第29話 葬儀のあとで
プラタナスの船を離れたわたしたちは、急いで『霧岬』の各所を回った。
当然、ベルタの『蘇生術』が引っ張りだこになり、死に立ての片っ端から戦死者を蘇生させることになった。
日が上がるころには、ベルタにしては珍しく魔力切れの症状が見えた。
「こんな空っぽになるのなんて、子どものとき以来です……」
「御苦労様。今日はたっぷり休もう」
わたしは「今も子どもだろ」という言葉はグッと飲み込んで、ジャグナロとして労いの言葉を言った。
実際、今日のベルタは他の誰よりも働いていた。
最終的な戦死者は6名だった。
この規模の襲撃であることを考えれば、奇跡的な数字だが、それでも0ではない。
その晩、わたしたちは葬儀を執り行い、死者を弔うことにした。
それと一緒に、ティリスやサフラン――船に眠っていたエルフたちの葬儀も行った。
「……コエンドロさん。一途なでカッコいい方でしたね」
シクロンはコエンドロとサフランの別れの場面に居合わせてから、彼を見る目が変わっていた。
「サフランさんも素敵な女性でシタ。きっと、コエンドロさんに会えて幸せだったと思いマス」
ケッテも泣きはらした目をこすり頷いた。
「ケッテ、シクロン。お前たちも今回はよく頑張ってくれた。明日の出発まで、ゆっくり休んでくれ……」
「明日か……」「明日デスか……」
自然と2人の声が被る。
わたしはそちらを向くと、2人が顔を赤くしてお互いに目を背ける。
(えっ……そんな風になる流れあった?)
わたしは何故か裏切られた気分になりながら、2人から離れた。
こっちはジャグナロのようなオッサンになって身を削っているのに、不平等な話だ……。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
わたしは自分のコテージに戻る前に、ダインと共にベルタに用意された部屋へと向かうことにした。
「入っていいですよー」
ノックをすると、ベルタの愛らしい声が返ってくる。
部屋に入ると湿った銀髪をまとめて、ソファにふんぞり返っているベルタがいた。
「ああ、ダイン様もいたんですか? これは失敬」
ベルタは足を揃えて座り、両手を膝の上に置いた。
「いいえ。お休みのところ申し訳ありません」
「ベルタ。今回の件で分かっただろう。オレの側近は過酷だ。大人しく故郷の村へと……」
わたしは前置きになしに本題に移ったが、ベルタは即座に首を横に振る。
「嫌です。今回の件で皆様こそ理解したはずです。わたしがいるのといないのとでは、戦力が桁違いになるということが……」
わたしはそんなことは理解したうえで言っているのだが、ベルタには伝わらなかったようだ。
こんなとき、ハモニエのように『伝心術』が使えたら、どれだけ心配しているか分かってもらえるのだろうか……。
ダインは口を挟めずにわたしたちの様子を見ている。
無理もない。
ダインからすれば、秘密を漏らす危険のない仲間(それも戦力として申し分ない)が増えるのは歓迎だろうが、巻き込んだ張本人のためそれを頼める立場でもない。
「……オレはベルタの気持ちが分かる」
そのとき、黒い霧が晴れ、浅黒い肌の鬼の少年――エルドが姿を現した。
「オレは魔王国に行く母をただ見送ることしかできなかった。ついていくだけの実力があったなら……そう思ったのは1度や2度じゃない。ただ傍にいられるだけでも、不安は消えるものだと思う……」
「エルドさん……」
エルドがジャグナロに向けて頭を下げるのを見て、ベルタもソファから立って頭を下げた。
「おね――ジャグナロさま。お願いします。足手纏いになるようならいつでも切り捨ててもらって構いません。わたしにも荷物の1部でいいから、背負わせてほしいんです」
わたしはそれを聞いて、ベルタがどんな思いで城に来たのかを、今更ながら理解した。
「……ああ。分かったよ。間違っていたのはオレの方だ」
わたしはジャグナロとしてではなく、フィルデとしてそう言った。
「1人で背負うようなことはもうしない。みんなの力を貸してくれ」
ベルタはそれを聞くと顔を上げ、その涙の浮かんだ目でこちらを見つめた。
「うん……」
「ジャグナロさま、エルド、ベルタ……。私から今一度お礼を言わせてください」
静観していたダインが口を開く。
「今回の戦い――プラタナスの顛末を見て、私にも思うところがありました」
復讐に囚われ、死者を操り軍団を作った男の最期……。
あの男の言葉や行動が、ダインの心をどれだけ突き刺したのかは想像に難くない。
「心の内にある憎しみの炎が消えることはありません。……ですが、今は復讐のためだけでなく、この国に残された人のため力を尽くしたいと本気で思っています」
そう言うダインの顔は、疲れが滲みながらもどこか穏やかだった。
「そのために、もう少しの間だけ……力を貸していただきたい」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
翌日、わたしたちはハモニエの邸宅に寄り、別れの挨拶を済ませることにした。
例によって秘密を聞かれないため、人払いを行い、わたしたちとで客間で向かい合う。
ベルタはまだ疲れているので、コテージで休んでおり、同行していない。
「おつかれさまー。まあ、ゆっくりしていきなよー」
ハモニエは初対面のときよりもよほど気が抜けていた。
自らの美しいブロンドを手でいじりながら、ソファにもたれかかっている。
事件が解決ことと、この一件でわたしたちとの信頼関係を築けたことも関係しているだろう。
「そうもいかない。オレたちの計画はいつ何がきっかけで頓挫するかも分からないからな……」
「……そうねー。あたしにできることがあったら言ってね。今度は1回くらい無償で手伝うからさー」
「でしたら、早速いいですか?」
ハモニエの言葉を待っていたかのように、ダインがすかさずそんなことを言う。
ハモニエは露骨に面倒くさそうな顔をする。
嫌な予感――ではなく、心を読んだ結果、本当に嫌な内容だったのだろう。
「いやだよー。あたし、あの娘苦手なんだよねー」
「ですが、彼女の協力なしにはこの計画は達成できません。『屍渓谷』のナティカ・グロウレンが知っているとされる“竜殺し”の方法…それを知らないことには、ジャグナロほどの強力な存在は滅ぼせません」
(竜の殺し方……)
わたしは『大迷宮』の地竜アバンダのことを思い出した。
そういえば、“竜”を殺し魔力源に変換する殺し方が存在するというのを聞いたことがあった。
しかし、ナティカは“竜人”で『屍渓谷』に住む竜の主だ、その者に“竜殺し”の手段を聞くとは……。
「……わかるよー。何も表立って聞けっていいたいんじゃないんでしょ。わたしの『読心術』で盗み聞けって言いたいんでしょ?」
(なるほど……)
本来、自分を殺す方法なんて無暗に教えるわけがない。
ならば、『読心術』でその方法を直接読み取る、もしくはその方法が記されている書物などの場所だけでも聞き出せればいいというわけだ。
「危険すぎるな。もしも、勘付かれたらその場で処刑されても文句は言えない」
わたしはそのリスクを想像して口元を手で覆う。
「ええ。無論、私も協力します。作戦が決まり次第連絡させていただきます……」
ダインの意志は固かった。
「わかった。でも、とりあえずは話を聞くだけだからねー」
ハモニエは諦めたようにため息をついた。
「……ところで、以前から頼んでいた“魔方陣”の解析の件を聞いてもよろしいですか?」
そういえば、ダインはあの『手記』の解読とは別に用事があると言っていた。
魔方陣といえば、ジャグナロが首都を壊滅させた際に使った、あの魔方陣のことだろうか?
たしかに、ジャグナロをいざ殺すときに、即座に“竜殺し”で抹殺できればいいが……仮に戦闘になった場合、それほどの威力をもつ魔法の正体を知らないのは危険すぎる。
「あー、それなんだけど使ってみて分かったよ」
「ん?」
「だから、プラタナスの船で使ったの。魔方陣の解析は側近のアゼカの専門でねー。あたしも協力してたんだけど、まだ実践はしてなくてね……」
「プラタナスの船……あのときか……」
わたしはハモニエが気絶したフリをして書いていた魔方陣のことを思い出した。
「効果は魔法の効果の拡張……それで間違いないはずだよ。あたしの家にあるのより、よっぽど効率的だったから、今後はこれを使うことにするよー」
「効果の拡張ですか」
それを聞いたダインは口元に手を当てて考えた。
「つまり、ジャグナロの使った魔法の正体は不明のままですか……」
「この“魔方陣”は二重構造になってて、おそらく内側の円に魔法の効果が描かれていたはずなんだけど……結局、そっちは損傷が激しくて分からなかった。ごめんねー」
そのとき、部屋のドアがノックされた。
「だーれ?」
「アゼカです。コエンドロさまがやってきました」
ハモニエはわたしたちに確認してから、コエンドロを部屋の中に通した。
「取込み中すまんの。早速、分かったことがあったんでな……」
コエンドロは今朝、例の暗号で書かれた『手記』を受け取りに来てくれたばかりだったのだが、とんでもない仕事の速さだ。
「あまり期待するなよ。ただ、本の表題で著者は分かったから、それだけでも伝えておこうと思ってな……」
コエンドロアはわたしたちの方を確認するように見た。
それから、その視線がハモニエに聞かれていいことなのかの確認だと気付いた。
「……構わない。彼女もこの件に無関係ではなくなった」
「全文を正確に解読するにはあと半月ほど時間をくれ。だが、ざっと読んだだけでも、これが公表すべきでないことはワシにも理解できた」
コエンドロはそんな前置きをしたうえで、重い荷物を下ろすように言った。
「――著者の名前は“レンカ・アドラステイアー”……先代勇者じゃよ」
幕間を挟んで3章は終わりとなります。
4章で一気に話が動く予定なので、是非続きも読んでくださると嬉しいです。




