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第27話 この歌は君のために

 聴覚を封じられた沈黙の世界で、第2ラウンドが始まった。


 視界の端で『洗脳術』から逃れるため、即座にダインが『転移術』で姿を消す。

 ケッテとシクロンは“洗脳”され、敵として襲い掛かってくる。

 ハモニエとコエンドロはその場に気絶する。プラタナスなりの配慮かもしれない……。


 敵兵は一度武装解除していたため、わたしたちに対して遅れをとっていた。

 ダインとエルドはヒット&アウェイで、『洗脳術』にかからないよう『転移術』と『潜伏術』“黒霧”を駆使しながら、敵を薙ぎ払っていく。

 わたしは一直線にプラタナスの方へと向かった。

 当然、その前にはベルタが立ち塞がる。

 今度は『氷結術』によって作り出した、氷塊を周囲に配置しており隙が無い。


(まずいな……ベルタを倒さないことには、プラタナスにはたどり着けない。たどり着いたところで、奴を殺す方法はないんだが……)


 ベルタは『狂戦士』の呼び名の通り、氷塊を飛ばしながらも接近してくる。

 華奢な体だが、近接で放たれる高威力の魔法は脅威だ。

 わたしは懸命に氷塊を躱しながら、どうしてもベルタを殴ることができなかった。

 ジャグナロの皮膚でさえ、削られるような氷の刃。

 わたしは切り傷を負ってすぐに、『変身術』によって傷を消すことで何とか粘った。


「――――!!」


 ベルタは何かを詠唱、直後、自らの体を顧みない至近距離での『爆破術』が発動する。


「ぐああああああああっ」


 そのダメージは流石に大きく、その熱と衝撃が体に重く響いた。


(まずい。聴覚を封じたせいで詠唱での先読みもできない。いや、それ以上に……)


 ベルタも重傷を負っていたが、即座に立ち上がり、自らの体を『蘇生術』によって修復する。

 死後の行動を補償する『洗脳術』と、肉体を無制限に回復する『蘇生術』。

 なるほど。プラタナスが復讐の達成に前向きになるのも頷ける。

 正面から突破できる敵ではない。


(それにしても、この戦い方……)


 わたしは戦いながら1つのことに気付いた。

 それは戦い方、魔法の選択、それらのすべてが従来のベルタの特徴をそのまま反映していることだ。

 思えば他の『洗脳』されたものたちも、各々の得物を使っている。


(『洗脳術』はあくまで“目的”を設定しているだけ。“手段”や癖が消えるわけじゃない……)


 わたしは一か八かの手段に出ることにした。

 手の形を変形し――()()()()()()を作り出す。

 それを見た瞬間、ベルタは目を見開いた。


「――――――!!」


 聞こえないが、恐らく絶叫しているのだろう。

 ベルタは杖を投げ捨てて、頭を抱えて船の隅へと逃亡する。


(ごめんな、ベルタ。でも、カエル嫌いのままで……よかった)


 わたしはこの隙に、プラタナスに向かい合った。

 彼の苦し紛れに放つ雷を、ジャグナロの体は拳を振るだけで薙ぎ払う。


「もう諦めろ。お前はすでに1回、わたしに負けているんだ」


 こいつが死してなお、自分に術をかけ続けることができるというなら手段は一つしかない。

 すでにそこら中が傷だらけの、よく見るとつぎはぎだらけの体を……。


(安らかに眠ってくれ……)


 わたしの振り上げた拳に対して、プラタナスは諦めたように笑った。

 その笑顔はこれまでの狂気とは裏腹にとても穏やかだった。

 そして――。



              ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 わたしはプラタナスの遺体を燃やして、灰を海へと撒いた。

 耳栓を外してもなお、まだ狂騒は続いていた。


 ダインとエルドのおかげで敵はほぼ殲滅しているが、敵は少しでも体の動く限り攻撃の意志が消えない。

 わたしは急いでベルタの元に行くと、『洗脳術』を上書きして正気に戻した。


「うわっ! おね――じゃない、ジャグナロさま!」


(この見た目を姉と認識される方がつらいぞ……)


「ベルタ。死体はどうしようもないが、わたしたちが殺した敵兵たちを間に合ううちに蘇生してやってくれないか。敵のボスはもう殺したから……」 


「は、はい!」


「ジャグナロさま! 援軍が陸からきてます」


 そのとき、マストの上に立ったダインが叫んだ。

 わたしが陸地の方を見ると、尋常じゃない数の洗脳された魚人たちや鳥人たちがやってきた。

 海には先程まではいなかった人魚の姿まである。

 敵の数は200を越えていた。


「あいつ……すでに全兵力を集結させていたのか」


 思えば、目的が“運命の巫女”――ベルタだったのなら、もう『霧岬』を襲う理由はない。

 主がいない以上、こいつらを止める術はない。

 いくらわたしやベルタ、ダインやエルドの力があっても、こいつらの体を気遣いながら殲滅させる術はないだろう。


「ジャグナロちゃん。ここはあたしに任せて……」


 そのとき、気絶していたはずのハモニエが立ち上がった。

 見ると、彼女の体の下にはうっすらと魔方陣が描かれている。


「気絶したフリをして魔方陣を描いていたの……」


「『洗脳術』は平気だったのか?」


「まあねー。『変身術』は無理だけど、あたし『固有魔法(ユニークスペル)』的に心に直接作用してくる魔法への耐性は強いのよ」


 『火炎術』の使い手が炎に強いようなものか、とわたしは納得した。


「あらかじめ、『防護術』も張ってたのもあるけどねー。じゃあ、始めるね……」


 ハモニエはそういうなり、静かに歌を口ずさみ始めた。

 すると、足元の魔方陣が薄く白い輝きを帯びる。

 それはどこかで聞いたことのあるメロディ……。


「“子守歌”だ」


 わたしは遠い日の記憶を揺さぶられて鳥肌が立った。

 銀色の髪の母親の、優しい歌声が……頭の中で蘇るようだった。


(言語は違うが、これはエルフ由来の歌だったのか……)


 そのとき、周囲に集まっていた敵兵たちが次々とその場に倒れ始めた。

 すべての『洗脳術』が歌声によって上書きされていく。

 『霧岬』の戦いが終わりを迎える。


「おやすみなさい。ティリス……」


 ハモニエは祈るように両手を合わせると、歌の最後にそう呟いた。

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