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第9話 地下階層の美食家

 ストロベルは子供のころ、部屋の隅で気配を消し、小さなネズミや魔物を捕食していた。


 地下第2階層。

 闇市が賑わっている地下第1階層と異なり、この階層からは本格的に魔物たちの住処となっていた。


 『迷宮都市』――とりわけその地下階層は、人間だけでなく、魔物たちにとっても生きるか死ぬかの場所であった。

 『迷宮の支配者(ダンジョンマスター)』である幹部やその部下たちは地上階層に住んでおり、そこの秩序が保たれるよう維持するのが主な役割であった。

 そのため、地下、それも個々の魔物に肩入れするようなことはなしない。

 時折、優秀な魔物がいた場合はヘッドハンティングして、自軍や魔王軍への加入を促すこともあるのだが……。


 ストロベルは体も大きくなってくると、小さな魔物では食事を賄えず、擬態の力を使って大型魔物の捕食を考える必要に駆られた。


「いや、ストロベルくんそれは甘いよ」


 ストロベルは恥を承知で知人のミミックに教えを乞いたが、思うような答えは得られなかった。


「獲物をおびき寄せるには餌だよ。この『迷宮都市』と同じさ」


 宝箱や財宝への擬態、それはミミックの擬態先の定番だった。

 けれど当然、人間の方もそれは警戒している。

 そもそも、騙せるのは人間等の一部の種族だけで、魔物たちは見向きもしない。

 ストロベルにはそれが、優れたやり方とは思えなかった。


「全ての生き物は食事をする。餌が食糧なら全ての生き物をだませるのでは?」


 それから、ストロベルは人間の落としたグルメ本を参考に、ケーキの体へと変身を遂げた。

 しかし、不思議なことに、道端にどんなに美味しそうなケーキが落ちていても誰も近づこうとはしなかった。


 ストロベルは様々なケーキを作ることにした。

 迷宮にある限られた食材で、来る日も来る日もケーキを作る。

 食材集めの過程でいつしか、狩りが上手になっていた。

 モンスターとしては最早、『擬態術』に頼る必要も、撒き餌を使う必要もないくらいに……。


 あるとき、ストロベルが試作に明け暮れていると、目を離した隙に1人の少女が突然姿を現していて、ケーキを黙々と食べていた。


「お主がこれを作ったのか?」


 桃色の髪をした10代前半くらいの少女だった。

 一方で、話し方は貫禄があり、ストロベルは思わず姿勢を正した。


「はい。どうですか?」


「まずい。少なくとも人間の味覚でこれを美味いと思うやつはおらんじゃろう」


「そ、そんな……」


 ストロベルはショックのあまりその場に膝をつく。


「でも、そうじゃな。ミミックやオークなら美味しいと感じるじゃろうな?」


「そうですよね。あっしには美味しく感じますもん」


「でも、人間や他の魔物に食べさせたいなら見た目も味もこれじゃダメじゃ。味覚の違い、嗅覚や視覚の違い……それから、文化の違い。当たり前じゃが、お主が本気で異種相手の料理を極めるなら、その違いを乗り越える必要があるぞ……」


 少女は手を広げて首を横に振りました。


「そうですよね。でも、肝心のあっしの舌はミミックなんだ……」


「それなら、儂が協力しよう」


 少女は得意げに笑いました。


「儂は下層の人間で沢山の魔物の知り合いがおるんじゃ。儂がそいつらに言って料理の味見をさせてよう」


 ストロベルはそれから、その少女を師と仰ぎ、料理の改良を行っていった。

 次第にストロベルは他種族の理解を深めた結果、自らの『擬態術』の腕も上昇し、味覚を他種族にチューニングする能力まで身に着けた。



              ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



「――それから数年で、あっしは地下の第1階層で店を持てるようになりました。あとはご存知の通りです」


 ストロベルの話が終わっても、ダインはしばらく顎に手を当てて考えていた。

 仕方ないのでわたしが会話を進める。


「地下にも様々なコミュニティが広がっているんだな。それと、ストロベル。お前は途方もない努力を積み重ねたんだな……」


 実際、この話を聞いてストロベルへの見方が変わった。

 初見はふざけたホールケーキだと思っていたが、食に対する執念は並々ならないものがある。

 同時に、ダインがなぜ彼をヘッドハンティングしたのか納得がいった。

 ストロベルの『擬態術』はわたしの『変身術』と性質が近い。

 場合によっては、ストロベルがジャグナロを演じていた可能性もあったのかもしれない。


「いえいえ。すべては幸運のおかげです。とくに師匠やダイン様との出会いがなければ、今でもあっしは的はずれな努力を続けていたでしょう」


「……興味深い話をありがとうございます」


 静聴していたダインがおもむろに口を開いた。


「その少女が所属していたコミュニティはおそらく、地下階層の3大勢力の1つ。巨大蜘蛛シュピネモのグループでしょう」


「3大勢力か……」


 前日の予習で地下階層の魔物たちにも派閥があることは聞いていた。


「シュピネモはそのおぞましい見た目とは裏腹に、多くの外れ者たちを種族に関係なく、自分の縄張りに導いているときいています」


「あっしは地下の勢力争いにはあまり興味がありませんでしたが、言われてみれば、なんかいろんな種族が仲良くしてる空間があった気がします」


「その少女はあなたの師を引き受ける傍らで、そのコミュニティの仲間に食料を分配してたのでしょう」


 わたしはその話を聞いて、なぜか首都スノウィ・ヒルのことを思い出した。

 あの首都もあらゆる種族が共存して賑わっていた。


 首都の方針が滅びる前、つまりジャグナロのころから変わっていないのなら……。


 もしかしたら、ジャグナロは地下のコミュニティをどこかで知り参考にしたのかもしれない。

 そんな風に思った。


「私たちとしてはシュピネモの勢力が大部分を支配してくれていた方が、攻略は大分楽になるでしょう」


「そうなのか?」


「はい。残る3大勢力のうち、地竜アバンダのグループは獰猛な者たちの集まり、巨大蝙蝠ペンデルのグループは盗賊と組んで狩りを行っていると聞いてます」


(前評判を聞く限りでは、その2つのグループの方が勢力は伸ばしていそうだがな……)


 わたしはダインの希望的観測には否定的だった。

 シュピネモ自身の実力にもよるだろうが、単純な暴力と狡猾な計略の前では、はぐれ者たちのコミュニティはいささか決定力に欠けるように思える。


 そんなことを話しているうちにも、馬車は進み続けていた。

 荒野を越え、川に架けられた橋を越え、その名の通り生みのような『大樹海』と、それに囲まれた『迷宮都市』のある巨大な山の麓が近づいてきていた。


「さて、見えてきましたネェ……」


 ストロベルが久しぶりの故郷を感慨深げに見つめた。


「ああ……ようやくだな」


 直径数10キロにも渡る巨大な1つの山。

 荒々しい岩肌には緑はほとんどなく、周囲には翼を生やした巨大な魔物が飛んでいる。

 この山の内部が人工物で埋められてるとは、傍目には想像もつかない。


 わたしはこの畏怖さえ覚える『迷宮都市』の佇まいを見て、いよいよ、ジャグナロ抹殺のための戦いが始まるのだと実感した。


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