第22話 『霧岬』防衛戦
わたしはその晩、ハモニエが気を使って作ってくれていた簡易的な結界が張られた部屋で、元の姿になりゆっくりと寛いでいた。
秘密を知ってるやつが順調に増えてきてる気もするが、今更気にしても仕方ない。
「そろそろ寝るかー……」
ベルタと久しぶりに同衾したかったが、全力で拒絶されている。虫を見るような目で……。
「……お姉ちゃん寂しいよ。昔はあんなに懐いてたのに」
――ゴンゴン。
そのとき、部屋のドアが強くノックされた。
「どうした、ベルタ! 1人じゃ寂しくて眠れないなら、お姉ちゃんとーー」
「私です! ジャグナロさまに報告!」
声帯すら変えてないわたしにダインが半ギレで言った。
「ハモニエより、敵襲の報告あり!」
「なんだって?」
わたしはジャグナロの声帯に変えて答える。
(まったく、夜くらい休ませてももらえないのか)
わたしはジャグナロに姿を変えながらも、この敵襲が滞在中の偶然とも思えなかった。
「ダイン。詳しく話を聞こう」
わたしはベルタとも合流しながら、ハモニエから発せられたメッセージの内容を聞いた。
「おそらく、『読心術』を応用した伝達方法でしょう」
「魔王として迎撃の先陣を切りたいところだ。ただ、このタイミングの襲撃……」
「はい。ジャグナロさま狙いという可能性は捨てきれません。くれぐれもご注意を……」
警護団のケッテがすでに馬車と御者を待機させていた。
「とにかく、『霧岬』の警備兵たちとも合流するぞ」
「ハモニエさまの邸宅に向いマス! あそこが事実上の庁舎の役割を果たしているようなのデ!」
馬車を全速力で走らせて、ハモニエの邸宅に着くとわたしたちは集まっている警備や役人から話を聞くことにした。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「魔王さま! ちょうど今、対策会議を始めたところです」
シクロンがジャグナロの姿を見るなり声を上げた。
「……ハモニエはどうした?」
「現在、『千里眼』と伝達に魔力を使いすぎたため休んでいます。作戦は側近であるアゼカが指揮を執っています」
見るとアゼカと呼ばれた小柄なエルフ(おそらく女性)が、中央に立っている。
ジャグナロが到着したため、会議を中断しているようだ。
「続けてくれ。オレはここの地理に疎い」
アゼカはそれを聞いて頷いた。
「はい。では、説明を続けさせていただきます」
敵は海岸より襲撃。斥候によると数は200前後。
主な構成はこの付近を根城とする魚人や鳥人、エルフらしき影も見えたとのことだ。
幸い、ハモニエの知らせがあったおかげで、海岸付近に家を持つすべての住民の多くが避難している。
「しかし、敵はすでに『霧岬』の領内に大量に侵入しており、いつどこから襲ってくるかは分かりません。皆さんには大規模なグループを作り領内の巡回をしてもらいます」
アゼカは事前に決めている緊急時の部隊編成をさらに大規模にするため、『霧岬』の警備と兵士80余名を3つの部隊に分けた。
(もともと『霧岬』は帝国からも遠く、海路から攻められることもほとんどないから圧倒的に兵士が少ない。耐えられるのか?)
わたしも積極的に動きたいが、敵の正体と目的が分からないのが痛い。
「各部隊は住民達を避難先である三つの施設への誘導するようお願いします。敵は見つけ次第、可能な限り排除してください」
警備員や兵士たちの表情には不安の色が濃い。
アゼカはその様子を見て、躊躇いながらも情報を追加する。
「それと……これは聞き間違いかもしれないのですが、ハモニエさまが気を失いながらも『洗脳術』と言何度も呟いていました。あるいは、大規模な軍勢は『洗脳』によって準備されたのかもしれません」
「…………そうか」
わたしはそれを聞いてやるべきことが分かった。
『洗脳術』の情報が真実だと仮定するなら、大抵の場合、術者は後方にいるものだ。
「アゼカよ。それに『霧岬』の民たちよ。オレはこれから、海岸にいるであろう大元を潰しに行く。もしも、そこにいなければすぐに戻る」
警備兵や兵士たちから歓声が上がる。
「『洗脳術』の解き方は気絶させるか命を奪うか、術を上書きすることだ。皆はオレが大元を潰すまで、市民たちを守ってくれ。ダイン、ベルタ、ケッテ……それにシクロン。行く準備ができたら出発だ」
「はい!」
「オレもっすか?」
いい返事のベルタとケッテに対して、シクロンは指名に驚きが隠せない。
「ああ、土地勘のある人間が1人は欲しい。頼んだ」
アゼカが警備兵や兵士たちへの指示を再開する中、わたしたちは海岸へと向かい始めた。
「あの……1つだけいいっすか?」
シクロンが移動を始めるなり遠慮がちに声を掛ける。
「どうした?」
「気のせいじゃなければ、コエンドロさまが避難してません。立地的に1番近い避難所はここなのに……」
「…………」
「私が様子を見てきましょう」
ダインは言うが早いか『転移術』でこの場から離脱した。
こういうとき、滅茶苦茶便利な奴だ。
「ジャグナロさま……」
続いて、ベルタが不安そうに声を漏らした。
「どうした? もしも体調が悪いならそう言え、今すぐ温かくして――」
「違います! たぶん、敵の本体は海岸にいます」
「分かるんデスか?」
「はい。強い魔力を向こうの方から感じます」
ベルタのこの手の直感は外れた試しがない。
おそらく、海岸の先にはベルタと同等レベルの魔力を持つ者がいるのだろう。
「それが本当なら、今回の敵はなかなかに厄介だ」
わたしたちは霧の深い海岸への道を、魔法で創り出した小さな灯で照らしながら駆け足で進み始めた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
海岸に向かうにつれ、民家と農園の数は減り、道は平坦だが霧はますます深くなり視界は悪い。
「どこから、敵が出るか分かったもんじゃありマセんね」
ケッテの顔は強ばっている。
シクロンも明らかにこれまでより口数が少なかった。
(素直にベルタだけ連れてくればよかったな。わたしたち2人だけなら、大抵の敵はどうとでもなる)
「そんなに緊張するな。報告通りなら、この辺りには――」
曲がり角の先に魚人がいて、ばっちりと顔があった。
「「うわあああああああ」」
ケッテとシクロンが悲鳴を上げ、直後にわたしは動いた。
ジャグナロの拳で敵を殴り飛ばす。
敵は勢いよく近くの木に叩きつけられる。
「たった一人のようだな」
わたしが安心するのも束の間、その魚人は負傷したからで起き上がり再び襲い掛かってくる。
殴られた拍子に落としたため、手元には武器である杜すらない。
「こいつ……死体じゃないか……」
わたしは敵と押さえつけながら、その腐臭と鱗の状態を見て呟いた。
死人に意志を持たせるなんてただの『洗脳術』を超えている。そもそも、本来なら気絶させてしまえば『洗脳術』は解ける。
「こうなると、ただ気絶させるだけでは駄目だ」
わたしは死体の頭に手を触れて詠唱する。
「ヴィス・ストリング・メリュジーヌ。“大人しくしていろ”」
『洗脳術』の上書きにより、死体はようやく攻撃を止めてその場に倒れる。
「すごいデス! 流石、魔王さま!」
「力もあって、魔法に長けてるなんて憧れるっす!」
わたしは二人の賞賛を受けても素直に喜ぶ気分には慣れなかった。
「ベルタ、こいつは?」
「無理ですね。もう死んでからだいぶ時間が経っています」
わたしは念のため、その魚人の死体を炎の魔法で燃やして捨てた。
こうなったら、流石に『洗脳術』も意味を成さない。
逆に言えば、最悪の場合、こうしなければ敵は止まらない。
「急ごう。この敵は想像以上に恐ろしい相手だ」
仮に生者が『洗脳』されていたとしても、そいつらはおそらく四肢をもがれるまで動き続ける。
もしも、敵が遠隔で『洗脳術』をかけれるとしたら……。
この『霧岬』は1日にして壊滅しかねないだろう。
大幅加筆修正のため再投稿しました。




