第32話 白竜石争奪戦1 孤児たちと犯罪組織
歓楽街をまだ10歳にも満たない一人の少女が息も切れ切れで走っていた。
「ハァッ……ハァッ……」
色褪せた服についたフードで頭を覆い、綺麗な布で包まれた物体を抱えている。
少女は人気のない路地裏につくと、ようやくそこで立ち止まり膝をついた。
小さな屋根とゴミ箱(道具入れ)がある簡易な小屋。
ここはよく子供たちが集まる基地の一つ、ほとんど人が寄り付かない場所だ。
「ハァッ……ハッ……ううっ……」
息を整えた途端涙が溢れ出てくる。
「ごめんねっ。メリタ……こんなことしかできなくって……」
少女――ミリアムは布を広げて、その巨大な美しい白い宝石――白竜石を見つめた。
この宝石の運び屋であった妹のメリタが、報酬も支払われずに殺された。
その現実に絶望し、怒り、埋葬しても気持ちは晴れず……ミリアムは報復を選んだ。
衝動的な盗みではあったが、それが相手に与える被害は理解していた。
この宝石は魔王が欲しがっているらしい。
そんなものを無くしたとなれば、あの屑野郎――ブルクハルトもただでは済まないだろう。
「ここで宝石を粉々に砕いてやれば……」
どうなる?
もしも犯行がバレたら、自分の住む教会に住む浮浪児たちは、どんな目にあう?
今ならまだ間に合うかもしれない。
素直に名乗り出て鉱石を返せば、死ぬのは自分だけで……。
「ミリアム!」
声をかけられて、ミリアムの心臓は飛び跳ねた。
「俺だ。大丈夫か?」
顔を上げるとそこには赤髪の少年――カイが立っていた。
「どうした? 仕事から帰らないから心配したぞ……」
顔と声を聞くうちに、ミリアムの心が温かさで満たされる。
同時にまた涙が溢れる。
「……メリタが……殺されちゃった……」
口にしたくなかった言葉だった。
心が真っ黒に染まる。
ミリアムはそれから茫然自失となり、とりとめなく状況を説明する。
「……そうか。よく頑張った」
カイはミリアムを強く抱きしめた。
「ミリアムは『潜伏術』を使ってここに潜んでてくれ、下手に移動するよりはその方が見つからない。敵が近づいたら、その時は別の基地に移動すればいい」
「……カイは、どうするの?」
「俺は別行動だ」
「……」
ミリアムの縋るような目を見てカイは苦しそうに言う。
「まず、他の教会の子供たちが巻き込まれないよう口裏を合わせる。それから、俺はエゴンさんに相談してみる」
「エゴンってあの人も組織の人間じゃ?」
「ブルクハルトとは別の組だ。組は敵対しているし、教会にもよく食糧を持ってきてくれる……仁義に厚い人だ」
ミリアムからすればエゴンもブルクハルトとほとんど変わらなかった。
「……タワーさんに相談するのはどうかな?」
それから、ふと唯一信頼できそうな人物の顔が重い浮かぶ。
「タワー? あいつは確かに俺たちのために教会を作った。だけどそのあとは?」
魔王国幹部で『不夜城』を統治するタワーは多忙のためか、もう1年以上教会に立ち寄ってさえいない。
この状況で頼りになると考えるのは、あまりにも楽観的だ。
「とにかく、白竜石は手放すな。それは交渉の切り札になり得る。元々、報酬を払わずに配達人を殺したのはブルクハルトの方だからな」
「……わかった」
ミリアムは妹を失い絶望に打ちひしがれた心を、使命感で何とか立て直す。
「3つのある基地のどこかで落ち合おう」
カイはそう言うと、色とりどりの鉱石が照らす街に駆けていった。
ミリアムはフードを外して深呼吸した。
その頭には短いツノが生えている。
「『潜伏術』“黒霧”」
その言葉と共に、ミリアムの姿は路地裏の影に消えた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「 ゴラアアッ!!」
同時刻、白竜石を奪われたと聞いて、犯罪組織のボスであるミノタウロス、ブルクハルトは激昂した。
普段静かに威圧する組長の怒りに周囲の部下達は震え上がった。
「クソどもが競売品の1つも守れねえのか!?」
すでに担当の警備は粛清され、足元にはその無残な死体が落ちている。
ブルクハルトの怒声や殺害時の物音はバッグヤードから会場に聞こえかねないレベルだったが、指摘できるものはいない。
「はぁ……スヴェン。事後対応はどうなってる?」
ブルクハルトは怒りの発散を終え、距離をとって待機していた秘書の男に聞く。
「……すでにテオドール、ウルリケ、ゾフィには声をかけております」
「そうか。魔王様と顧客には俺から説明しておく。オークションは明日まである。必ず明日の午後までには、“白竜石”を取り戻せ」
「……あと、3人とは俺が直接話す。部屋に呼んでくれ。ほかの組員たちの指揮はお前に任せる」
「はっ」
そのとき、ブルクハルトは組員の中に幹部のダインの姿があることに気づいた。
騒ぎを聞いて、文字通り飛んできたのだろう。鬱陶しいが、説明の手間が省けるというものだ。
「ダイン殿。お見苦しいところをお見せしました」
「白竜石のことでお困りでしたら、わたくしたちも力をお貸ししましょうか?」
ブルクハルトはその申し出に青筋が立ったが、何とか怒りを飲み込んだ。
「いいえ、結構です。こんなことに魔王様の力を借りること必要などありません」
仮にダインらが見つけたら、大きな借りとなり、今回の得るはずの利益が大幅に減る。
だが、それでも、最終的には白竜石を失うよりは損失は少ないのかもしれない。
「左様ですか。今回の品は魔王国の情勢にも関わるものです。仮に明日までに手が入らないようでしたら、我々が動きますので、その点はご了承ください」
「そのような事態にはなりませんので、ご安心ください」
ダインが『転移術』で消える。
ブルクハルトは数秒して、近くにあるゴミ箱を空き缶のように潰した。
「必ず今晩中に見つけてやるっ……盗んだやつは、親族もろとも皆殺しだっ!!」
その激昂は、劇場で競売を待つ観客たちを震え上がらせた。




