第19話 エルフの隠居地
ベルタは気を失ったまま、執務室まで連行された。
わたしが手をかざすと、青く輝きメロディとともに扉が開かれる。
「エルド。これ、どうやったら起きるんだ?」
「任せておけ……」
エルドはそう言うと、ベルタの頬を軽く叩いた。
「おい!」
わたしはキレかけたが、ベルタが本当に起きそうだったので慌てて『変身術』を解除する。
わたしは元の少女の姿――黒髪と琥珀色の瞳に戻る。
長い銀髪に藍色の瞳であるベルタとは正反対で、昔はよくそれを揶揄されたものだ。
「お姉ちゃん!?」
ベルタは安堵から目に涙を浮かべた。
「ベルダ、心配させて悪かった。実は……」
わたしは今自分が置かれている状況を説明した。
ベルタは最初こそ目に涙を浮かべながら頷いていたが、話を聞くにつれ徐々に表情が険しくなる。
「ダインさん?」
説明が終わると、ベルタはダインの方を見た。
「はい。なんでしょう?」
「どうしてこんな無茶な計画を立てたんですか!?」
ベルタの大声にわたしたちは押し黙るしかなかった。
わずか数日で、この計画の無謀さは三者三様に思い知っているからだ。
「うちのお姉ちゃん、たしかに魔法は優秀です! でも優秀なのはフィジカルだけなんですよ! 脳筋ですよ脳筋!!」
「そ、そんなことはないだろ!」
わたしはベルタの物言いに思わずツッコミを入れた。
そもそも、魔王城前で考えなしに暴れまわっていたベルタに言われたくない。
「いいえ! なんだかんだ言ってお人好しだから流されて計画に乗ったんでしょうけど! そこに付け込むダインさんもダインさんです!!」
「うっ……」
「……あなたのお姉さまを巻き込んだことは、私も悪いと思っています」
ダインはベルタに対して深く頭を下げた。
それを見て、ベルタは少しだけ冷静になった。
「いいえ。お二人とも大人ですから、わたしが口を挟むことではないのかもしれませんが……」
「……それで。どうするんだ? 家に帰すか?」
エルドがわたしたちのやり取りを見かねて聞いた。
たしかに、ベルタに関しては帰しても秘密が漏れる心配はないだろう。
「そういうことなんだ。ベルタ、大人しく家に――」
「いやです。わたしも協力します」
「まあ、そうなるよな……」
わたしは予想できた展開にため息をついた。
きっと婆ちゃんはわたしだけじゃ心配だと思い、ベルタをこんな形で魔王城に突入させたのだろう。
わたしが城にいれば、ベルタはまず殺されるような事態にはならない。
そうでなくても、婆ちゃんはベルタが能力的に絶対に殺されないと考えている。
(婆ちゃんはわたしたちの能力を信用しすぎだ……)
「オレは反対だ。復讐の手伝いなんてこんな子どもがやることじゃない」
エルドが真っ先にそう言った。
無論、わたしもダインもそれに賛成だ。
「復讐の手伝いなんてしません。わたしはお姉ちゃんを守るために来ました」
「屁理屈はやめろ~~」
「屁理屈じゃありません。それにわたしはもう14歳です。子どもじゃありません」
「十分子どもだろ!」
「……えっ」
わたしたちの言葉にエルドが驚きの声を漏らした。
「……ん? 待て、エルド。お前何歳なんだ?」
「……一応、今年で15」
つまり、ベルタと今は同い年だ。
わたしが18歳で、それよりは年下だとは思っていたが……。
「じゃあ、わたしが仲間になっても問題ありませんね!」
ベルタの言葉に、わたしたちは再び押し黙るしかなかった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
それから、数日後、わたしたちは『霧岬』へと出発する次第となった。
結局、ベルタを家に帰すことは叶わず、話し合った結果ベルタは側近の『治癒術師』へと就任、旅に同行することになった。
『霧岬』は魔王国の東に位置し、かつて東の大陸から渡ったエルフたちが住み着いた土地である。
魔王国の領土の大半にいえることだが、耕作には不向きの土地だったが、エルフたちは知識と魔法で強引に人が生活できる環境に整えた。
現在ではエルフだけでなく、様々な理由で土地を追われた者たちの『隠居地』や『避難所』となっているという。
「よく街の暮らしに疲れた人が『霧岬』で静かに暮らしたい、と言ったものだ」
道中の馬車の中で、わたし(ジャグナロ)は同行するベルタに向けて話す。
馬車にはわたし、ダイン、ベルタ、姿は見えないがエルドが乗っている。
馬車にはそれぞれ警護団が護衛についており、先日事務所で会った獣人のケッテが背後を見張っているのが窓から見えた。
「『霧岬』は『隠居地』として知られていますが、実際は入居に審査があります。『迷宮都市』の地下街や『不夜城』のように誰でも入れるわけではありません。その代わり、学者や優秀な魔法使いが多く滞在していて、今回のように魔王国の職務を受け持つことがあります」
わたしは話を聞いていて、自分の住む『魔法使いの村』が思い浮かんだ。
あそこも帝国を始めとする国から、魔力が豊富ゆえにコントロールできず追放されたものが多い。
結果としてその制御術を研究し、今では帝国の学校とは違う、豊富な魔力を前提とした強力な魔法の研究が発達している。
「そうなんですね……。なおさら、行くのが楽しみになりました!」
ベルタは目を輝かせてソワソワし始めた。
どこぞの暗殺者のように観光に明け暮れないといいが……。
「ケッテさんは何か知ってますか? 名所とか美味しい食べ物とか?」
ベルタは窓の外で見張りをしてるケッテに話かかけた。
2人はこの数日で仲良くなっており、この馬車の警護もベルタの依頼だった。
「はい。特産の野菜を使ったスイーツを販売している店があるらしいデス。警護団から案内図をもらっているので、よかったら後で案内しマスよ」
「ありがとう!」
「いいデスよね。『霧岬』サイレント・リトリートって響きが……。前から1度行ってみたかったんデス」
「ねえ、お洒落だよね! カフェとか沢山あって本も読めるんだろうな……」
「きっとそうデス。ワタクシも若いうちにキャリアを詰んだら、いつかは農業でもしながら静かに暮らしたいと思っていマス」
すっかり友達のように話し始めてしまい、ジャグナロとしては居場所がなくなってしまった。
わたしとダインは黙って女子2人の会話に耳を傾けた。
やがて、道にかかる霧が深くなってきた。
馬車は慎重に歩を進め、やがて小さな関所へとたどり着いた。
もちろん、先頭の馬車のシークが要件をつたえるだけで、即座に門は開き『霧岬』への敷地へと入っていく。
「ハモニエの邸宅まではそう遠くないですよ」
ダインが窓の外を見ながら呟いた。
外は道沿いに農園が並んでいる。
農場の周りには鉱石をガラスに入れた外灯のようなものが並んでいる。
その熱量はなかなかのもので、本来、気温が低すぎて育たない植物まで育てられるよになっているようだ。
「――いくぞ!!」
外からそんな声がしたので、わたしたちは身構えた。
「おいきたァ!」
見ると、外では腕まくりをしたガタイのいいエルフや獣人が、魔法と筋肉を存分に使って農作業をしている。
周囲には魔法による爆発や、人々の掛け声が絶え間なく響き続ける。
「「サイレント・リトリート……」」
ベルタとケッテが理想とはかけ離れたその騒がしい様子を見て、悲しそうな表情をしていえる。
「住民のエルフに関しては数字で見ると高齢だと感じますが、エルフとしてはまだまだ若く、魔力も体力も衰えてませんからね。他種族も入居の条件には体力もあると聞いています」
ダインがそんな失望する女子たちを他所に解説を加える。
「『霧岬』の食糧出荷数は魔王国第1位。『隠居地』といっても、精力的に活動して第2の人生を謳歌している人だらけです」
「そうなんですか……」
ベルタとケッテは巨大な機械を操って土を耕す中年を見たあたりで興味を失っていた。
「スイーツ楽しみデスね……」
「うん……すごい量がでそう……」
やがて、霧の向こうに黒い柵に囲まれた巨大な豪邸が見えてきた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
門はすでに開いており、馬車はそのまま敷地へと入っていく。
白い豪邸は変わったデザインをしている。
水晶のようなものが屋根の上にいくつも飾り付けられており、美しい青色の光を発している。
わたし、ダイン、ベルタの3人は馬車を降りるとそのまま客間へと案内される。
「先に言っておきますが……おそらく、彼女にはすべてがお見通しです」
ダインは屋敷の廊下を歩いている途中に小声で言った。
「ん?」
「私たちの行動も、真意も……」
(待て待て待て。なんでそれを今言うんだ?)
わたしは急にぶっこまれた情報に焦り、鼓動が速くなり体温が上がった。
「ですが、すべてを見通してなお、彼女は彼女のまま変わることはありません……」
「つまり、問題ないってことですか?」
ベルタの問い掛けにダインが頷く。
やがて客間に着き、扉を開けると、一人のエルフの女性が大きな椅子に寄りかかっていた。
透き通る白い肌に緑色の瞳、エルフの中でも際立って整った顔、長いブロンドが綺麗に編み込まれている。
「案内、ごくろーさん。みんな出ってていいよ」
そのエルフ――ハモニエが軽い口調でそう言うと、両脇にいた従者たちが即座に部屋を出た。
「こんにちは、ダインちゃん、ベルタちゃん――」
ハモニエはまるで何度もあった友人のように話しかけて微笑んだ。
「それにエルドちゃんにフィルデちゃん……。積もる話もあるだろうし、座りなよ」




