」
ブルクハルトが静かに問いかける。
子供たちは誰もその質問に答えることができない。
ブルクハルトは小さく息を吐くと、靴の先で神父の体をつついた。
「ぐっあああああああああああああああ」
神父が悲鳴と共にのたうち回る。
微かに骨の折れる音が聞こえ、子供たちは泣きわく。
「ゴホッ」
ブルクハルトの咳払いで静かになった。
神父はしばらく呻いていたが、やがてもう叫び声さえ上げられなくなった。
体の大きさは半分ほどになり、周囲には血溜まりができていた。
「いいか。お前らが本当に知っているかどうかは関係ない。これから、質問に答えられないなら、1人ずつ同じ目に合う」
ブルクハルトは合図を送り、数人を解放、さらに1人の子供を自分の近くに連れてこさせた。
「10分後、同じ質問をする。それに応えられなければ――」
抑えつけられた子供の方へと、ブルクハルトが手を伸ばす。
「いや、いやああああああああああっ」
子供が叫び泣き喚く。
その瞬間、ブルクハルトの背後で黒い霧が晴れる。
直後、秘書のスヴェンが動き、ブルクハルトの背後に突き付けられたナイフを剣で受けた。
ブルクハルトが笑う。
「やっと来たか、ミリアム」
ブルクハルトの背後には、ナイフを構えたミリアムが息を切らして立っていた。
「ブルクハルト……殺してやる」
その目には涙が浮かんでいる。
「なら最初から暗殺すればよかった。白竜石を盗むなんて回りくどいことをするから、こうして周囲を巻き込むことになるんだ。――やれ」
秘書のスヴェンはミリアムに斬り掛かった。
ミリアムは咄嗟に背後に飛んで剣を躱すが、ほかの部下たちも一斉に襲い掛かってくる。
しかし、再び彼らの視界に黒い霧が現れる。
「――おめえら、離れろ!」
部下の1人が叫び、ミリアムと黒い霧から距離を置く。
霧が晴れた先には1人の鬼の少年――エルドが立っていた。
「お前だな。ミリアムに手を貸してテオドールを殺したのは……? そうじゃきゃ、ミリアムがここに来れるわけがねえ」
ブルクハルトはそう言いながらも、エルドの傷だらけの体を見て笑った。
綺麗に並んだ歯の先に涎が滴っている。
「感謝するぜ、ガキども。久々に最高の生を実感できそうだ」




