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第2話 6年前のその日

――6年前のあの日を、私は今でも鮮明に思い出すことができます。


 その戦闘は、突然起こったものでした。

 城下町に潜入していた勇者アロウ一行との戦いが始まったとの知らせが、城内で事務作業に没頭していた私の元に届きました。


 私は得意の『転移術』を使い、魔王の元へと直行しました。

 そこには傷だらけの魔王ジャグナロが立っていました。


「ジャグナロさま……」


 竜人族特有の黒い鱗のような皮膚には傷が入り、4本ある角の1本が折られていました。

 同様にアロウ一行も戦いにより消耗していました。

 どうやら、アロウ以外のメンバーはすでに瀕死の重傷を負っていました。


 彼らの足元には魔王軍の死屍累々が転がっております。


「ジャグナロ……もうやめろ!」


 アロウは背を向けるジャグナロに向けて、斬り掛かりました。

 私は咄嗟に死体から盾を取り、『転移術』でその間に割り込みました。


「ジャグナロさま! 大丈夫ですか!?」


 魔法で最大強化した盾は、アロウの強力な一撃をかろうじて耐えました。


「くっ……幹部のダインか!?」


 こちら同様に、アロウも幹部の顔と能力くらいは知っているようでした。


「貴様ら!! その行動を死んで詫びろ!!」


 私は後先考えずに、最大火力の魔法をアロウ一行に放ちました。

 それには流石のアロウも一旦距離を取り、防御に回るしかありません。


「……ダイン、来たのか」


 ジャグナロはその時初めて、私がそこにいることに気付いたようでした。

 その目は焦点があっておらず、何故かふっと笑みを浮かべました。

 冷たい何かが背筋を撫でました。


「ジャグナロさま、御無事ですか?」


 ジャグナロはそれには応えず、私の肩を押しのけて前に出ます。


「アロウ、止めるのは貴様らだ。よくも魔王国民を殺してくれたな……」


 私の最大火力の攻撃にも、アロウは耐えていました。

 しかし消耗は明らかで、敵地のど真ん中とあっては絶望的な状況と言えたでしょう。


「ジャグナロ、頼むからやめるんだ……」


 アロウは懸命に何かを問いかけました。


「なにを言う。“お前らが全員を殺す”のだ……」


 ジャグナロの足元が光りました。

 死体に隠れていて気づきませんでしたが、その足元には見たことの無い魔法陣が描かれていました。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 アロウの絶叫。

 白い光が世界を包み込みました。


 目を開けると、世界が姿を変えていました。


 私は自分が無意識に『転移術』を使ったのかと、一瞬勘違いしました。

 そうでないことは建物の残骸と、対峙する二つの人影で理解しました。

 先程まであった遺体は消えて、周囲は異様なほど静かで、生き物の気配が消えていました。


「ジャグナロ、貴様……」


「驚いたぞ、勇者アロウ。この周辺の全ての生命がオレの術の対象だったのに……」


「どういうことですか、ジャグナロさま……」


 そのときの私には、理解が及びませんでした。

 ただ、私一人だけが、勇者アロウに命を救われたという現実が……。


「…………」


 ジャグナロはアロウの背後にいる私の姿を見て、苦々しい表情をしました。


「アロウ、貴様が余計なことをしたせいで、ダインが取り残されてしまったではないか」


 私にはジャグナロの言葉が理解できません。

 ジャグナロの傷は癒えており、狂気に満ちた優しい目でこちらを見ました。


「ダイン、この首都スノウィ・ヒルの人間――いや、魔王国の人間は全員“生贄”に過ぎなかったのだよ」


「は……っ……は?」


「想像以上だ。首都だけで帝国を潰すだけの力は手に入った。大陸の外にも通用するだろう。この世界を統べるだけの力が……」


 ジャグナロの体からはこれまでとは比べ物にならない魔力が溢れ出ていました。

 人知を超えた勇者アロウの魔力でさえも、その前では赤子のように思えました。



「――“名誉ある生贄”のおかげで」



「いいや、それは無理だ」


 アロウは涙を流しながら、ジャグナロを睨みつけました。


「なっ……」


 その時、ジャグナロの体が急に鉱物のように固まり始めました。


「それは、強大な力を鎮めるために“己”を封印するための術。どんな即死呪文よりも強い代わりに、対象が“自分”に限られる帝国の秘技だ」


 アロウの手には白い杖の残骸が握られていました。


「なぜ、“その術”を……ああっ……」


 ジャグナロは顔を抑え、その体はやがて固まっていきました。


「お前は僕の仲間の一人、ヘイゲンをその術の効果ごと取り込んだ。君の計画を奇襲で阻止できなかった保険として、僕たちの用意していたプランBだ」


 ジャグナロは完全に強大な鉱物に変化し、動かなくなりました。

 こうして、魔王が封印されたのです。


 私はその時何が起こったのか、正確に理解していた訳ではありません。

 そのときはただ、途方もない絶望だけが視界を黒く染めていました。


「どうして、私を救った……?」


 私は掠れた声でアロウに問いかけました。


「他に間に合う相手がいなかったからだ。仲間はヘイゲン以外、もう死んでいたから……」


「なら殺せ。今ので妻も子供も死んだ」


「断る。僕ももう死ぬからな」


 私はそのときになってようやく、アロウの右腕ないことに気が付きました。

 アロウは残された左腕で私の袖を掴み、強引に立たせました。


「ダイン……君のすることは自分で考えろ……!!」


 その声はすでに弱々しく、執念だけで意識を繋いでいるようでした。


「ジャグナロは一時的に封印されただけだ。時間を掛けて必ず復活する。そういう術なんだ」


 涙で濡れた目がこちらを見据えました、

 その執念は、私の暗闇に沈みかけた心に熱を灯しました。


「そのとき、ジャグナロを殺し魔王国を救えるのは……世界を救えるのは……君しかないんだぞ……!!」


 アロウは息絶えました。

 それが、6年前、アロウ一行とジャグナロの戦いで起きた全てです。


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