第20話 無関心と不干渉
「ダインちゃんは知っているだろうから、まずはあたしの能力について話すねー」
ハモニエはその成熟した体とは裏腹に、まるで少女のような口調で緊張感のない笑みを浮かべた。
「あたしの『固有魔法』は『読心術』……相手の考えていることが分かる。一応表向きには『千里眼』ってことになってる」
「『読心術』……」
ベルタがそれを聞いて顔を強張らせる。
「あっ、心配しなくていいよ。『読心術』の使い手は少なくともこの大陸にはあたしだけ。あたしの故郷には昔いたらしいけど、例外なく処刑されてる。うまく隠してたんだけど、結局バレて、追放されてこの大陸にきたってわけ。この魔法自体の原理も分かってない、もしくは秘匿されてるから誰かが研究して無理やり使うこともできない」
ハモニエは次々と話す。
おそらく、それはこの場にいるだれかの疑問に答えているのだろう。
「そうそう。で、あたしは当然、ジャグナロちゃん――あ、本物の方ね――がやらかしたことも知っている。でも、ジャグナロちゃんの秘密は知らないの。あの子は上手く隠してたからね。あたしの術は魔力的な阻害があれば効果を発揮できないの。今、“黒霧”を使ってるエルドちゃんみたいな状態の人にはね」
わたしはもしかして、と思って心の中で考えてみた。
(『変身術』の使用者にも『読心術』は効かないのか?)
「ダインちゃん正解。実を言うと『変身術』もあたしの『読心術』には有効で、今のフィルデちゃんの心の声は聞こえないの。偽物の皮を被っているような状態だからかな? それで、ジャグナロちゃんは秘密を知る人を周囲に置かなかったから、あたしは『変身術』を使ってることさえ知らなかったわけ。もしも、あの子の考えていることを事前に知ることができていたら、流石のあたしでも止めに入ってたと思う……たぶん」
「でもそんなことを言われたら、わたしは『変身術』をなおさら解けないな」
「えーなんで。フィルデちゃんもエルドちゃんも、メンドくさいから姿を見せてよ」
「別に普段は能力を隠してるんだから、普通に会話すればいいだろ」
「ふえー。まあ、いいけど」
ハモニエはひじ掛けにもたれかかった。
偽物である以上敬意を払う必要はないというわけか、幹部会議の際はしっかりしていただけに、わたしは今の態度にギャップを感じた。
「それで、ダインの心が読めるなら、わたしたちが何をしにやってきたかは分かるだろ?」
「うん。仲間のエルフに暗号解読の専門家がいるから紹介するね。それで条件なんだけど――」
話が早いなんてもんじゃない。
と思っていたら、おまけがついてきた。
「『霧岬』への半年間の減税でどう? 額は決めていいから」
「……いいでしょう」
わたしが横目に確認するとダインが頷いた。
(この様子だと秘密を知っていると伝えられた時から、相当むしられてるな……)
それでも、この程度で済んでるだけ温情なのかもしれない。
わたしはこのリスクを抱えながらも、ダインにとってハモニエは生かしておく価値があるのだろう。
あるいは、殺意を読み取られたうえで釘を刺されたのかもしれない。
「……ハモニエ。減税は構わないけど、ジャグナロの目的が分かっているなら復活が阻止できないよう協力してくれないか?」
「えー、嫌だよ。面倒くさいし、ジャグナロちゃんがその気になっても、いざとなればあたしたちだけで逃げることぐらいできるからね」
「…………」
「心を読まなくても怒ってるのが分かるよー」
ハモニエは悪びれるわけでもなく笑った。
「でもねー。あたしたちはそういう政治的なあれこれには必要以上に介入しないことにしてるんだ。そういういざこざのせいで故郷を追われて、人によっては家族さえ失っているから」
それから、興味なさそうに自分の綺麗な爪を見始める。
「大義なんかのために、命を懸けてまで戦いたくない。ここは穏やかな余生を過ごすための“祈りの地”なのよ……。フィルデちゃんだってそういう気持ち、わかるんじゃない?」
「……分かった」
わたしはそれを言われると何も言えなかった。
ダインから計画を聞かされた時、わたしは真っ先にダインを殺して逃げることを考えたのだから……。
ハモニエはその返事を聞いて微笑み、机の小さな紙にスラスラとペンで何かを書いた。
「じゃあ、これが暗号学の専門家が住んでいる場所ね」
差し出された紙には、住所とその学者――コエンドロという名前が記されていた。
「ありがとう。早速、訪ねてみる」
「気難しいおじいちゃんだから、うまくやってね。ダインちゃんの方の用事、話は聞いとこうか?」
「いいえ。あまり期待はしてないので、帰りに寄ってみます……」
「そっか。じゃあ、よかったら霧岬を出るときくらいにはひと声くらい掛けてよねー」
わたしは話を終えると席を立った。
「あ、そうだ。ベルタちゃんに1つだけー」
帰る直前、ハモニエがベルタに向けて話しかけた。
「その問題は早めに相談しておいた方がいいと思うよー」
「へ、変なこと言うのはやめてください!」
ベルタは焦ってそう言うと、いち早く部屋を出た。
わたしがハモニエの方を見ると、彼女は少し残念そうにため息をついていた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
ハモニエの屋敷を出ると1人の背の高いエルフがわたしたちを待っていた。
中性的な見た目なので分かりづらいが、おそらく男性、そのエルフは膝を付いて名乗った。
「シクロンと申します。ハモニエさまの命により『霧岬』の案内役を務めさせていただきます」
「そうか。任せた」
「は!」
シクロンの案内で、わたしたちはやがて暗号学者のコエンドロの家へと向かった。
大規模な農園から離れ、こじんまりとした畑や荒野が広がる道を進む。
霧が相変わらず濃く、土地に疎いものが迷わずに移動するのは困難に見えた。
やがて、馬車が1軒の小さな民家の前で止まる。
「大勢で押し寄せるのも悪いな。オレとダイン、それにシクロンだけで行こう」
ベルタが不満そうに見たが、わたしは無視して2人で馬車を降りた。
シクロンが民家のドアをノックする。
「失礼します! シクロンです。ハモニエさまの命により――」
「――帰れ! ワシは今気分が乗らん!」
申し出は言葉の途中で、家の中から響く大きな声で掻き消された。
「コエンドロさま! 魔王さまの頼みですよ。いくらあなたでも――」
「――アビヨナにも言われておる! 気分が乗る時だけでいいと」
取り付く島がないと感じ、わたしは仕方なくシクロンの代わりに扉の前に立った。
「だいたい、我らが先にいた土地に国を建てたのは先代の阿呆じゃろが。どうして頼みを聞く必要がある?」
わたしは直観的にこいつと会話は無理だと感じた。
立場はともかく、圧倒的に暴力で格上の相手にこの態度をとれるのは正気ではない。
怖いもの知らずなのか、もう死んでもいいと思っているのか、こういう輩に話が通じた試しがない。
「……突然の訪問で失礼した。オレがジャグナロだ。また明日来るので、その時は話だけでも聞いてもらいたい。相応の報酬は用意する」
「報酬などいらんわい! よりによってこんな日に来おって!」
わたしの提案は火に油を注ぐだけの結果となった。
(こんな日に……?)
「……シクロン。『霧岬』あるいはコエンドロにとって何か特別な日なのか?」
わたしは仕方なくコエンドロの家から離れて、シクロンに小声で聞いた。
「いえ、コエンドロさまの誕生日でもないし、今は恋人もいなかったはず……あ、もしかして」
シクロンはメモ帳を取り出して、パラパラとめくり始めた。
「この子の誕生日じゃなくて、あの子との記念日でもなくて……」
ちらっと目に入ったが、メモには様々な女性との約束や記念日がビッシリと書き込まれている。
「……そんな何股もして刺されないのか?」
「何言ってるんですかあ、誰とも付き合ってないんですから修羅場になんてなりませんよ。あ、分かった」
シクロンは膨大なメモの中から、答えを見つけたようだった。
「……今日は40年前、向こうの暦でハモニエさまたちが故郷を出発した日です。ハモニエさまの侍者の女の子が言ってたんで覚えてました」
(職場恋愛……)
「つまり、コエンドロさまが故郷の恋人と別れた日ですね」
「……そうか。それは悪い日に来たな」
「いやあ、40年前に別れた女のことを考えてるなんて、エルフの尺度で考えてもおかしいですよ」
「だが、それでもコエンドロにとっては大事な日だったのだろう……。しかし、シクロン助かった。おかげで足がかりができた」
このマメな男がいなければ、真相は闇のままだったかもしれない。
「ダイン、日を改めて謝罪に行こう」
「はい」
「……魔王様は人間ができてますねえ」
わたしたち3人は馬車に戻り、この日は用意されたコテージで休むことにした。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
この日の夜、『霧岬』の海岸に人知れず1隻の船が漂着した。
巨大な船だが、木材は腐り帆は破れ、浮いているのが奇跡のような有様だった。
ピーーーーーーー。
甲高い音が響く。
船から腐った肉を携えて何人もの亡者が上陸する。
海からもゾロゾロと鱗を付けた者たちが姿を現した。
甲板に立つ1つの影。
「運命の巫女を探せ。邪魔する者は皆殺しだ」
影はそう言い残し、深い霧に消えた。




