第37話 白竜石争奪戦6 ヒーロー
ブルクハルトの配下の1人であるガタイのいい女性――狼女のウルリケは、ある匂いを追って歓楽街の路地から路地へと移動していた。
その目立つ姿を見つけて、1人の女性が駆け寄ってくる。
「ゾフィ。どうした?」
ウルリケが声を掛けると、黒いフードを被った陰気な魔女は害意はないと手を振って見せた。
「い、いえ。出遅れてしまったので、できれば情報交換を……なんて……」
ウルリケは彼女の態度を見て、焦る気持ちが少し減った。
「それなんだが、俺の特技である嗅覚による追跡には限界があった。おそらく、犯人は匂い1つ残していなかった。『潜伏術』の類を使ったんだろう」
「そ、それじゃあ、今は何の匂いを追っているんですか?」
「テオドールだ。やつはどうやってか分からんが、すでに獲物を追っているらしい」
テオドールは同じくブルクハルトに雇われた探偵兼暗殺者のゴーレムだ。
彼の使いである子供が、劇場に入ったところを見て、ウルリケは追跡の方法を急いで切り替えたのだ。
「情けねえやり方だが、ヤツを追えば結果として白竜石を盗んだヤツにたどり着けるんじゃないかってわけだ」
「な、なるほど……」
「それで、ゾフィは何からしらお前の“呪術”を使って突き止めたのか?」
「わ、わたしは盗んだ犯人の恨みの感情から相手が“子供”の“鬼”であることを突き止めました」
「ほう、やるじゃねえか。どうせだから、一緒に負うか?」
「げ、えへ? いいんですか?」
ウルリケは元より――女好きということもあり――ゾフィのことを嫌いではないかった。
「ああ。2人でテオドールのやつ出し抜いて、一緒に豪遊しようぜ」
「で、では是非ともご一緒に……!」
この展開はゾフィ――に化けたフィルデにとっては好都合なものだった。
(なんとか、ゾフィを撃退して……その後ちょっとやり返したロスを取り戻せそうだ)
フィルデはゾフィの顔で不敵に笑みを浮かべた。
2人の魔女は案外似た者同士のため、ウルリケはその不敵な笑いにも特に違和感を覚えなかった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
ベルタはダインに言われた通り、夜の歓楽街を歩き、情報を集めていた。
時折、怪しい男やいかつい男、いかがわしい女にも声を掛けられたが、ベルタが白竜石の情報を遠回しに聞こうとすると、即座にその空気を察して彼らは去っていった。
「疑われたら命は無さそうですね……」
ベルタは大した情報も得られなかったので、仮面を買って被り、大人の炭酸と串焼きと合わせて買って一息ついた。
すると、ベルタ以上に場違いな子供が大勢のガラの悪い大人を連れているのを見かけた。
「エゴンたち、何かあったのか?」
「あんなガキにゾロゾロとついて行って……」
周囲のひそひそ声が聞こえる。
異様なの光景、ベルタは仮面を被ると距離を空けてその群れのあとを付けた。
人数が多すぎるため、見失う心配は全くなさそうだった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
同時刻、カイは後悔を心の中で繰り返していた。
エゴンは本当に教会の子供たちの面倒を見てくれていた。彼が持ってくる甘いお菓子は、幼い子供にとって数少ない楽しみだった。
この先何が起きようと、彼がやってくれた行動への感謝が消えることは無いだろう。
だからこそ、彼を巻き込んだこと、下手くそな笑顔を浮かべさせてしまったことへの後悔が募る。
「おい……ガキッ!」
先頭を行くカイの肩を1人の男が強引に掴む。
「お前、なにを――」
「本当にこっちなんだろうな!?」
エゴンが止めようとするのを無視して、男はカイを怒鳴りつける。
カイはさすがに気付かれたかと首を横に振る。
周囲は子供たちの基地とは無関係な城下町の外れだ……。辺りには実りの悪い畑や貧しい人々の住む民家しかない。
「カイ、どういうつもりだ?」
エゴンが困惑した様子でこちらを見る。
「エゴンさん。後ろの男達はミリアムを殺してでも白竜石を奪うよ……」
「…………」
エゴンは後ろを振り返った。
ならず者たちは無言のままカイとエゴンを見据える。
「なあ、カイ……。こんなチャンスはもう二度と無いかもしれないんだぜ?」
エゴンは声を震わせながら、カイの両肩を掴んだ。
「ひもじいだろ? 寒いだろ? いつでも明日のことが不安だろ? オレは子供のころ、いつもそうだった……きっと、それは大人になってからも変わらない……」
「でも、頑張れば……!」
「頑張るなんて言葉はなあ! 持ってるやつが持ってないやつを奴隷にすることを正当化するための言葉なんだよ!」
エゴンは目を見開きながら叫んだ。
「持ってないオレたちがこの生活を抜け出すチャンスなんて、人生にそう何度もあるもんじゃねえ! 白竜石があれば、オレもお前もミリアムも、教会のガキどもだって――」
「エゴンさ――」
――バギィッ。
カイは叫んだが間に合わなかった。
エゴンは背後から棍棒で脳天を割られ、その血はカイの顔にもかかった。
「馬鹿野郎が。ガキが何人いると思ってんだ。おめえのお人好しには付き合ってらんねえぜ……」
一際体の大きな男は、ガタガタと震えるカイの首根っこを掴んだ。
視界の端で血塗れのエゴンがピクピクと痙攣している。
「おい、白竜石の居場所を吐け。そうしないとガキども全員殺すぞ?」
それを聞いて後ろの不良の1人が笑う。
「それは酷すぎんじゃないっすか?」
「なあに、お前と盗んだやつ分の報酬くらいはやるさ。それでも、ブルクハルトよりはマシだろうぜ。たった今、分け前もひとり分浮いたしな」
男はそう言いながら、カイの体を地面に叩きつけた。
「おめえなら、オレたちの優しさも分かるよな?」
カイはこの男達をミリアムの元へ連れていかないで良かったと確信した。
今なら死ぬのは自分1人で済むかもしれない。
カイの得意な魔法――幼少期両親に叩き込まれた『自爆術』を使えば……。
「――そこまでです!」
そのとき、凛とした声が周囲へと響き渡った。
空から白いローブを着た何者かが舞い降りる。
顔には仮面、髪は銀色。
手には宝石の埋め込まれた巨大な白い杖を持っている。
「寄って集って、子ども1人になにやってるんですか……!」
子供っぽい声色、しかし、この状況で少しも臆していない時点で異様だ。
その仮面の少女はエゴンの頭部に触れ、それから、カイの血の流れる後頭部にも少し触れた。
「てめえはなんだ! まさかブルクハルトの……」
「ヒーロー!」
仮面の少女――ベルタは叫び、それから不敵に笑った。
「ふふふ。匿名希望のヒーローです。名乗っちゃうと、方々に迷惑をかけかねないので……」




