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第36話 白竜石争奪戦5 『不夜城』の主

 歓楽街を見下ろすように位置する、丘の上に立てられた『不夜城』ーーその1室で魔王国幹部の1人、吸血鬼のタワーは椅子に座り静かに目を閉じていた。

 白い肌に端正な顔立ち。紅色の髪の毛。身を包む漆黒の服。肘掛に腕ついて眠る姿はまるで絵画のようだ。

 しかし、そんな優雅な見た目とは裏腹に、彼の脳裏にはかつての苦難が過ぎっていた。

 歓楽街の仲間たちとの飢えを凌ぐ日々……。

 焼かれる街、子供たちの住む教会……。


「なんでこんなことを!? ここまでする必要がどこに?」


 タワーは懸命に叫んだ。

 憎き仇――角の生えた巨体の竜人は顔色1つ変えずに言う。


「この国の安定のためには、必要な犠牲だ」


「俺はお前を許さない」


 タワーは腕の中で息絶える妹を抱きしめながら叫んだ。


「――ジャグナロ!!」


――コンコン。


 ノックの音で目が覚める。


 「タワーさま、ダイン様がご訪問です!」


 そのとき、衛兵から声がかかる。


「もうそんな時間か? 俺は丸一日寝ていたのか?」


 タワーはそう思いながらも、椅子から立ち上がる。


「分かった! すぐに行くから客間に通せ!」


 タワーはそう伝えて流しに向かう。


「予定が早まったならそれでもいい……」



              ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 城の二階にあるやたら広く、天井が高い客間。

 長いテーブルに紅いテーブルかけ。明かりは質素な蝋燭でやや薄暗い。

 これは城の主が夜目の効く、吸血鬼であるタワーだからだろうか……。

 伝承のように陽の光程度で死ぬことはない彼らも、活動は概ね夜だ。


 ダインはその蝋燭から香る心地よい香りを嗅ぎながら、頭の中で状況を整理する。

 本来なら訪問は翌日夜、ジャグナロと共に白竜石を持って行うはずだった。

 そこにはタワー、そして『屍渓谷』のナティカも同席する予定だった。

 そこでタワーを仲介人として、ナティカと交渉、後日“竜殺し”の方法を聞く……そういう予定だった。

 だが、白竜石は盗まれ、現状手に入るかは分からない。

 ダインとしてはタワーに貸しを作ってでも、白竜石を手にしたいところだった。


「ようこそ、ダインさん」


 しばらくして、黒いマント付きのローブを纏ったタワーが現れた。紅の髪は長く、見るものの目を強く惹きつける。


「お久しぶりです、タワー。2人出会うのはもう1年振りでしょうか……」


「ええ。お互いに気軽に会える立場では無くなりましたからね」


 ジャグナロが封印された後、彼を幹部の後継に推挙したのはダインだった。

 彼の思想はこの街において異端と言ってもいいほどに、理性的かつ慈悲深く、この街がただのならず者の吹き溜まりになっていないのは彼の尽力があってと言っていい。

 そのうえ、その圧倒的実力からカリスマも高かった。

 タワーは力と理想、さらには策謀まで兼ね備えている。

 彼直属の軍隊『血風隊』は、この魔王国において『屍渓谷』の飛竜隊に並ぶ戦力であった。


「それで、今日はどんなようですか?」


「実は……」


 ダインは白竜石の盗難の件をタワーに話した。

 タワーはそれを聞くと顎に手を当てて考える。


「……ナティカは条件を変えないでしょうね。明日までに手に入るよう、私も腕利きの情報屋を手配しましょう」


「助かります。では、わたくしはジャグナロ様にご報告を……」


「ダインさん。お帰りの前に1つ」


 ダインはタワーの声に含まれる緊張を敏感に察した。

 『転移術』の準備を始める。

 タワーとは幹部の中ではもっとも良好と言っていい関係を築いていたが、それもジャグナロ復活までの話だ。


「あなたは、ジャグナロ様がかつてこの『不夜城』で何を成したかご存じですか?」


「……」


 ダインは考えた。

 ジャグナロはかつて、側近として先代魔王と共にこの街を1度滅ぼしている。圧政を敷いていたという竜人が相手だった。

 それは熾烈な戦争だった。

 それにより、多くの住民も巻き添えを受けたが、結果として彼らは救われたーーそう聞いていた。

 問題はタワーがどう認識しているかだ。


「先代魔王と共に、『不夜城』の暴君を滅ぼしたと聞いています」


「そうです。多くの民を犠牲にして……」


 2人の間に思い沈黙が落ちる。

 確かタワーの固有魔法は『炎操術』と聞いている。周囲の蝋燭を警戒する。


「ダインさんはジャグナロが首都を滅ぼしたとは思いませんでしたか?」


 ダインはこの言葉で確信する。

 タワーはジャグナロを恨んでいる。そして、あの首都での事件の真相にも直感的に気付いているのだろう。


「……ありえないことです。これは以前も話したはずですが? 何故いまさら……」


「ナティカが教えてくれたのです」


 ダインは『転移術』を使おうとしたが、なぜか魔力が全く練れない。

 ダインがタワーの方をむく。

 タワーの眼が蒼く輝いている。その目には強い魔力を感じた。


「ああ、私の固有魔法。『炎躁術』というのは嘘で本当は『封魔術』なんですよ」


「『封魔術』……」


 ダインは背中に汗を浮かべながらも、自分のすべきことを考えた。

 仮にジャグナロを憎んでいるのなら、真実を告げれば仲間に引き込める可能性は高い。信じてもらえるかは賭けになるが……。

 問題はタワーの背後に、角の生えた竜人の少女が立っていることだ。


「ナティカ……!」


「ダイン、元気そうね」


 ナティカはその背中から生えた黒い翼をはためかせることもなく空に浮き、ダインのことを見下している。

 つり上がった大きな目に冷たい表情、2つに結ってある赤髪。若干16歳にして、『屍渓谷』を治める魔王国の幹部の姿だった。


「タワー、早く眠らせて上げて頂戴。ダインの身柄の受け渡し、それがあなたとの協力条件のはずよ」


「くっ……」


 ダインは罠である可能性は考えていた。

 だが、それは白竜石が手に入ってからだと内心タカをくくっていたし、最悪自分1人なら『転移術』で逃げられると思っていた。


「タワー、そのものはジャグナロ寄りの人間です。騙されてはいけません! 私は――」


「黙れ!」


 ナティカは急接近して、その鱗に覆われた硬い足でダインを蹴り飛ばした。


「ぐっ……」


 ダインは床に叩きつけられる。

 かろうじて練れる僅かな魔力と咄嗟に上げた腕でガードしたが、竜人のフィジカルの前では無力に等しい。


「ジャグナロの側近であるお前が何を言ってるの?」


 ナティカはそのまま、ダインを片手で持ち上げて締め上げる。


「ヴィス・シープ・メリジューヌ」


 彼女が力を入れる直前、タワーが詠唱し、ダインが眠りについた。


「ダインさんの身柄は渡しますが、殺すことだけは許しません。そういう契約ですよね」


「……そうだったわね。こいつはジャグナロを釣るための餌だもの。白竜石が手に入るかわからない以上、絶対に必要な駒……」


 ナティカはそう言って笑い、ダインを片腕で担いで部屋を出た。

 タワーはその背中を見つめる。

 ダインが気絶する直前に言った言葉が引っ掛かる。


(もしかしたら、自分はジャグナロを憎むあまり致命的なミスを――)


 その疑問は遠くで響く爆音によってかき消された。


「なんだ! 今の音は!」


 タワーは即座に衛兵の元にかける。


「どうやら、歓楽街の方で何か――」


――ドゴンッ。


 そのとき、部屋のすぐ近くに何かが勢いよくぶつかる音がした。

 大砲でも打ち込まれたような音だ。

 タワーが即座に外に出ると、そこには衝突によって窪んだ地面と、1人の子供の無残な体があった。

 そして、その体は……。

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