第21話 不死の襲来
海岸沿いの雑木林にある罠のいくつかが作動したと聞いて、『霧岬』の警備兵が数人様子を見に行った。
「ったく、こんな時間に何なんだよ……」
「文句言ってないでさっさと確認すませようぜ」
周囲に魔法で明かりを灯しながら、鼻にピアスを空けたエルフの青年と大柄のオーガの2人が雑木林を進む。
今のところ敵の姿はない。
――ガサッ。
物音が聞こえたので、2人は念のため声を殺して忍び寄る。
『暗視術』を使い音を殺して近付く。
そこにあったのは――魚人の死体だった。
まだ死んで日が浅いのか腐臭はひどくないが、体に走る傷跡は痛々しかった。
一応、魔力の反射で心音を確認したが聞こえない。
「助けを求めて、こんなところまできたのか……」
エルフの青年がオーガの男に周囲を警戒するように合図して近づく。
埋葬してやるか考えていると、ふとその体が動いた。
「え?」
「逃げろ!」
オーガの男が叫ぶと同時に、エルフの青年の体を抱えて走り出した。
「なんだなんだなんだ?」
「森の奥から支線を感じた。10や20じゃない数だ」
オーガの男の言葉を聞いて、エルフの青年の肌が粟立った。
「おい。助かったが降ろせ、自分で走った方が――」
次の瞬間、オーガの男が転倒する。
「――いった。言わんこっちゃねえ。大丈夫か?」
エルフの青年が同僚の方を見ると、彼はその頭から血を流して倒れていた。
何かで射貫かれたような痕跡。
エルフの青年は即座に臨戦態勢に入った。
しかし、それが無駄だと理解するのに時間はかからなかった。
「人魚が魅せる幻覚……じゃないよな?」
気付くとエルフや魚人、あらゆる種族がいて、こちらを包囲している。
共通しているのはおそらく、そのすべてが死体ということだ。
ピィィィーーーーーーーーー。
そのうちの1人、肌が朽ちてもなお美しい魚人の女性が甲高い笛のような音を鳴らす。
「いいいいっ……」
その音で脳が揺さぶられ、魔法さえ使えなくなる。
屈強な魚人の死体が持つ杜が、エルフの青年の肩を容赦なく貫く。
「うわああああああああああああああっ」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
――ハモニエさまああああああああ。
ハモニエはベッドでそんな叫びを聞いた気がして目を覚ました。
時折、睡眠中に無意識のうち『読心術』を使ってしまうことがある。
その『読心術』は範囲も狭く、正確さも皆無だが、ただひとつ命を掛けた叫びだけには強く反応する。
「はあ。最悪……」
ハモニエはそう言いながらも、ネグリジェのまま隣の部屋に行った。
その部屋の床には金属で作られた魔法陣があった。
何度も使えるよう、簡単には壊れない魔法を増幅させるための魔法陣だ。
「アビヨナの名において 尊き祖先より受け継ぐ神託の業を行使する」
あえて旧名を名乗り、ハモニエは祈りを始める。
それは機械的に発展した現代の詠唱とは異なり、自身の精神に深く潜るためのものだった。
「心の境界払え 終わりなき旅に向けて 我々は1つになる」
ハモニエの足元にもある魔法陣が青く輝く。
その瞬間、ハモニエの意識が肉体を越え、『霧岬』中にあるすべての魂の位置を捉えた。
「ごおぇっ……」
許容量を越えた情報に、口から胃液が漏れる。
体勢を崩しながらも、ハモニエは魂の中で酷く揺らいでいるものを探した。
(やっぱ久しぶりにすると、“くる”わぁ……)
雑木林付近で、1人のエルフの青年が懸命に死に抗っている。
その灯は間もなく消える。
その周囲には無数の弱々しい魔力の揺らぎがあった。
ハモニエはそれらの心を読み取ろうとした。
(運命の巫女を探せ。邪魔するものを皆殺しだ)
(運命の巫女を探せ。邪魔するものを皆殺しだ)
(運命の巫女を探せ。邪魔するものを皆殺しだ)
(運命の巫女を探せ。邪魔するものを皆殺しだ)
(運命の巫女を探せ。邪魔するものを皆殺しだ)
(運命の巫女を探せ。邪魔するものを皆殺しだ)
(運命の巫女を探せ。邪魔するものを皆殺しだ)
(運命の巫女を探せ。邪魔するものを皆殺しだ)
「おぉぉぇっ……」
ハモニエはさらに胸を抑えて涙を浮かべた。
すべての敵が同じ意志で動いている。
(こいつら、自分の意志がない。この心のパターンには見覚えがある)
『洗脳術』。
他人の意識を塗り替える術なら、すべての心が同じ思考なのも納得がいく。
問題はその数だ。
(100、いや200はいるかな……? とにかく、やることは決まった)
「ハモニエの名において告げる!」
ハモニエは魔法陣のうえに手を乗せ、魔力をありったけ流し込む。
(『読心術』の応用、『伝心術』を使う)
魂の叫びは、『霧岬』中のすべての魂にメッセージとして響き渡る。
「海岸より敵襲。敵は魚人や魔物! 数は少なくとも200! 全兵力をもって迎え撃て!」
そういうと、ハモニエは力が抜け魔法陣の上に倒れ込んだ。
(ダメだ……限界……)
「ハモニエさま!!」
ハモニエの声を聞きつけ、屋敷の使用人たちが駆け付ける。
(『洗脳術』……まさか……)
ハモニエは気絶する直前、自分たちとともに故郷を追われたもう1隻の船――この大陸にたどり着けなかった同志たちの顔が浮かんだ。




