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第31話 眠らない街

 厚い雲のかかった紫色の空。遠くには微かに連なる山々の影がある。

 濁った川を越えると、城壁に囲まれた都市が見えた。

 城壁の先に、さらに高い城壁に囲まれた巨大な城が聳え立つ。

 細長い塔の連なるそれは『不夜城』と呼ばれる由緒正しい魔王国の貴族が住む城……だった。


 現在では自治区の1つだが、1つ目の城壁の中は背の高い建物の連なる歓楽街となっていて、夜になっても明かりが途絶えることは無い。

 眠らない街には帝国では違法となる様々な娯楽があり、魔王国の内外から人が訪れる。

 しかし、その裏では多くの人間の屍が積み上げられているという話だ。

 街は犯罪組織や違法な売人で溢れており、この日も様々な悲劇が生まれている。

 ロスト・ストリートとは『不夜城』から見捨てられた貧民街を呼ぶものだったが、今では倫理観を“失った”この都市全体を指すようになっている。


 城壁を抜けると派手な装飾が施された建物の並ぶ、どこか埃っぽい街の様子が広がっていた。


「まさか、ベルタを連れてここに来ることになるとはな……」


 わたしは実は初めてではなかったが、流石に未成年の2人がいることが気になった。


「ベルタちゃんのことはワタシがしっかり面倒みるのでご安心くだサイ!」


 馬車の外で見張りをしているケッテがわたしの不安を晴らすように言う。


 今回の同行者はわたしたち4人に加えて、ベルタの友人でもある警護団のケッテ。

 さらにこの馬車には乗ってないが、警護団長であるシークも同行している。

 本来、わたしやダインが不在の首都を離れられる立場ではないが、シークは竜人で『屍渓谷』出身だ。ナティカとの交渉の橋渡しをしたいという申し出だった。


 わたしたちのしていることを考えれば、シークは板挟みになりかねない立場だ。最悪の場合敵対も考えられる。

 わたしは申し出を断ろうとも思ったが、ダインは彼にも真実を知る資格があると考えているようだった。


(すべてを知った上なら、彼もきっと私の行動を理解してくれるはずです……)


 ダインはそう言ったが、ただでさえ不安要素の多い今回の遠征にさらに爆弾を抱える結果となっている。


「お小遣いは多めに出しますが、くれぐれも無駄遣いしないようにお願いしますね」


「はいっ、 ありがとうございます!」


 わたしの不安を余所にダインがベルタを甘やかしている。

 この様子だとわたしの知らないところでエルドも小遣いを貰ってるのだろう。


 馬車はやがて、1つの小綺麗なホテルの前で止まった。


「競りの開催は日が暮れた後です。ベルタさんは会場に入らず留守番になりますが、くれぐれも夜遅くまで出歩かないように」


「わかりました」


「あと、メインストリートからは外れないように。いくらベルタさんでも危険な目に合うかもしれませんよ」


 ベルタは敬礼すると、ケッテとともに街へと飛び出して行った。

 わたしも一緒に遊びに行きたかったが、魔王という立場がそれを許さない。


「ジャグナロさまはお休みになられますか……?」


「ああ。今夜は忙しくなりそうだからな」


 わたしは競売が始まる時間まで、部屋で『変身術』を解いて休むことにした。



              ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 日が傾き始めると、街灯や店先に明かりが灯る。

 色とりどりの鉱石が魔力を帯びて発光して、街をどこか浮ついた非現実的な雰囲気に染める。


 わたしはジャグナロの体に“変身”すると、街の空気に合うように、オーダーメイドの黒服を纏った。

 ダインとともに、競売が行われるという歓楽街にある劇場へと向かう。

 まずはここで“白竜石”を入手することがわたしたちの目的だ。

 翌日以降はこの『不夜城』を統治する幹部である吸血鬼のタワーとの対談、さらに『屍渓谷』から遠征してくるナティカとの交渉に移ることができる。


「ジャグナロ様だ……!」


「近くで見るととんでもないデカさだな」


 ジャグナロは流石に目立ち、ダインともども顔も割れているため、周囲からは否が応でも注目された。

 中には挨拶をしてくるもの、命知らずにも野次を飛ばす酔っ払いもいた。

 劇場に近付くと、いかにもな柄の悪い連中の姿も増えてきた。


「ん……。あれは?」


 わたしは人ごみの中に、ふと見覚えのある姿を見つけた。

 フード付きのローブを着た茶髪の女。癖の強い前髪は長く、目元が隠れている。

 その陰気なオーラは……魔法使いの村の学校に通っていた少女、ゾフィという同級生のものだった。


「どうかしましたか?」


 ゾフィはわたしと目が合うと、そそくさとその場を去る。


「いや。昔の知り合いがいてな……」


 ゾフィはわたしほどではないが、優秀な魔法使いだった。

 ただ、わたし以上に学校では浮いていて、常によく分からない魔法を研究していたことから危険人物扱いもされていた。

 また、臆病なのが玉に瑕で、授業中パニックを起こして失敗をする姿もよく見かけた。


 卒業後の進路は知らなかったが、この歓楽街で就職していたとしてもおかしくない。

 彼女の魔法の知識と実力なら、犯罪組織からは引っ張りだこだろう。


「……そうですか。あそこの劇場ですね」


 ひと際大きな建物が見えたので、わたしは文字通り襟を正した。

 入り口に立つ見張りの男は、わたしたちの姿を見ると、即座にどこかへと連絡に向かった。

 やがて、建物の一人の大柄なミノタウロスが姿を現す。

 黒い服を着て、顔には傷、いかにもこの街でのし上がった人間という印象だ。


「魔王様……よくぞおいでなさいました。わたくし、ブルクハルトと申します」


 ブルクハルトは低い声で自己紹介をして頭を下げた。


「出迎えご苦労。早速だが、席に案内してもらってよろしいか?」


「……もちろんです」


 ブルクハルトはわたしたちを2階にあるVIP席へと案内した。


「開演までしばしお時間がございます。お飲み物はいかがしますか?」


「酒を頼む」


「はい。お前、お2人に1番いいワインを持ってこい。では、わたくしは競売の準備がありますので、ここら辺で……」


 ブルクハルトは丁寧にお辞儀をしてその場を去った。

 わたしはVIP席から舞台や観客席を見下ろした。

 そこには、様々な種族が席に着き、歓談しながら開演を待ちわびている。


 大目玉の一つである“白竜石”の競りについては――この時点で茶番と化している。

 ブルクハルトが魔王に恥をかかせるはずもなく、観客も張り合うような馬鹿はいないだろう。

 あらかじめ決められた金額まで、桜を使って競り上げ、最後にわたしが落札する手筈はできていた。

 もちろん、それなりの金額は払う。

 会場は盛り上がり、わたしたちは“白竜石”が手に入る。

 一応、Win-Winと言っていいだろう。


(そこまで全部含めて、ナティカが仕込んでいる可能性もあるけどな……)


 わたしは運ばれたワインを飲みながら開演を待った。


「――――……!!」


 そのとき、バッグヤードの方から怒声が聞こえた。

 内容は聞き取れないが、かなり揉めている。


「少し、様子を見てきますね」


 ダインは『転移術』で即座に客席から消えた。

 相変わらず便利すぎる『固有魔法(ユニークスペル)』だ。


 1分ほどして、ダインは帰ってきた。

 その仏頂面には珍しく困惑の色が浮かんでいる。


「詳しい事情はまだ分かりませんが、どうやら、何者かによって“白竜石”が盗まれたようです」


「……なに?」


 わたしは予期せぬ展開に微かな酔いが醒めるのを感じた。

 こうして、『不夜城』ロスト・ストリートすべてを巻き込む、長い長い夜が始まった。

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