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第12話 地下階層の住民たち

 わたしはベッドの周囲をカーテンで覆い、『変身術』を解いて熟睡していた。

 カーテンに『防護術』をかけることで、簡易的に執務室同様のシェルターを作り上げた。

 つもりだったのだが……。


――コンコン。


 ノックの音が聞こえて、わたしは飛び起きた。

(全然遮断できてないじゃないか……くそっ、ぶっつけ本番でやったのは失敗だったか)


「ジャグナロ様、オレです」

「なんだ。エルドか……」


 その人物はすでに部屋の中にいた。

 ノックは部屋の内側からされたものだった。


 わたしは念のため、『変身術』をしてからカーテンを開けた。

 角の生えた浅黒い肌の少年――エルドが膝をついている。

 エルドは執務室以外では、ジャグナロの密偵という設定で話すことにしていた。

 万が一の盗聴や透視に備えてだ。


「ちゃんとついて来てたのか? 昨日はどうしてたんだ?」


「『迷宮都市』を観光しておりました。これもあったので……」


 エルドはダインから事前に渡されていた『迷宮都市ガイドブック』を懐から取り出した。

 編集・協力バング・バンデルの魔王国公認の『迷宮都市』案内だ。


「楽しんでるようでなによりだよ……」


「ついでに少々気になる情報を入手しました」


 わたしはエルドがいかにも密偵らしい仕事をしてくれるので感動しそうになった。


「昨日の深夜、迷宮の構造に一部変化が起きたようです。居住区の第2階層から地下の第2階層にかけて……」


「それは、バングが関与しているのか?」


「それは分かりかねます。どうやら、『迷宮都市』は不定期で構造が変わることで、セキュリティを維持しているようなので……」


「なるほどな。それで、今日はわた……オレに同行するか?」


「もちろんです。そのための下見です」


「分かった。今日は宝物庫まで行く。ダインともども、道中の援護をよろしく頼む」


 わたしは茶番を挟みながらも今日の予定を確認、身支度を済ませると、『潜伏術』を使ったエルドと共に部屋を出た。



              ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 この階層にある『迷宮都市』の出口まで行くと、すでに一匹のトロールが待っていた。

 行き同様、トロールの引く車に乗って第1階層までの移動した。

 そこでは、わたしの迷宮深部への出発を見送る野次馬が出迎えのとき同様に集まっていた。

 しかし、その中に肝心のダインがいない。


「ダインはどうした?」


「どうやら、昨晩から姿が見えないようです。食べ物が口に合わなかったのでしょうかね? 部屋のトイレで腹を下しているのかもしれません」


 バングがこめかみを抑えながらそう答える。


「うーん。あいつが約束を守らないとは思えないが……」


 わたしはその報告を怪しく思った。

 あの男が復讐のための大事な作戦をないがしろにするとは思えない。

 一方で、バングが嫌がらせで下剤を盛った可能性も考えた。二人の仲の悪さを考えればありえない話ではない。


(足でまといならいない方がマシという考えか? そうだとしても、あいつなら這ってでも報告に来そうだ)


「居住区には防犯のためのトラップもあります。引っかかってないて、下層まで落とされてないといいのですが……」


「…………」


(こいつ……殺ってないだろうな?)


 わたしは予想外の事態に閉口した。


(まあ、流石にダインもあっさり殺されることはないだろう。そっちは自力で何とかしてもらうとして、問題はわたしの方だ……)


 もとより、ジャグナロは1人で最下層にあるという宝物庫に向かっていたらしい。

 ここでダインがいないからという理由で出発しないのは違和感を与えかねない。

 日を改めるとなると、次の訪問がどれだけ先になるか分かったものではない。


「……そのうち姿を見せるだろう。今回はダインも同行する予定だったが、いつも通り1人で行くとしよう」


 わたしはやむを得ず予定通りに地下へと向かうことにした。

 事前勉強は終えているし、エルドもいる。

 ダインの方は最悪罠にはめられていても、幹部は幹部だ。自力で何とかするだろう。


「さすがです。では、こちらが地下第2階層までの地図です。朝1で調査をさせたので、不定期変動の影響もほとんどないでしょう」


 バングも昨晩の迷宮の変動には気付いており、そのうえで対策を用意していた。


「申し訳ありませんが、第3層以降の地図はありません。よろしければ、腕利きの護衛をお付けしますか?」


「気遣い感謝するが、問題ない。探索するのもここの醍醐味だ」


 本当は問題大有りだったが、わたしとしては同行者を下手に作るわけにもいかなった。


「さすがです。お節介ですが、この特製の携帯食をどうぞ。うちの調理班もストロベルには負けてらいませんよ」


 バングはわたしに小さな箱を手渡した。

 中を覗くと、活きが良すぎてまだ跳ねている魔物の肉が沢山見えた。

 そっと蓋を閉じる。


「……感謝する」


 復活当日の踊り食いを思い出して小さく息を吐く。

 まだ胃の中で暴れるシードラゴンの稚魚の感覚が残っている。


「有り難きお言葉。お夕食の支度はストロベルと調理班が合同で行う予定です。時間感覚は分かりづらいでしょうが、是非日が暮れる頃にはお戻りください」


「ああ。楽しみにしよう」


 わたしはバングたちに見送られて、地下第1階層に繋がる階段を下り始めた。



              ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 地下の第1階層では沢山の露店が並んでいた。

 ジャグナロが降りてくるのを待っていたのか、迷宮の広さに対して人口密度が高い。

 地図に記された第2階層に続く階段の場所まで露店はずらりと並んでおり、この階層に関しては地図なしでも迷わないレベルだ。


「ホネツキ ツキ ニク!! ヤスイ デスヨ!!」


「ギィ!! ギィギィ!」


 ゴブリンや四足の魔物たちが布の上に置いた商品をアピールしてくる。

 バングに事前に注意されているのか、店を離れて取り囲まれることがないのが救いだ。


(持ち合わせはあまりないんだけどな……)


 わたしの貯金は村に置きっぱなしで、ダインからもらった金貨銀貨を携帯しているだけだ。


「まおうさま~~!! こちらのはなはいかがですか~?」


 見ると小さな人の子どもまで花を売っていた。

 わたしはその姿に妹のベルタを重ねてしまい、思わず店に近付いてしまった。


「それでは、1輪だけもらおうかな……」


「あ、ありがとうございます!!」


 ギザギザの歯を全開にして喜ぶ少女。

 それを受けて、周りの露店の魔物たちもアピール声をますます大きくする。

 わたしは仕方がないので、金の許す限り露店から買い物をしていくことにした。


 最後におあつらえ向きに売っていた大きなバッグを買ってそれに商品を詰めた。

 わたしは地下階層の住民たちの喜ぶ声を背に受けながら、地下第2階層の階段を下りていく。


(きっと、ジャグナロでもこうしたんだろうな……)


 階段を下りるにつれ、光石の恩恵が減り、周囲は薄暗くなっていった。


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