第39話 白竜石争奪戦8 一閃
エルドはミリアムと一緒に、歓楽街の方へと移動していた。
苦手な『治癒術』も行い止血は済んだが、ミリアムの様態は悪いままだ。
「他に何の魔法が使える?」
「えっと、『煙幕術』と『防護術』かな……」
「やはりオレと同じで暗殺者向きの呪文ばかりか」
2人は逃げながら、お互いのことを小声で端的に話していた。
この状況は協力しなければ逃げられない。それが分かっていたからだ。
敵はどこにいるのか分からない。
時折、遠くから狙撃されるのを、エルドは辛うじて躱したりナイフで弾き落としたりした。
だが、数十分の逃亡で分かったこともあった。
まず、自分の使っている“黒霧”の弱点だ。
ダインの『転移術』が自分以外の体や魔力の強い物を転移させると消耗が激しくなるのと同様、エルドの『潜伏術』も白竜石を抱えている状態では消耗が激しい。
消耗するだけならマシだが、精度も明らかに落ちている。
微かに空間が歪んでおり、魔力も漏れ出ている。
エルドが最初の路地裏でミリアムを見つけられたのは――それから、敵に見つかったのもそのせいだ。
次に分かったのは、相手が魔力の感知に優れていることだ。
入り組んだ路地を逃げたり、痕跡を偽装したりもしたが、敵を振り切ることはできなかった。
『潜伏術』の空間の歪みだけでなく、敵は魔力でもこちらを探知している。
だから、一定の距離を保ったまま追跡を続けられる。
(相手は視覚情報と魔力の探知、その2つでオレたちを追っている。たぶん、白竜石の強すぎる魔力のせいもある)
エルドは敵の手札と相手の手札を観察しながら、時折、ミリアムから離れて周囲の様子を探った。
案の定、自分1人で“黒霧”を使い移動する際はまったく相手に気付かれない。
その間、ミリアムは怪我した足で懸命に駆ける。
敵はこちらが2人いると分かっているため、滅多なことでは狙撃はしてこない。
「大丈夫か?」
「うん。って、なにそれ!」
「偵察のついでに必要な物を買ってきた」
ミリアムはエルドの持ってる諸々の荷物を見て声を上げた。
エルドはそのうちの1つ、軽い鎖帷子(鎖でできた服の防具)を手渡す。
「次の路地の角に入ってからそれを着ろ」
「……うん。それで、これからどうするの? あなたの仲間はこっちにいるの?」
「ああ。拠点のホテルはもうすぐだ」
この状況、フィルデやダインは外に出ている可能性が高い。
せめて、ベルタがいれば、怪我も治してもらえるし戦況はだいぶ良くなるのだが……。
――ビュンッ。
エルドがそう思ったとき、僅か数センチ脇を鉱物の弾が横切る。
――ガゴッ。
近くの露店に大きな穴が開き、店主が驚きの声を上げる。
今までにない精度でこちらを狙撃してきている。
エルドは白竜石を自分で抱えると、ミリアムの手を引いて、人の多い方へと移動する。
だが、それは悪手だった。
人の気配が多すぎて、先程までかろうじて感じとるのとができた敵の視線が分からくなる。
(まずい。足を止めたらいけないのに、どこに向かえばいいか分からなくなってる)
そのとき、遠くで爆発音が聞こえた。
エルドの意識が一瞬そちらに傾く。
鉱石の塊が風を切る音ともに体勢が崩れる。
左足が熱い。
見ると左肩が抉られて、血が流れている。
あと数センチずれていたら、首か頭を貫いていた。
「ぐっ…………」
悲鳴を噛み殺し『治癒術』をかける。
地面に血の跡が着いてしまっている。
エルドは傷の角度から、その延長線上にいる人物を探す。
しかし、それらしき人影はすでにない。
「だ、大丈夫ですか?」
「平気だ。それより、足を止めるな」
エルドは次の狙撃が来る前に傷口を抑えながら、必死に路地の死角に逃げ込む。
『潜伏術』を解除、“黒霧”を晴らす。
近くにいた通行人がギョッとした顔をしたが、すぐに我関せずとその場から離れる。
「……ミリアム。ここで“黒霧”を使って1人で逃げるんだ」
「えっ……」
ミリアムは見るからに困惑する。
先程まで一緒に戦うという気概を見せていたのに、急にそんなことを言われるとは思わなかっただろう。
今の一撃はそれほどまでに、エルドの意識を変えた。
たしかにいくつか策は考えていた。
だが、そんな小細工が通じる相手とは思えない。
ましてや、このままミリアムを連れて戦えるような相手じゃない。
「行き止まりに追い込まれた。相手は地理にも詳しいようだ」
「なんで、そこまで……これはわたしたちの問題です。あなたに押し付けることなんてできません」
「……もう理由なんて考えてる暇はない」
「嫌です。わたしは死んでも戦います」
「……頼むから――」
――エルドは負けそうになると、行動が分かりやすなるね。
そのとき、ふと脳裏に懐かしい声が聞こえた。
――暗殺者なら追い詰められた時こそ逃げることじゃなくて――。
「……殺すことを考えなきゃ」
エルドが突然そんな言葉を呟いたので、ミリアムは不安そうに見る。
「……ミリアム。今のは取り消しだ。これから、2人で敵を追い詰める」
エルドはかつて、子供だった自分に戦いを教えてくれた母親の事を思い出した。
母は子供ということを言い訳にすることを許さなかった。
それに、ミリアムには“戦う意志”というこの状況で絶対に必要なものを持っている。
エルドの方が甘かったのは自分だったと、思い知らされた。
「これから、オレの言う通りのことをしてくれ……」
ミリアムが小さく頷く。
エルドは自分の肩に掛けた小さな鞄から、1つの物を取り出す。
それは先程の偵察の際に買ったもの――長い黒髪のカツラだった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
エルドの母親――ミオン・シュトライトが魔王国に行く数ヶ月前のことだ。
エルドはミオンから実践形式で訓練を叩き込まれた。
母なりに自分の持てる技術の全てを教えたかったのだと当時でも理解出来ていた。
だが、それを差し引いても訓練は過酷だった。
無人の森を貸し切り、小さな木のナイフを1本ずつ持ち、そこで1VS1の戦いを繰り返す。
お互いに“黒霧”を使えるため、そう簡単に尻尾を出すことは無いが、栄養補給や排泄などの僅かな隙を逃さず母はエルドから1本を奪った。
母から1本取るまでこの訓練は終わらない。
エルドは罠を作ったり、敢えて隙を見せて返り討ちを狙ったり、工夫を凝らして1本を取りに言った。
だが、それは裏目に出てばかりで、罠を作る過程で1本を取られたり、カウンター狙いで斬りかかったところを躱されたりと散々だった。
「エルドは負けそうになると、行動が分かりやすなるね」
「くっそー」
勝負が始まって1週間が過ぎた頃、エルドはもうボロボロになっていた。
「暗殺者なら追い詰められた時こそ逃げることじゃなくて、殺すことを考えなきゃ」
「考えてるじゃん! こちらから仕掛けて!」
「違うよ。エルドは思考することから逃げてる。周囲をよく見て、それから相手の特徴をよく見て……」
「やってるよ……」
エルドは無力感から不貞腐れたように言った。
「大事なのは固定観念を殺すこと」
「意味わかんない!」
「はははっ。じゃあ、大ヒント! 例えば他の人ならどうするか、考えなさい」
母は楽しそうに笑い、すぐに姿を消した。
エルドはそれから、戦いながら考えた。
思考することから逃げない。
固定観念を殺す。
この2つを考えた結果、エルドはあるやり方で母親から見事に1本を取ったのだった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「さて、と……」
テオドールは標的との間合い20メートルを保ちながら、周囲の観察を行った。
派手な格好をした女の客引き、浮浪者、飲み歩く男女、話し合うゴロツキたち……。
ゴーレムと言う種族は魔力を感知することに秀でている。
そのおかげで、彼には周囲20メートルほどの空間にいる生き物の位置がある程度分かる。
数十秒前、負傷した標的は行き止まりの路地に入った。
その先には、確実に白竜石がある。
いよいよ、勝負は詰めの段階に入った。
追い詰められた獲物から思わぬ反撃を喰らわないよう細心の注意を払う必要がある。
『潜伏術』には2つの弱点がある。
1つ目は強い魔力を持つ物体や生物を覆えないことだ。
覆えないと言っても、注意して見なければ気付かない程度に空間の歪むだけ、魔力が漏れでるだけだ。
実際、テオドール以外は視覚的にも魔力的にも、白竜石と2人の存在に気付いている者はいない。
2つ目は『潜伏術』を解く際に、必ず何らかの揺らぎが生じることだ。
高度な『潜伏術』である“黒霧”でさえ、解除時には黒い霧が見える。
つまり、術を解き攻撃に転じる際の揺らぎさえ見逃さなければ、姿が見えなくても急に襲われることはない。
(ここで仕留める)
テオドールは指先に意識を集中させる。
彼の『固有魔法』は『自爆術』体の一部を飛ばす技だが、予め鉱石の弾を用意しとけば、指先を爆発させることでそれを飛ばすことも可能だ。
よく追跡系の『固有魔法』を持っていると勘違いされるが、彼の場合それはすべて自身の知識と魔力を感知する感性を磨いて補ってきた。
テオドールは『固有魔法』の弱さを工夫と積み重ねによって克服してきた。
油断や温情、そういった雑念を切り捨てて、このロストストリートを生きてきた。
「……反撃の余地は与えない」
冷酷の仮面を被り、まずは行き止まりの路地を覗き込む。
ゴミ箱の裏に強い魔力を感じる。
生き物のそれではない純度の高い力の塊……間違いなく“白竜石”のそれだった。
降伏を呼びかけるようなことはしない、ただ無感情に『自爆術』によって敵を貫くだけだ。
白竜石に当たらないよう、その足元を狙う。
――ドンッ。
爆音とともに体の一部である鉱石が発射される。
瓶を割ったような音が聞こえ、ゴミ箱の影から包みが地面に落ちる。
包みの隙間から白く輝く宝石が見える。
だが、物陰には誰にもいない、鉱石が体を貫いた手応えもない。
(まさか白竜石を放置してたのか?)
そのとき、テオドールは強い魔力を感じた方向に振り返った。
指先に熱を込めて、物陰に潜む何者かを狙いを定める。
物陰から何かが飛んでくる。
テオドールは間一髪でその投擲物を躱し、『自爆術』で体の一部を物陰に放つ。
「ぐっ……」
呻き声が聞こえる。
溜めが短かったため威力は低いがダメージはある。
そこに倒れているのは鬼の少女だった。
見ると投げられたのはただの小石だった。
(誘導!? 男の方は?)
テオドールは周囲の魔力を探る。
しかし、反応はない。
「なんかガキが倒れてねえか?」
飲みの集団が倒れているミリアムに気付いて近寄っていく。
テオドールは一応彼らの方を見る。
男女が7人。
魔力は弱いが男は全員ガタイが良く、鬼の少年もいない。
「やだー! 見てきてあげなよ」
「おめえがいけよ」
彼らの会話をしり目に、テオドールは再び路地裏の方を見る。
変わらず白竜石は転がっている。
(大丈夫だ。『潜伏術』を解除した際の“揺らぎ”さえ見逃さなければ――)
そのとき、集団のうちの1人、酔った長い黒髪の美人がフラフラとこちらへとやってくる。
テオドールはその顔を見て体が固まった。
まるでインクをこぼしたように、顔が黒塗りで何も見えない。
そのとき感じた恐怖は、文字通り致命的な隙だった。
テオドールの体に稲妻のような衝撃が走る。
視界が揺れて落ちる。
「馬鹿な……」
一瞬の隙に体が真っ二つにされ、地面へと上半身が落ちる。
だが、テオドールは鉱物で体を作っているものの、本来は巨大な岩石のような生命体だ。
この程度では死なない。
「まだだ……」
指先に熱を込める。
接近した女性の正体は分からないが、とにかくそいつを殺せばいい話だ。
『自爆術』を発動させ、周囲に自分の体が散弾のように飛び散る。
「いいや、終わりだ」
男の冷酷な声が聞こえる。
敵はダメージを受けるのも覚悟でナイフを振る。
手と足が切り落とされ、死ぬギリギリまで体が一瞬で解体されていく。
鉱石に貫かれてもその手が止まることはない。
「うっ……うわああああああああああああ」
テオドールは思わず叫び声を上げた。
周囲の酔っ払った男女は、この状況を見て騒然とする。
「くそっ……」
テオドールはバラバラになった顔で、傷だらけになった長い髪の人物を見上げた。
女性だと思っていたその人物の姿が、ゆっくりと鬼の少年の姿へと変わる。
鬼の少年――エルドはカツラを捨て、こちらを見下ろした。
「そうか……どうせ探知されるならと、最初から姿を見せていたのか……」
「ああ。お前は少年の情報からオレの容姿をある程度知っていただろう。それが抜け道になった」
「か、顔はどうやった?」
負けは決まったが、テオドールは何とか隙を作ろうとする。
背後に落ちた自分の体の欠片を爆発させ、エルドに致命傷を与えようと画策した。
「高度な『潜伏術』は気配を消すだけでなく、周囲の認知を誤魔化すものだ。部分的に使えば、自分の顔周りだけを潜伏させることもできる」
そう言うと、再びエルドの顔に黒い靄がかかった。
「ここに戻ったのは仲間と合流するためじゃない。劇場の近くなら、そういった小道具を売っている店もあると思ったんだ。まあ、結果としては客引きの女からもらったんだが」
「そうか。俺の負けだ……だが――」
――コッ。
テオドールが『自爆術』をエルドの背後にある欠片に適応しようとした瞬間、それを突然現れた鬼の少女が蹴り飛ばした。
「危ないよ。エルドさん」
鬼の少女は負傷していたが、どうやら傷は浅いようだ。
「ミリアム、平気か?」
「うん。言われた通り『防護術』を使ったから……」
テオドールは少女から感じた魔力の正体が攻撃ではなく、防御ためのものだと知った。
投げた石はフェイクだった。
「ありがとう。正直、もう躱す余裕はなかった……」
エルドは傷口を抑えながら、ミリアムに感謝した。
テオドールはいよいよ観念した。
「ふっ……今度こそ、俺の負けだ。最後に1つだけ忠告する」
雇い主に不利になる情報だが、言わない訳にはいかなかった。
テオドールは相手の正体を知った時、犯人を殺して事件を終わらせようとした。
そうすれば、他の子供への被害はなくなると無意識の中で思っていたからだ。
その焦りに負けたからこそ気づけた。
「なんだ?」
「雇い主は俺の報告でおそらくお前らの正体に気付いている。教会が危ないぞ」
「なぜそれを?」
「無意味な犠牲は俺の流儀に反するからだ。いいから急げ」
エルドが振り返ると、ミリアムの顔が青ざめている。
エルドは事態が次の段階に移っていることを知った。
「ミリアム、オレを教会に案内しろ」
「う、でも……エルドさんはもう……」
テオドールとの戦いですでに体中傷だらけだ。
とくに肩や足に受けた傷は深く、頬も切って傷ができている。
「怪我なんて関係ない」
「……本当にどうしてそこまで?」
エルドは先ほど答えられなかった質問の答えに、今度は答えることができた。
隠れてばかりの自分が“変装”というアイデアを思いついたのは、間違いなくその彼女のおかげだ。
彼女は文句をいいながらも、絶対に彼女が正しいと思ったことをする。
その姿をエルドはこの短い期間で何度も見てきた。
「オレの好きな人なら、きっとそうするからだ」




