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第11話 終わらない悪夢

 ダインはその晩、悪夢にうなされていた。


 彼にとってそれは珍しいことではない。

 そのせいで妻子を失って以来6年間、彼は眠ることを恐れていた。

 この日も夢の中で、ジャグナロが鉱石となりアロウが死んだ後の、無人となった首都をさ迷い続ける。


(まだ間に合ったかもしれない……)


 夢ではまだ、二人が生き残っている可能性を模索していた。


「ゲルタ、どこだあああああ! クリスううううう!」


 大声で名前を呼びながら、廃墟と化した町を歩く。

 ふと、見覚えのある青い服の一部が視界の端に映る。

 崩れた家の隙間に1人の4歳ほどの子どもが膝を抱えていた。


「こんなところにいたのか……」


 息子――クリスの背中を預けている壁はやたら丈夫で壊れていない。

 執務室のような魔法を拒む防壁があったおかげだったのだろうと、当時には持たない知識で希望を創り出す。


「うわーーっ」


 クリスはダインの姿を見ると泣きついてきた。

 ダインはそれを抱きしめながら、両目を涙を溢れさせた。


「もう、本当に……どうにもならないと思った……」


 しかし、そんな安心も束の間、足元の床が崩れ去る。

 浮遊感、クリスの小さな体が手を離れて遠ざかる。


「クリスうううううううううう!!」


 自らも暗闇に落ちていく中、ダインは懸命に手を伸ばした。

 体はどこまでも落ちていく。

 風の音が聞こえ、冷たい空気が肌を撫でる。


「これは……夢じゃないな!!」


 その瞬間、ダインは目を開いて覚醒した。



              ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 気づくと自分の体と身を預けていたベッドが中を舞っている。

 四方は壁。はるか下方へと続く一本道。


「落とし穴か……バングだな……!」


 ダインは即座に状況を理解した。

 『迷宮の支配者(ダンジョンマスター)』の力で迷宮を変化させ、自室から地下階層まで一気に落とそうとしたのだろう。

 ダインは『転移術』を使い上空を目指す。

 ……が、それは即座に蓋をしてくる迷宮の壁に阻まれた。


(執務室の壁と違い完全に魔力が遮断できる訳では無いだろう……)


 ダインは自分の体を対象とする『転移術』ならば、ほぼ無制限に詠唱なし且つ魔力の消費なしで使用できる。

 ただしそれは、すでに移動先の空間が把握できていた場合に限る。


(この一瞬で壁抜けするのは……移動先の空間を把握する前に飛ぶのは博打が過ぎる)


 『転移術』は移動先の状態の魔力を飛ばして調べる“空間把握”と、その空間との“転移”をほぼ同時に行うものだが、その速度や精度は精神状態や体力に依存する。

 今のコンディションは最悪と言っていいだろう。

 そのうえ、今は落下の勢いがついている。

 転移直後に壁や地面に叩きつけられたら、次の『転移術』を使うまでもなく死亡しかねない。

 ダインは『転移術』による打開を諦めて、詠唱しながら着地の準備を始めた。


「ルドラ・フェザー・ユルルングル!!」


 下方から吹き上げる突風が、軽減しきれないダインの落下の勢いを殺す。

 最後に『転移術』で体勢を立て直して、薄暗い通路に着地する。

 当然、その階層の天井はすぐに壁で蓋をされた。


(ここは地下の第何階層だ……?)


 バングが構造を操作できるのは地上階層までだと聞いていたが、どうやらブラフだったらしい。


(地下の市場がある様子も住民がいる様子もない。何より光石が少なくて暗すぎる。少なくとも地下の第2階層より下だろう)


 ダインは状況を分析しながら、呼吸を整えた。


(さて、どうしたものか……)


 試しに“転移”前の“空間把握”のみを魔力を飛ばして行う。

 無数の防壁、迷宮に住む魔物発する魔力などのノイズに阻まれ、ダインの飛ばした魔力は数10メートルで霧散した。

 しかも嫌がらせのように、迷宮の構造がせわしなく変化する。

 ダインの『転移術』と無数の防壁に阻まれた迷宮の相性はあまりに悪かった。


(これでは……とても自分のいる正確な位置の把握なんてできない。一気に迷宮の外まで転移するなんて到底不可能だ)


 バングが自由に迷宮の構造を弄れるなら、上に続く階段を探したところで無意味、あるいは階段だけを消されれば永久に迷宮をさ迷うことになる。

 『転移術』を使って上手く天井を抜けれても、それを認知されてまた落とされては意味が無い。


(地下階層からも地上に出れる抜け道があったはずだ)


 『迷宮都市』は山の外殻を利用して作られたものだが、その後に利便性を求めていくつもの出入り口が人工的に作られてきた。

 それはバングたち管理者が作ったものから、第三者が勝手に作ったものまで様々だ。


(バングの支配が及ばないこの階層か、もっと下の階層を探索して抜け道を探す方が懸命か……?)


 ダインは魔法で空中に小さな火を灯し、迷宮を進み始めることにした。

 心臓がバクバクと音を立てている。

 ダインはバングの大胆過ぎる暗殺よりも、悪夢の内容に動揺していた。


(6年前のあの日、スノウィ・ヒルにはアロウ以外に死体の1つもなかった……)


 その事実がダインにありもしない希望を持たせては、その心を何度も突き刺した。


(まだ、あの日の出来事すら私には何も分かっていない……)


 目元に残っていた涙を拭う。

 今にも崩れそうな心をツギハギの理由で取り繕う。


「私はまだ……死ぬ訳にはいかない……」


 薄暗い迷宮をダインはひたすらに歩き続けた。

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