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第30話 竜を殺す方法

 レンカ・アドラステイアー。

 それは『先代魔王』ヒスロデを殺した帝国の英雄である。


 ヒスロデの悪評はすさまじく、わたしが国のことを信頼しない原因でもあった。

 魔王国にすらレンカを評価する者がいたほどだ。

 魔王の死亡後、レンカはジャグナロによって殺されたとされ、そこから二代目魔王ジャグナロによる長い統治が始まっている。

 ジャグナロの代になってから、魔王国は飛躍的に発展し、かつての残虐さもなりを潜めることとなる。


「そのレンカがジャグナロだったということは――先代魔王の殺害やレンカの殺害についても見方が変わってくるな」


 『霧岬』からの帰った翌日、4人(わたし、ダイン、エルド、ベルタ)は魔王の執務室に集まった。


「はい。レンカは元々ジャグナロだった可能性と、レンカが死を偽装してジャグナロに成り代わった可能性……私は後者だと考えます」


「根拠は?」


「ジャグナロは先代魔王の時代から、長く魔王に仕えています。レンカは帝国出身でその活動の記録も残ってます。もしも前者の場合、2人が同時に別のタイミングで存在したことになります」


「……そうか。『変身術』を使う理由としても、その方がそのまま、魔王国の内政に干渉できるからか。そもそも、そう考えるのが自然だな」


「仮にレンカがジャグナロだったとして、討伐方法に変更はあるのか?」


 エルドが議論に口を挟む。

 今封印されているジャグナロがあの大虐殺を起こした本人である以上、殺すべき相手であることに違いはない。

 それは“変身術”であることが判明した時も、その正体はおそらく勇者レンカと判明した今も変わらない……はずだ。

 わたしの心の中には言い知れぬ不安が渦巻いていた。

 まるで、最初の分岐を間違えたまま、目的地を目指しているような感覚が……。


「いえ。私は今回の件で確信しましたが、おそらくこのまま“竜殺し”の方法を探すのが最善だと考えています」


「変身している間は、“竜”という扱いになるという考えです?」


「……説明が長くなりそうですね。まず、ベルタさん。竜という種族は――」


 ダインが竜についての説明を始める。

 竜という種族は、この世界にいる他のどの種族よりも魔力の生成量が多い生き物だとされている。

 実際、竜が住む場所にはその溢れ出た魔力によって、良い悪いに関わらず生態系や環境の変化が起こる。

 魔力量が多いということは、当然、個体としての強さにも繋がる。

 一方でそんな種族にも欠点がない訳ではない。


 ある人は魔力とは魂から溢れる負の力だと言った。


 その言葉の通り、精神を病み、自我を失う者も少なくない。

 竜には自我を失い、暴れまわり“災厄”となる者の多く存在した。

 その結果、世界の様々な国に竜にまつわる神話や伝承が、当時の被害を言い伝える意味でも残されている。


「そして、それは竜に限った話ではありません。あのプラタナスのような“災いの器”、魔力量の多い者はその力ゆえに常に暴走のリスクを抱えています」


 わたしは背中に嫌な汗が滲むのを感じた。

 あの場で“災いの器”と呼ばれたのは、決してプラタナスだけではなかった。

 隣のベルタはその現実を直視するかのように、ダインの話を真剣に聞いている。


「そういったものを葬り、その魔力を無害な結晶に変える力こそが“竜殺し”の魔法だと……私は推測しています」


「つまり、ジャグナロにも有効な可能性が高いということか?」


「ええ。おそらく、ある一定量以上の魔力を持つものには有効な術なのかもしれません」


「たしかに、ジャグナロを殺す上で有効な切り札になりそうなのは確かだな」


 ダインの推理は筋が通っている。

 暴走する同胞を殺すための魔法なら、ナティカたち竜人の系譜に秘匿されながらも受継がれていることに説明がつく。


「とにかく、ジャグナロの正体が勇者レンカだとしても私は“竜殺し”の方法を知ることを優先させたいと考えています」


 わたしたちの今後の方針は決まった。

 ナティカから“竜殺し”の方法を聞き出す。

 その協力者として、ダインが密かに目星をつけていたらしいハモニエとも、『霧岬』の一件で協力関係を結べた。

 ダインはナティカを交渉の席に呼ぶための口実をすでに考えていた。

 わたしはそれを聞いて、行き当たりばったりに見えるこの男が意外と先を見越して動いていることに驚いた。



              ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 それから十日後、ダインの交渉の結果が明らかとなった。


「ナティカから書状が返ってきました。どうやら、条件付きで交渉に応じるようです」


「……そうか」


 わたしとしては、ナティカとの謁見は“偽の魔王”としての正念場だ。

 ナティカとジャグナロは旧知の仲、いくら外面を真似たところで嘘は簡単に見抜かれかねない。


「なるべく。私主体で話しますので、そんなに気負わずに……」


 ダインの口実に使われたのは、『迷宮都市』地下にいる地竜アバンダだった。

 アバンダが年々凶暴になっているという大嘘をつき、彼を鎮めるための方法を知りたいという動機をこじつけた。

 もちろん、教わった“竜殺し”の方法はアバンダでなく、封印されたジャグナロに使う。

 懸念すべきは、ナティカが“竜殺し”の方法を教えずに、自分たちが処理をすると言った場合だ。

 そこでダインは、『迷宮都市』の支配者であるバングの存在をちらつかせた。

 奴は他の幹部が自分の自治区に介入してくることを極端に嫌う。

 だが、魔王であるジャグナロ自らがアバンダの処理を行うのなら、話を穏便に済ませることができるはず。

 ……そうダインは提案したのだ。


「それで、条件とは?」


「……“白竜石”と言われる宝石の入手に協力すること、だそうです」


「“白竜石”……? たしか強い魔力の結晶だったよな」


「はい。とても希少価値の高い鉱石です。魔王国の金貨なら1万枚はくだらない価値があります」


 つまり、国家予算クラスということか……。

 わたしは頭が痛くなった。


「仮にも格上の“魔王”であるジャグナロ、それも旧知の相手に対してそんな要求をするなんて、もう正体はバレてるんじゃないか?」


 そのうえで罠にかけられているのではないか?

 ハモニエの件もあって、そんなことが脳裏に過る。


「ええ、その可能性は高いですね。ですが、裏を掻こうとしてるのはこちらも同じです。ここで引く理由はないでしょう」


 ダインはバレているのなら下手に演じる必要もない、と言わんばかりだ。

 わたしとしても、それは一理あるのだが……。


「それで、そんな貴重な宝石をどこで手に入れるんだ?」


「それについても、すでにナティカ側から情報が寄せられています」


 用意周到なことだ。

 ここまで臭いと一周回って罠じゃない気がしてきた。


「幹部の1人、吸血鬼タワーが支配する『不夜城』の歓楽街で近日“競り”に掛けられる。そんな情報を掴んでいるそうです」


「……それが、次の行き先か」


「はい。『不夜城』には遅れて、ナティカも向かうそうです。“白竜石”が入手できているなら、その場で交渉に応じるとのことです」


 つまり、わたしたちに何としても“白竜石”を競り落とせというわけだ。


「……分かった。エルドやベルタにも準備をさせよう」


 わたしは腹を決めると、ジャグナロに変身して執務室を後にした。

 レンカの名前を聞いた時から、どうにも不安が消えない。

 だが、今さら引き返すことはできない。

 そう、思おうとしていた。

 本当は立ち止まる余地があるかもしれないのに、わたしは先の見えない暗闇の中へと自ら進み始めていた。

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