幕間3 魔法と詠唱について
『霧岬』からの帰り道の馬車で、わたしたちは魔法についての話をした。
ハモニエがプラタナスの船で行った詠唱、子守歌のようなものについてだ。
「助けられたワタシが言うことじゃないと思いマスが、そんなもので魔法とは効果が発揮できるものなんデスか?」
事の顛末を聞いたケッテが、魔王国の魔法とはあまりにも違うやり方に困惑していた。
「オレもエルフの――東大陸の魔法について詳しいわけじゃないが……」
わたしは魔法についての簡単な講義を始めた。
魔法とは魂から生成される“魔力を変換する方法”のことである。
本来、個人が使える魔法は個々人の素養や種族に由来する『固有魔法』に限られており、魔力もそのために存在するものだった。
だが、種が進化するにつれ、不思議と魔力の総量も増していった。
「エルフや人間は、余った魔力を『固有魔法』以外の魔法を何とかして使えないか模索した。その結果、己のイメージを具現化するための“詠唱”という概念ができあがった」
『固有魔法』以外の魔法を無理やり使おうとすると、通常より魔力の消耗が激しく、なおかつ精度も著しく下がった。
人々はその無駄な消耗をなくすために、詠唱方法を研究して体系化していった。
その過程で、『固有魔法』を拡張させる方法や、杖や魔方陣という補助道具も開発された。
「おそらく、あの子守歌はもともと“子どもを寝かしつける”という用法で開発された魔法の詠唱だったはずだ。それが魔王国や帝国に伝わった時、言語の変化と一緒にただの子守歌に変化したんだろう」
「……もしかして、熱いロックを詠唱にすることも可能なんデスかね?」
ケッテがイメージするのはおそらく、ジャグナロが復活祭で披露した歌のようなものに魔法を乗せるということだろう。
お互いに向かい合って、歌を披露する戦争を考えると……あまりにもシュールすぎる。
「あまり実用的ではありませんね。あれはハモニエさんだからこそ心に直接届けることができた。それも魔方陣の補助があってのこと。本来、子守唄以上の効果はないと考えた方がいいでしょう」
ダインがわたしに代わって注釈を入れる。
「……歌は歌だから、そこに打算がないからこそいいんだと思いますよ」
「そうデスね。戦争の道具になったら、あまり楽しくないかもしれマセん」
ダインの優しい言葉に、ケッテも感慨深く頷いた。
「わたしとしては、やっぱり魔王国式の魔法の方が簡単でいいです」
ベルタもエルフ式の詠唱については勉強していたが、肌に合わず断念していた。
ベルタは……ありていに言えば音痴だった。
個人のセンスが問われる歌唱は人によっては地獄となる。
「『属性+イメージ+効果に関係する伝承上の竜の名前』を順番に詠唱するだけですからね」
「イメージって面白いデスよね。人によってバラバラで」
炎で太陽をイメージする人なら“サン”。ストーブをイメージするなら“ウッド”などの薪となるものを詠唱することもある。
「……まあ、うちの姉なんて回復魔法の詠唱に“ベルタ”って入れてますからね」
ベルタがわたしの方は向かずに、ぼそりと恨み言を呟いた。
わたしの胸がチクリと痛む。
「わあ。それは恥ずかしいデスね……」
「はい、キモいです。同級生からもからかわれるし、死んでほしいです」
「ベルタよ。肉親に対してそんな言葉を使うもんじゃないぞ」
わたしは泣きそうになりながら、ジャグナロとしてブレーキを踏ませようとした。
姉がジャグナロの“生贄”になったという設定を忘れたわけじゃないだろうが、このペースで罵倒されると流石のわたしも傷つく。
「フィルデは素晴らしい姉だ。魔王国の礎となった彼女を侮辱しないでくれ……」
「……まあ、言い過ぎましたね」
ベルタはそんなことを言いつつ、わたしの方をちらりと見た。
「こんなことを言いましたけど、お姉ちゃんのことは大好きなので……」
チョロいわたしは、そんなとってつけたような言葉だけでベルタが癒しの象徴であることを再確認してしまった。




