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第18話 最愛の訪問者

 『迷宮都市』から帰ってきた翌日、わたしとダイン、エルドの3人は執務室に集まった。

 わたしはそこで、ジャグナロが『変身術』を使っていた可能性を話した。


「言われてみれば、あれは明らかに魔王国について勉強した跡だった……」


 エルドは手を口に当てて驚いた。

 しかし、思いのほか、ダインの方の反応は薄かった。


「なるほど。その可能性もあるでしょうね。あの体が最適化されたものだと考えれば、強さに納得もいきます」


「意外だな。もっと取り乱すと思ってたのだが」


「いいえ。私もジャグナロの出自については調べましたが不明な点は多かった。竜人なのに『屍渓谷』ではなく、なぜか『不夜城』周辺の小さな集落出身。彼について詳しく知る者はほどんいなかった。むしろ、『変身術』であったことで納得がいったくらいです」


「そういうことか……」


 ダインはダインでジャグナロの正体は探っていたわけだ。


「私はジャグナロの過去はそれほど重要視していませんでした。惨劇の起きたあの日に中身が入れ替わったのなら話は変わってきますが……誓ってもいい。あの日、錯乱はしていたが、ジャグナロは私の知るジャグナロでした」


「そうか……」


「フィルデの方こそ。ジャグナロが『変身術』だった場合、なにか不都合でも?」


「いいや。ただ、ジャグナロの正体に心当たりがあってな……外れててほしいんだが。できればすぐにでも正体を知りたい」


「心当たり、ですか?」


「ああ。2人ほどな。憶測で話しても仕方ないから、とにかくあの手記の解読を行いたい。わたしもやってみたが、暗号らしくて手も足もでなかった」


「……そうですね」


 ダインはわたしが話したくないのを悟り、敢えて言及しないでくれた。


「それならば、『霧岬』に行きましょう。もともと、用事がありましたので」


「『霧岬』……ダークエルフの住処か?」


 静聴していたエルドが食いつく。


「ダークエルフ? いえ、普通のエルフですが?」


「あ、すまない。帝国ではそう呼ばれているんだ」


「帝国の連中は魔王国の住民をすぐ悪いように言うからな……」


 わたしの住む『魔法使いの村』も、向こうでは『黒魔女の村』なんて呼ばれているのだろう。

 容易に想像がついた。


「なんか悪いな」


 エルドが決まりが悪そうな顔をする。


「いえ。とにかく、『霧岬』なら解読可能な学者の1人や2人はいるでしょう。昨日の今日ですが、早速使いを出して日程調整をしましょう」



             ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 執務室を出て魔王城でわたしたちは各々の仕事に向かった。

 ジャグナロとして1人で行動するのはこれが初めてのことだが、いつまでもダインに頼り切りでは怪しまれる。


 この日はわたしは警護団に顔を出して、昨日までの労いと『霧岬』行きの話をする予定だった。

 警護団の事務所につくと、小さな角の生えた茶色い獣人の女性がわたしを出迎えた。


「ジャグナロさま、初めまして。わたくしは首都警護団所属ケッテと申しマス」


 犬のような耳、はきはきとした喋り方に小柄だが真っ直ぐな背筋。

 いかにも真面目で優秀そうな人物だった。


「ああ、よろしく。新たな予定について話したいんだが、シークはいるか?」


 わたしは警護団長の青い竜人を思い出しながら聞いた。

 シークは生贄として魔王城に連れてこられた時の、バンドをまとめる熱血教師という印象しかない。


「いいえ。それが、どうも城に不審者が来たらしくて、その対処に向かっていマス」


「不審者?」


「はい、何でも“魔法使いの村”からやってきたという少女が、姉を出せと暴れているようデス」


「……ん?」


 わたしは嫌な予感というにはあまりにも、直接的な情報に憂鬱な気分になった。


「ちなみに、その姉というのは?」


「フィルデ・フォルスターという名前らしいデス」


「ふーーーーーーーッ」


 わたしは上を向いて目を覆った。


(ダインのやつ。家族への説明はしたと言っていたはずなんだがな……)


 婆ちゃんにはわたしが“生贄”のフリをし、『変身術』を活かした魔王の側近兼影武者に就職する旨を伝えたと言っていた。

 ベルタが婆ちゃんから話を聞いていないとは思えない。

 せっかく、復活の儀式(茶番)のときも、嘘との整合性をとるため仮面を被り正体をぼかしたというのに……。


「オレが向かう」


「そんな、魔王様自らが出向く必要など……」


「その少女は復活のための“生贄”となったものだ。オレには説明の義務がある」


 わたしはジャグナロらしい言葉でケッテを下がらせると、魔王城の正門へと大急ぎで向かった。


 正門では1人の少女が文字通り大暴れをしていた。

 長い銀色の髪に藍色の瞳、小柄で愛くるしい顔だが、今はそれが怒りに燃えている。

 警護団長のシークを始めとする、警護団が弾き飛ばされて体の1部を凍らされている。

 無理もない。

 妹のベルタはまだ14歳にして、わたしに次ぐ村の実力者だ。

 純粋な魔力量ではわたしさえ凌ぐ。


「やむを得ない。こちらも本気で対処するか……」


 シークが不穏な言葉を呟いたので、これ以上事態がややこしくならないようわたしが前に出た。


「オレが相手をしよう。他のものは手を出すな」


「ジャグナロさま……!」


 わたしはジャグナロの脚力で一気にベルタの前まで飛んだ。

 そして、身構えるベルタに向けて両手広げた。


「ベルタ、落ち着け。分かるだろう?」


 わたしは両手を広げてにっこりと笑いかけた。

 可愛くて思いやりに富み賢く機転が利き可愛くて観察力があり動物が好かれ人に好かれる可愛いベルタだ、きっと姿は違くても最愛の姉のことは――。


「気安く呼ばないでくださああああああああいっ!!」


 ベルタの持つ大きな白い杖が発光すると、凍てつくような冷気が発生してわたしの体を勢いよく弾き飛ばした。


「うわあああああああああっ」


「魔王様ああああああああああああああ」


 わたしは魔王城の城壁に叩きつけられ、顔以外のほとんどが凍らされた。

 ベルタはその異常な魔力量と天才的なセンスによって、あらゆる魔法をコスパを無視して詠唱なしで唱えることができる。

 こんな風に、迂闊に怒らせれば手が付けられない。


「……なにをやってるのですか?」


 騒ぎを聞きつけ『転移』してきた、ダインがわたしの醜態を見て呟く。


「お前こそ、話は通してたんじゃなかったのか?」


 わたしは小声でフィルデとして恨み言を言う。


「ええ。ですが、こうなっているということは正しく伝わってないのでしょう」


 ダインは解凍するために小さな炎を作ってくれた。


「だが、どうにかしないと本気でシークたちとやり合うことになるぞ」


 しかし、その心配は杞憂に終わった。

 ベルタの背後から出現した“黒霧”――そこから現れたエルドが、ベルタの首元に触れた。

 次の瞬間、ベルタが意識を失う。


(あいつ、あんな魔法も使えるのか……)


 わたしはエルドの迅速な対処に感動すら覚えた。


「……あ、あの者は!?」


「全員落ち着け。あれはオレの密偵だ。おそらく事態を収束させてくれた」


 わたしはエルドの偽の設定を話すことで、混乱を収束させた。


「さすがジャグナロさま。さっき思い切りやられたのは注意を引くための囮だったのですね!」


「ま、まあな……。今回は止むを得ず正体を出したが、彼の存在については口外しないように」


(まったく、エルドには借りを作ってばかりだな……)


 エルドはその場にベルタを寝かせると姿を消した。

 しかし、思いのほか騒ぎが大きくなってしまった……。


「あの娘と話をする。ダイン、彼女を執務室まで連れていけ……」


「は!」


 わたしの指示にダインが即座に返事をする。


(さて、どうしたものかな。たぶんこれ、婆ちゃんの差し金だよな……)


 冷静になり状況が分かってきた。

 この状況を作り出せるのは、そもそも婆ちゃんしかいない。

 タイミング的にもジャグナロとしての生活に慣れてきたころを見計らったのだろう。


(あの人は何かを1人で抱え込むことを、1番嫌うからな……)


 わたしは極力この作戦に家族は巻き込みたくなかったのだが、どうやら、状況がそれを許してくれないらしい。

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