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第26話 狂気の復讐者

 狂騒に満ちた『霧岬』の海岸に、一瞬だけ静寂戻った気がした。

 耳栓をつけたわたしにはずっと無音なのだが……。


(今の一撃で勝負が決まったら……苦労はしないか)


 案の定、プラタナスは巨大な怪鳥の足に捕まり、船へ戻ってきている。


「――……――……!!」


 プラタナスは何かを叫んでいるが、耳栓をしているので相変わらず聞こえない。

 ふと周囲を見ると、屍人たちがボロボロの白い布を振っている。


(白旗ってことか? ふざけるな。まずは『洗脳』を解除するのが先だろう……)


 そう思った矢先、臨戦態勢のベルタが杖を落としてその座り込む。

 さらに周囲の『洗脳』された鳥人や魚人たちも次々と武装解除を始めた。

 背後から誰かがわたしの背中をツンツンとつついた。

 振り返ると、そこには驚いたことにハモニエがいた。


「……ハモニエ? 倒れていたんじゃなかったのか?」


 ハモニエは首を振り、耳栓を外すようにジェスチャーする。

 わたしは仕方なく耳栓を外す。


「念のため、エルドちゃんには“黒霧”で待機してもらってるわ。あの状態なら、まず『洗脳』にはかからないはず……」


 ハモニエは小声で言う。


「分かった。しかし、こんな危険人物を放置するわけには……」


「あたしだって、信頼してるわけじゃないわー。でも、陸地で戦ってる子たちが少しはマシになるよう、交渉した方がいいでしょー」


 そう話しているうちに、プラタナスが船の甲板に戻る。


「アビヨナ! アビヨナじゃないか~!」


 プラタナスは旧知の人物との再会でテンションを上げる。

 その顔は『ジャグナロハンマー』のせいで酷い状態だったが、本人は参った様子もない。

 プラタナスはさらにわたしたちの背後にいる人物を見て、さらに狂喜の声を上げる。


「……それにあんたは、たしか……コエンドロ。そうだ。コエンドロ爺さんじゃないか!?」


 わたしが振り返ると、すでにコエンドロやダイン、シクロンが乗船している。

 コエンドロはプラタナスを見て複雑そうな顔をしている。


「ワシは……サフランに会いに来ただけじゃ……」


「そうか! 同胞たちなら防腐処理をして棺に入れてある。安心しろ! オレサマの花嫁の力にかかればすぐにでも目を醒ますさ!」


 コエンドロはプラタナスの言葉を聞いて、見たこともないような悲しそうな顔をした。

 『蘇生術』によって魂の再生は行えない。

 あくまで死亡直後の数分以内、魂が消滅するまでの時間制限付きの奇跡だ。

 コエンドロもそれを知っていたのだろう。


「あいつらを大事に扱った甲斐があった。アビヨナ、君の妹……ティリスもいるぞ!」


「プラタナスちゃん。ちょっと、落ち着いてくれない」


 ハモニエは静かに諭すように言う。

 しかし、プラタナスはそんなことでは止まらない。


「落ち着けるもんか! みんなで東の大陸に行って復讐に行こうじゃないか! 今のオレサマならそれができる!」


 プラタナスは興奮しきっていた。

 その興奮に呼応するようにして、周囲の屍兵たちまで小躍りを始める。

 無意識の『洗脳術』というやつだろうか……。


「……プラタナス。あたしたちは、今さら復讐をしようなんて気はないよ」


 ハモニエが冷めきった声で言う。

 プラタナスは絶句した。

 心底信じられないという表情だった。


「……どうしてだ? あんな仕打ちを受けて、どうしてそんなことが言える」


「あたしたちはあなたたちの船が着くのをこの大陸で待ってた。その間に、家族ができた人もいるし、ここで会った新たな仲間もいる」


 ハモニエ……かつてアビヨナという名前だったエルフは、新たな地で生きる決意をすでに済ませていた。


「また失うための戦いを、あたしたちにやれっていうの?」


「……フハハハハハ」


 しかし、ハモニエの声はプラタナスには届かなかった。


「お前たちは、オレサマたちの船で何があったか知ってるか?」


 プラタナスの顔から笑顔が消える。


「知っていたらそんな顔はできないだろう。船は遭難し、口減らしのために同行した看守たちは乗客の処刑を始め……船は戦場となった」


「…………」


 ハモニエやコエンドロは目を閉じ、黙ってプラタナスの話を聞く。


「多くが死に生き残った者も……やがて、飢えによって死んだ。オレサマの肉体もすでに死んでいる」


 あまりにも残酷な運命に船に重い沈黙が降りる。

 この状況で復讐をやめろなんて、ダインの復讐に加担しているわたしが言えるはずもない。


「オレサマは“運命の寵児”ゆえ、魂は消滅せず、『洗脳術』により肉体と脳を腐らせないよう維持しながら強引に動かして生きている」


(とんでもない男だ……そんな事例聞いたことないぞ? なんて執念だ……)


「だが、徐々にボロが出始めていた。そこの“運命の巫女”の力は凄かったぞ、オレサマの体が多少修復された。2人揃えば不老不死、この世を統べることも夢じゃない」


「たしかに、あなたもその子もすごいわー……それにあなたの気持ちも分かる……」


 ハモニエは懸命に言葉を絞り出していた。

 彼女自身、揺れている。


「なあ、アビヨナ。あいつらはオレサマを、国の安定のために排除した。必要な犠牲……生贄だといってな」


 プラタナスの信念は揺るがない。

 理不尽と仲間の死、そして彼に宿る莫大な力が彼を狂気の復讐者に変貌させた。


「ならば、これからはオレサマが王となる。奴らがのたまった世界のためという言葉を、今度はオレサマが押し付ける。奴らにはそれを理不尽だという権利はない……そう思わないか?」


 プラタナスがもともと他人を思いやる人間でないことは分かっている。

 そんな彼にでも同胞を思う気持ちはあり、そのために国の要求を呑み、最後にはその思いさえ踏みにじられた。

 だから、プラタナスには国に対して報復する大義も正義もあるのかもしれない。


「それでも、オレはお前の行動を認めるわけにはいかない」


 わたしはジャグナロを演じながらも、フィルデ・フェルスターとしてそう言った。


「お前の復讐にベルタを……他の誰も、巻き込ませるわけにはいかない」


「魔王……貴様も所詮は、他者に犠牲を押し付ける側だろう。貴様になにが分かる?」


「オレが分かるのは、お前の復讐がオレの国の人間を殺し、関係ないベルタたちに犠牲を押し付けるということだ」


「……そうか。ならば、貴様は――」


 わたしは『変身術』を使い、体の構造を変えて、耳を聞こえなくした。

 それにより、恐らく自害を命じたプラタナスの言葉は完全にシャットアウトされた。

 思えば耳栓など、わたしには必要なかった。


「プラタナス。お前の『洗脳術』はオレには通じない」


 わたしは耳が聞こえない状態で宣言する。


「お前の野望は、ここで魔王ジャグナロが打ち砕く」

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