第14話 最深部の番人
ダインが消耗戦を行っているころ、わたしは地下第3階層を歩いていた。
地下第2階層まではジャグナロの姿を見ると、逃げるか喜ぶかの2択だったが、この階層からはそうもいかなかった。
スライムや人食い蝙蝠や大蛇などの魔物は機械的に、縄張りに侵入したわたしを攻撃してきた。
さらにはミノタウロスのような大型で獰猛な魔物もいた。
宝物庫に釣られた人や魔物を殺すことに特化した魔物たちだ。
一筋縄ではいかない、はずだったのだが……。
「この体、強すぎるっ!」
わたしはジャグナロボディの強さに感動していた。
拳を振るい、足蹴にするだけで大抵の魔物を退けることができる。
戦いになると重過ぎると思っていた肉体も、無駄なくついている筋肉のおかげで思いの外俊敏な動きができる。
無駄に思っていた角でさえ、一部の魔物相手には牽制になるようだ。
(さすがは最強の種族と言われているだけはある……)
竜人及び竜は世界でもっとも魔力を生成し、体に貯蔵できる種族だと言われている。
体の大きさだけなら竜に対抗できる種族はいくつかあるが、このフィジカルに加えて魔法まで操れるのだから人間が束になっても適わないのも納得だ。
ミノタウロスがとぼとぼと迷宮の奥に帰ったのを見送りながら、わたしは汗を拭った。
「あとは階段の位置だな……。ヴィス・エコー・ラミア」
わたしはダインから事前に教わっていた『探索術』を使う。
魔力が反射しながら、周囲の地形を炙り出す。すぐに地下第4階層への階段を見つけた。
僅か数100メートルしか離れておらず、わたしは階段へと直行した。
地下の第4階層はさらに暗く、強い魔物の気配がした。
ジャグナロボディがあっても不安になる状態だ。
そのうえ、道も複雑で『探索術』を乱用しなければ進めそうにもない。
「これでは、魔力の消費が半端じゃないな……」
「――ジャグナロさま」
そのとき、隣で黒い霧が晴れ、エルドが姿を現した。
「思ったのですが、第5階層には地面を掘って行ってしまえばいいのでは?」
「ん……? そんなこと」
「たしか、迷宮がもともと地下第4階層までで、地下第5階層は元々あった地下洞窟と合体してできたとききました」
わたしはガイドブックをよく読み込んでるなと感心した。
「……なるほど。迷宮の壁のように強い魔力で覆われていないという判断か」
「ええ。推測ですが」
わたしはどうせ魔力を消耗するなら……と馴れない『掘削術』を試してみることにした。
「ルドラ・モール・ジャブダル!」
――バリバリバリバリッ。
地面が捻じれて次第に巨大な穴ができていく。
「おおっ、いけそうだな!」
穴は床を突き抜け下の階層が見えた。が、直後に周囲の岩が集まり塞がり始める。
「急ごう!」
言うが早いか、エルドは先に穴へ飛び降りた。
ジャグナロの巨体では通れなさそうなサイズだ。
わたしは慌てて荷物から服を“転移”させて元の人間の姿に戻ると、狭くなる穴へと飛び込んだ。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
迷宮の最深部、地下第5階層は噂通り迷宮の階層とは明らかに構造が違った。
ガランとした地下の洞窟で、光石の明りこそあるが、ただ広いだけで壁一つない空間だ。
天井は高く10メートルほどはある。
「なんというか……綺麗な場所だな」
エルドは着地して、周囲を見渡すなりそんなことを言った。
ところどころに澄んだ地下水の入った湖も見える。
ひときわ大きな湖には白く光る欠片が沈んでいて、雪の結晶のように輝いている。
「そうだな。バングがここを観光スポットにしないのが不思議だよ」
遠くの方に地下第4階層に続く人口の階段が見えた。
帰り道も分かる。
「見ろ。あそこに魚がいるぞ。カニもいる」
エルドが湖を指さして笑った。
「はしゃぎすぎだ。……でも、そうだな。ちょっとゆっくりしたいな」
「はい。ジャグナロさまの仰せのままに」
「やめてくれ」
わたしは湖の際まで行くと、腰を下ろした。
靴を脱いで足の指先を水につけてみた。
地下水はひんやりとして気持ちがよかった。
「この階層に宝物庫なんてあるのか?」
わたしはぼんやりと広い湖の先を見ると、遠くに岩山のような孤島を見つけた。
「あー、ありそうだな……」
「見るからにだな。でも、その下を見て見ろ」
孤島の足元には一匹の巨大なドラゴンが寝そべっている。
全長5メートルはあり、ジャグナロボディであっても苦戦は強いられるだろう。
その体は赤黒く、翼は何者かにもがれている。
「あれが3大勢力の地竜アバンダか。なるほど、誰も近づけないわけだ」
ジャグナロの宝物庫……あの岩山にあるんだろうな。
「戦って突破するのはヤバそうだな。ダインの『転移術』があれば楽勝だったのに……」
「オレの『潜伏術』でいくか?」
「それが1番確実だな。だけどちょっと待ってくれ……」
わたしはアバンダの様子を見て、少し不思議に思った。
アバンダをセキュリティに利用しているなら、ジャグナロには戦わずに突破する手段があったはずだ。
『潜伏術』か『転移術』か……。あるいは、もっと別の方法が。
「ジャグナロの姿で行ってみよう。駄目そうならすぐに逃げるから、その隙に宝物庫に入ってくれ」
「分かった」
わたしたちは湖の外周を歩き孤島に近付いていく。
「……あっ」
わたしは途中で岩陰に一隻の古い小舟が隠されていることに気付いた。
「ジャグナロが使っていたにしては小さいな」
「……そうだな。他の連中に宝が取られてないといいが」
わたしとエルドは小舟を使い孤島へと向かうことにした。
湖の底には巨大な竜の骨のようなものが沢山沈んでおり、そこに魚が住み着いていた。
「竜の死体か……そう言えば、竜は死ぬと魔力の結晶になって土地を豊かにするらしいな」
エルドがオールを漕ぎながら、そんなことを言った。
「わたしはただ殺すだけでは駄目だと習ったがな。魔力を浄化させて結晶化する術がないと意味がないとか……」
そうでなければ、今ごろ『屍渓谷』にいる竜や竜人は1匹残らず狩られているだろう。
「まあ、これを見てこの迷宮がどんな魔力で作られたのかよく分かったよ」
巨大な魔力によって護られている『迷宮都市』アンダー・グラウンド。
内部の維持以上に、最初の作成に最も魔力を使ったはずだ。
それを膨大の竜の魔力で補っていたのなら、翼をもがれたアバンダが地下にいる理由も察しがつく。
「あいつは……次の魔力源になる予定だったんだろうな」
「そうかもな。だからといって、オレたちがあいつの魔力源になる道理はないさ」
わたしたちが孤島に近付くと、アバンダがピクリと動いた。
エルドは“黒霧”を発動させて姿を消した。
わたしの方も打ち合わせ通り、『変身術』を使う。
ジャグナロの姿になり、船の上で立つ。
小舟が孤島にコツンとぶつかると同時に、アバンダが上体を起こした。
「――ギァィィィィィッッ!!!」
アバンダが叫び声をあげ、こちらに駆け寄ってくる。
じゃれつきに来てるのか、襲い掛かってきてるのかは見分けがつかない。
「おー、元気だったか! アバンダ!」
わたしは上擦った声でアバンダに両手を広げるも、その勢いはますます加速する。
「――ギァィ ギァィィ ギァィィッッ!!!」
「……あ、駄目っぽいな」
この際、近づいてくる理由が好意か敵意かなんて関係なかった。
わたしの体は勢いよく跳ね飛ばされ、湖へと真っ逆さまに落ちたのであった。




