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第1話 名誉ある生贄

 ガラガラと車輪の音が鳴り、不快な振動が足元から響く。

 よっぽどの悪路なのだろう。

 大きな岩の転がっているような、およそ人が通るには不向きな山道。

 窓は締め切られ、微かに光さえ入らない室内でもそれくらいは分かる。


「もうすぐか……」


 わたしのつぶやく声は監獄のような馬車の箱の中で、幾重にも反響した。

 悪路が終わり、人々の声が馬車の周囲から聞こえ始める。

 その予想通り、数分後には馬車は止まった。


――ガチャリ。


 大きな錠前の外れる音。

 扉が開かれると、わたしはあまりの眩しさに思わず目を瞑った。


「着きました。お降りください」


 光に目が慣れると、わたしは声の主を見た。

 口髭を生やしたいかにも堅物そうな男性。紫色のジャケットに黒いマント、貴族のような出で立ちだ。

 たしか、魔王国の幹部だと聞いている。


「足元に気をつけて……」


「まるで、お姫様みたいな扱いだな」


 わたしは皮肉を込めて言った。

 両手を固定している手錠をこれみよがしに上げてみる。


「ええ。フィルデ・フェルスター。あなたは“名誉ある生贄”ですから」


 男はそんなことは意に介さず、かといって笑みを浮かべるわけでもなかった。


「ケケケ。でも嬢ちゃんは、髪も長くて綺麗だし本当にお姫様みたいだぜ」


 御者の男が下卑た笑みを浮かべた。

 わたしはそれを無視して、一人で馬車から降りた。

 目前には、まるで巨大な岩山のような魔王城が佇んでいる。

 わたしは、ここで封印されている魔王を目覚めさせるための生贄に選ばれたとのことだった。


 ここは、魔王国の首都スノウィ・ヒル。


 振り返れば、露店や民家の集まる城下町が見える。

 魔王復活の前日ということもあって、町は活気づいていた。

 6年前、勇者アロウに破壊されたといわれている魔王城と城下町は、首都にふさわしい復旧を遂げていた。


「生贄という立場から見ると、これほどおぞましい光景はないな……」


「……ええ、そうでしょうね」


 男は意外にも、わたしの呟きに対して同意した。


「ダイン様、それでは失礼致します」


「ご苦労」


 男――ダインは御者に労いの言葉を掛けた。

 わたしは鎧を着た二人の兵士に挟まれる形で、城内へと移動を始めた。



              ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 城に入ると、城内はいっそう騒がしかった。

 何かを強く叩く音や、甲高い声、耳に心地良い低音リズム……。

 わたしは少しして、この騒音が音楽であることに気付いた。


「ドラム! 音が走ってるぞ」


 紺色の鱗をした竜人が、大柄なスケルトンの兵士に檄を飛ばす。


「はい! 申し訳ありません!」


「気合が入ってますね。シーク護衛団長」


 わたしを兵士たちに任せ、ダインが話しかけに行く。

 竜人――シークは、すぐにダインへと駆け寄る。


「ダイン様。ありがとうございます。ですが、まだまだ完成度を上げないと。魔王様に失望されてしまいます」


 シークは暑苦しいノリで悔しそうに歯を食いしばった。


「心強いですが、根を詰めすぎて兵士たちの体調を崩さないよう気をつけて」


「はい! お気遣い感謝致します。お前らー! もう1回だ」


 シークは頭を下げると、大人数の楽団を統率するために戻った。


「アイツらはなにをやっているんだ?」


 わたしが心配するのもおかしな話だが、魔王の復活前日という大事なタイミングで、護衛団長が熱血教師のようなことをしていていいのだろうか。


「魔王ジャグナロ様はロックやポップなどの流行りの楽曲が好きですからね。出迎えるうえでこれが一番あの方の心を打つでしょう。18番の『シル・ヴ・キング』を演奏すれば、封印が解けた直後であってもノリノリで歌うはずです」


「…………」


 わたしはその発言を聞いて、目の前の男が馬鹿であることにようやく気づいた。


「さて、次の部屋に行きますよ」


 ダインはにこやかに笑い、城内の移動を続けた。



              ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 続いて、わたしたちは食堂の前を通った。

 そこには手足の生えた巨大なホールケーキが、椅子やテーブルの設営をしていた。


「ストロベル料理長。自ら設営とは、感心ですね」


 ダインはそのホールケーキに話しかけた。

 ホールケーキがこちらを向くと、最上段の部分に顔があった。


(こいつが料理長? ツッコミ待ちか?)


「どうもダインさま。部下には休んでていいと言われたのですが、落ち着かないもので……」


 ホールケーキの化け物――ストロベルはその図体に反して、自信なさげな笑みを浮かべる。


「自信を持ってください。あなたの料理は誰もが気に入っていますよ」


「ダインさまのおかげです。いつも最高の食材を用意して下さってますから」


 ストロベルはそれから、わたしの存在に気付いた。


「……もしかして、そのヒューマンも!?」


(殺すぞホールケーキ)


「彼女は大事な“生贄”です。くれぐれも手を出さないように……」


「そいつは失礼しました」


 ストロベルはおずおずと頭を下げる。


「そういえば、魔王様の大好物“シードラゴンの稚魚”の踊り食いの用意もできました。是非、期待していてください」


(うわ、ぜったいに見たくないな……)


 わたしは吐き気を催したので、これ以上話は聞かないことにした。

 ダインはすぐに帰ってきた。


「一応聞くけど、実はあいつも“生贄”だったりするのか?」


「まさか! 彼以上の腕利き料理人はいませんよ」


「……世界は広いな」


「ええ。それでは、そろそろ目的地です。お二人はここまでで結構です」


 ダインは二人の兵士を帰すと、自ら手錠の鎖を引いた。

 わたしたち二人は、魔王城のさらに奥へと向かった。



              ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 たどり着いたのは巨大な扉の前だった。

 星座を連想させる模様が美しく、かつて見た聖堂を思い返した。


「スイートルームでも用意してくれたのか?」


「いいえ。ここは魔王様が使う予定の執務室です」


(そんな部屋に何の用が……?)


 ダインは扉に手のひらをかざした。

 扉の模様が白く光り、心地よいメロディが響く。

 ゆっくりと扉が内側へと開いた。


「ここだけは結界が強力で、誰にも盗聴される心配がありませんから……」


「…………」


 わたしは黙って部屋に入った。


(もう少し、待ってみるか……)


 わたしは密かに始めていた、魔法による手錠の破壊を中断した。

 本当なら二人きりになったところで殺して、得意の『変身術』を使い成り代わる予定だった。

 それを先送りにしたのは、ダインの態度に裏を感じたからだ。


 魔王の執務室は広く、青の照明によって幻想的な雰囲気があった。


「魔王城の様子を見て、どう思いましたか?」


 ダインが扉を閉めるなり聞いた。


「魔法学校の文化祭を思い出したよ」


「他には……?」


「……魔王は慕われているな」


 魔法学校に通っていた当時の自分を思い出す。

 孤立し、因縁をつけられ、わたし自身も周りを突き放すように見下していた。


(わたしとは大違いだと思ったよ)


「ええ、魔王ジャグナロは慕われています……」


(まあ、だからといって、わたしが犠牲になるつもりは……)


「それなのに“あいつ”は、私たち魔王国民を皆殺しにしようとしていた」


「……えっ?」


 わたしは耳を疑い、伏せていた顔を上げた。


「フィルデ。あなたをここに呼んだ本当の理由を教えましょう」


 ダインの顔を見て驚く。

 その表情には、明確な憎しみと殺意が浮かんでいたからだ。



「――あなたには、私と一緒に封印されている魔王を殺してほしいのです」



 そして、ダインは6年前、魔王が封印されたその日に何が起きたかを話し始めた。


 初投稿です。よろしくお願いいたします。

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