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第10話 バング・バンデルの歓迎

 『迷宮都市』のある巨大な岩山の前には、『大樹海』の木々を切り開いて作られた幅の広い街道がある。

 わたしたちの馬車は数キロ手前にある町(『迷宮都市』に物資を運ぶ交易地)を素通りして、山の麓へと向かった。

 道はよく整備されており、歩いて町から『迷宮都市』へ向かう人や魔物たちの姿、彼らをターゲットにする露店も見えた。


 見晴らしのいい魔王国側の『正門』には、ゴブリンを始めとするモンスターの一団が整列して待っていた。

 その先頭には当然、魔王国幹部かつ『迷宮都市』の領主であるバングがいる。


「出迎えご苦労だ。バングよ」


 馬車から降りたわたしの言葉に、バングは深々と頭を下げた。


「有り難きお言葉。ストロベルはご無礼を働きませんでしたか?」


「もちろんだ。彼は迷宮のことをよく教えてくれた」


「左様でございますか。ストロベル、ご苦労だった。さて、地上第3階層に部屋を用意しております。迷宮の査察はその後にでもごゆっくりと……」


「…………」


 わたしは内心冷や汗をかいた。

 ストロベルには労いの言葉を入れるのに、同じ幹部であるダインには挨拶の一つもない。


「おっと、ダイン。お前の部屋は地上第2階層だが文句はないな」


 わたしの沈黙を受け、バングも取ってつけたようにそう言った。


「ええ、もちろん。移動前に、出迎えてくれた差し入れを兵士たちに振る舞いたいんですが、構いませんね?」


「差し入れ、だ? お前、オレの部下に……」


 バングは何かを言いかけて、ストロベルがそそくさと動き始めているのに気付いた。


「ま、まさか!?」


「ストロベル特性のスイーツです。日持ちしないので、この日のうちに食べてもらいたいんですが……何か問題でも?」


 ストロベルは後方にある馬車の荷台から、大量のカップケーキを取り出した。

 氷を入れた箱に入れていたため、しっかりと冷えている。

 それを見た兵士たちから歓声が上がる。


 ストロベルの評判は出身地の大迷宮ともなると知らないものはいないようだ。


「ぐっ……も、もちろん喜んで頂こう。……か、感謝する」


 バングの反応にダインは満面の笑みで答えた。


「滞在予定の5日間。ご要望があれば、1日3食、ストロベルには料理を振る舞う準備が出来ています」



「「うおおおおおおおおお!!」」



 湧き上がる大歓声。

 バングはそれを面白くなさそうに眺めていた。

 ストロベルは各兵士の種族にあったカップケーキを配る。

 バングには一際大きなものを献上し、2人の間の一触即発の空気はとりあえず収まったようだ。



             ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



 わたしはバングに連れられて、『迷宮都市』の外壁――つまり岩山に作られた階段を登り始めた。

 この岩山も昔は崇められ、名前もあるが、今では『迷宮都市』を構成する要素としてしか認識されていない。


 ダインから聞いていて、この迷宮の構造は分かっている。

 『迷宮都市』は全10階層あり、地上階層5層、地下階層が5層存在する。

 地上第1階層は商業都市のようになっており、様々な地域から物品が集まる。

 魔王国側、帝国側両方に関所が設けられており、『迷宮都市』の入場には一部の業者を除いて金銭か物品を納める必要がある。

 帝国の国民は例外を除いて、正規での魔王国側の関所は抜けられない。


 地下階層がいわゆるダンジョンとなっており、魔王国への抜け道や財宝の用意された宝物庫がある。

 バングは各所の宝物庫の中身を、定期的に部下に補充させている(もちろん赤字が出ない程度に)。

 帝国側からは宝物庫を目指して、入場する者たちが後を絶たない。

 実際、宝物庫の中には普通に稼ごうとしたら年単位で掛かるような金品があることもあるが、その大半が入場料として集められたものである。


 一方、地上第2階層から上は居住区となっている。

 魔王国側からは直接入れる道が作られている。地上第2階層は一般兵士、第3階層はVIPルーム。第4層から上は菜園や放牧のための農場だ。


(『迷宮都市』とはよくいったものだ……)


 わたしは自分の登っている山の内側で、人々が生活していると思うと不思議な気持ちになった。

 『迷宮都市』の内も外も、独自の経済圏を形成している。


 外部からの入口はそれなりの標高の場所にあったが、バングの部下である巨大なトロールが車を引いてくれた。


「それでは、私たちはここで……」


 山道の途中、第2階層居住区の入口で、わたしはダインやストロベルと分かれた。

 ダンジョン探索までは別行動になる。

 車にはわたしとバングだけが残り、そのまま第3階層のVIP居住区に着いた。


 迷宮内に入ると、そこは思ったよりも道幅も広く、整然としていて迷宮という印象は全く受けなかった。

 通路には魔力を吸収して光る鉱石(通称“光石”)が設置してあり、十分な明るさが確保されている。

 

「こちらです。以前より使われていたという部屋をこちらでより快適にしておきました」


 しばらく歩き、両開きの扉の前でバングが立ち止まった。

 中に入ると、そこは高級ホテルの一室のようで、魔王城の執務室・自室以上の豪華さだった。


「食事は後でお持ちしますが、その前にお話してもよろしいでしょうか?」


「構わないぞ……。オレもそろそろ幹部達とは1対1で話したいと思っていた頃合いだ」


「ありがとうございます」


 わたしは情報収集も兼ねて、バングとの対談に望んだ。

 部屋にある大理石のテーブルを挟んで座り、向かい合う。


「それにしても、こうして1対1でお話するのは初めてですな」


「そうだな……」


「魔王城で何度か機会を伺ったのですが、あのダインが常に近くにいたため……」


 それはそうだろう。

 ボロを出させないため、復活後の2日間はとくにダインはわたしについて離れなかった。


「まあ、父親の代からそうだったとは聞いていたので、今更なのですが……」


「あいつも心配性でな。ところで、バングはどうしてダインを嫌うのだ? いや、咎めるつもりはないんだが、単純に疑問に思ってな」


 わたしはついでに敵視の理由を訊ねた。

 ダイン側とは見解の相違があるかもしれないからだ。


「そうですね……理由はいくつかありますが、それはあいつが政治においてあまりにも理想家過ぎるからです」


「ほう……続けてくれ」


 わたしは思いのほかちゃんと答えが返ってきたので、俄然興味が湧いた。


「あいつはジャグナロさまを信仰し過ぎているきらいがあります」


「それは、そうだな……」


(それは同意だ。だからこそ、あそこまで憎んでいるんだろうしな。しかし、これを言ってもいいと思われてるとは、バングは父親からの話で余程ジャグナロを信用しているらしい)


「それに潔癖です。すべての国民や国が裕福でいられることを望みながら、そのために自分の手を汚すことを極端に嫌う男です」


「必要とあれば、あいつも武力を振るうが……」


「そうですね。それはジャグナロさまが襲われた時、国が危機に陥った時……受動的で純粋な自己防衛です。理想を求めているのにも関わらず、その理想の犠牲を他者に求めている。それがわたくしのダインに対する印象です」


「なるほど……」


 わたしは思いのほか真をついていそうな見解が出てきて思わず感心した。


(理想の犠牲を他者に求めるか……)


「無意識だとは思いますがね。申し訳ありません。つまらない話を長々と……」


「いや。バングの言い分は分かった。ただ、仲良くしろとは言わんが、二人とも国の中枢を担う幹部なのだ。内紛をやるなら隠密にな」


 わたしはダインに叩き込まれたニヒルな笑みを浮かべて、そう話を締めくくった。


「……はい。ジャグナロさまのおっしゃる通りに」


「では、そろそろ、この6年間の迷宮での出来事について話してもらおうか。報告書を読んだが、あれだけでは味気ない。酒のつまみになるような面白い話もあるだろう」


 わたしは不思議とバングとコミュニケーションをもっと取ろうとしていた。

 普段と違う姿、別の人格を演じているとはいえ、こんな風にいつもなら絶対に出ない言葉が口を出ることに驚いた。

 まるで、魂の形が役の方に引っ張られているような感覚だった。


「ええ。是非、この大迷宮、話のタネにだけは困りませんからね」


「ああ。どのみち宝物庫に行くのは明日だ。いくらでも時間はある……」


 わたしとバングは大迷宮に関する話に花を咲かせた。

 『迷宮都市』の管理者という特別な職ということもあり、バングから聞けるエピソードはどれも興味深いものばかりだった。

 やがて、バングは頭を下げて部屋を去り、しばらくすると料理をもったゴブリンが部屋に来た。

 わたしは疲れていたこともあり、この日はそのまま休むことにした。


 このときのわたしは、自分がバンクに言った一言が思わぬ事態を引き起こすとは露ほども思っていなかった。

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