第3話 選ばれた理由
長い過去の話がようやく終わった。
青い光が差す執務室で、わたしとダインは向かい合っている。
わたしは話の間に、密かに手錠を破壊しておいた。
「――フィルデ。まず、あなたにやってほしいことは復活した魔王に成り代わることです」
ダインは話の終わりに、計画の説明を始めた。
「ジャグナロを殺すにはまだ足りないピースがあります。それを手にするためには、ジャグナロ本人という立場のが必要不可欠です」
「……大体の事情は分かった」
少なくとも、わたしが選ばれた理由については察しがついた。
「共犯者にわたしを選んだのは、『変身術』の使い手だからか」
「はい。私が以前、魔法使いの村の視察にいった際、あなたは『変身術』で同級生に報復をしてましたね。あなたの『変身術』は……単なるまやかしではなく、私の目を持ってしても見破ることはできなかった」
「ああ。わたしの『変身術』は肉体そのものを変化させるものだ。あらかじめ変装用の服を用意しておいて、それを呼び出す必要はあるがな」
わたしの知る限り、わたしレベルの変身術を扱えるものは1人もいない。
「確かにわたしなら、ジャグナロの影武者になることは可能だろう。情報さえあればな……」
けれど、実際にやるかは別の問題だ。
「だが、そんなリスクを犯すくらいなら、今ここでお前を殺した方が手っ取り早いとは思わなかったのか……?」
わたしは破壊していた手錠をその場に捨てた。
「いいえ。そうはならないでしょう」
ダインに取り乱した様子はない。
「どうして、そう思う?」
「それはあなが、愛を知っているからです」
「……はぁ?」
わたしは場違いな言葉に思わずため息が漏れた。
「私はジャグナロの目的を話しました。あいつは魔王国の国民を“名誉ある生贄”としか思っていない。それは、あなたの村の住民、家族も同様です」
「…………」
「あなたは、あなたの祖母と妹を強く愛しています。だから、ジャグナロを絶対に野放しにはしない」
「呆れたな。そんなのは理由――」
「なりますよ。あなたは稼ぎの大半を家族のために使ってるじゃないですか。そのキャラのくせに、シスコンでおばあちゃん子でしょう」
「……お前はわたしを怒らせたいのか?」
わたしは顔が熱くなるのを感じた。
「それにあなたの態度を見れば分かります。あなたは偉そうなやつ、他人を道具としか思ってないやつが大嫌いでしょう」
わたしは呆れた。
その二つなんて、まさにダイン自身にも当てはまりそうなもんだ。
そんな理由で魔王を演じながら、殺せるかも分からない魔王暗殺に力を貸せというのか?
「フィルデ、どうか私の復讐に力を貸してください」
ダインは頭を深く下げていた。
そのまま、地面を頭につけかねないような必死さだった。
「私が手をこまねいていては、他の幹部の誰かが魔王の身柄を確保してしまうのです」
わたしは目の前の男を哀れに思った。
すべてを奪われ、憎しみと使命に縋るしかない男の人生に……。
「わたしは権力者が嫌いだ」
だからといって、同情した訳では無い。
「それを神のように崇めるやつも、逆らうために命を捨てるやつも同じくらいに嫌いだ」
わたしはこの男の言う通り、祖母と妹のことを守るためなら、大抵のことはやるだろう。
だが、ダインに力を貸すことが最善とは思えなかった。
とてもじゃないが……。
「でも、手を貸してやる。上手くいったあかつきには報酬はたっぷり貰うけどな」
それなのに、わたしはダインに向けてそんなことを言っていた。
「……フィルデ」
「愛なんかのためなんかじゃない。わたしはわたしのため、お前の計画に乗ってやる」
「……ありがとうございます」
ダインは長い間、頭を下げていた。
わたしは自分が馬鹿なことを言ったと、内心思っていた。
「そうと決まれば……」
ダインが顔を上げると、そこには満面の笑みが浮かんでいた。
「お、お前……!」
「早速、ジャグナロの癖や言動を完璧にトレースしてもらう必要があります」
ダインが指を鳴らすと、たくさんの書類が奥にある机の上に落ちた。
「一夜漬け上等といきましょう」
「……はぁ〜〜」
わたしは選択を誤ったかと、僅か30秒前の自分を呪った。
「……それより、まずは正確な姿を教えろ。多少の言動の違いなら、封印の影響で記憶が消えたとでも言えば誤魔化しが聞く」
わたしがやる気になったことでダインはますます笑みを深めた。
生贄として国と戦争をする予定が、急遽魔王を演じることになった。
本音を言うと、その状況に私は胸が高鳴っていた。
こんな馬鹿げた動機でも、ダインへの同情以外の理由は確かにあったのだ。
これがすべてダインの計算通りだったとしても、今だけは、乗ってやるのも悪くない。
「ああ、それと歌の練習と踊り食いもお願いしますね」
「――忘れてた!!」
こうして、わたしとすべてを奪われた男の復讐劇が幕を開けた。