6話 いつかこの日、黒歴史となる
昼休みが終了するのは何時ぐらいだったか。 二時間目から四時間目までサボったようなものなので、なんとか五時間目からは普通にモブらしく目立たないように授業を受けたい。
その為に、成長期である男子高校生はきちんと栄養を摂り、午後からの過酷な授業に備えなくてはいけない。 次の科目何か知らねぇけど。
――だからな、チャラ男。 早く教室戻ろうぜ。
昼の時間で真上近くにあるはずのお日様は、この小汚い屋上だけは全くもって照らしてくれない。 未だ四月で若干肌寒い気もしてくるし、チャラ男と二人きりということも相まって機嫌が頗る悪い。 お腹空いたしな。
「腹割って話そうぜ」
「教室戻りませんか」
「よし、腹割って話そうぜ」
「空腹で授業受けるのは良くないですよね。 お腹空きません? 」
「――腹割って、話そうぜ! 」
「殴っていいか? 」
ループしちゃうの何なの? お前の望む返答をするまで終わらないの、 俺様ルールなの?
俺達の居る屋上、陽の光は当たらないのに微妙に肌寒い風が強く吹いている。 奴の茶色い髪はパーマがかっているのか、ふよふよと揺れてる様が愉快だ。 やはり直毛男子よな。 知らんけど。
――高校では一モブ生徒として何も目立たず、関わらず、「山田 政宗? ……あー、クラスに居る奴か」 程度の認知度を誇るモブの中のモブになるはずだったのだ。
なのに、クラスメイトは個性爆発してる奴が多数存在する。 隣の席の奴はグイグイ関わってくるし、松なんとかさん可愛いし、ドMの変態はギャルグループに今日も「き、昨日の……! 昨日の、もう一度お願いするでござる」とかなんとかいってめちゃくちゃ引かれてたし、チャラ男うぜぇし、チャラ男がうぜぇしで、本当に最悪だ。
それに加えて会話成立しないナルシストも不良も居るのだ。 やばいな。 まじやばい。 松なんとかさんは可愛いけど。 ……後ちょっとで名前覚えられそうなんだけどなぁ。
「それで、 結局どうしたいんだ。 てめぇ」
「おっ、 やっと心開いてくれたん? 遅すぎるぜ親友! 」
「誰が親友だ。 二度と言うな」
少し素を出したらこうして調子に乗り出す。 だからチャラ男のようなタイプには絶対バレたくなかった。 強く否定する。 断固否定する。 そんな俺の態度に少し肩を竦める程度で、全く気にしてない様な態度に、やはり腹が立つ。
チャラ男が顎に手を当て、じっとこちらを見つめる。 何かを探るように観察してるように見えるが、特に意味なく見てるだけなのかもしれない。 「ふーむふむふむ」なんてあざとさ出しながら言ってもキモイだけだぜ。
「キモイぞお前」
「ド直球かよ!? オブラート知らんの?」
「控えめに言って、気色悪い」
「それ使えばオブラートに包めるわけじゃねーよ」
「チャラ男が言ったんだろ。 素で話せと」
「やっぱり、チャラ男って俺のことかよ……」
お前以外に誰が居るんだ。
チャラ男の思ってた反応じゃなかったのか、俺の口撃が思いのほか効いたのか知らんが、この程度まだまだ弱いジャブのようなもの。 こんなに早く本性を見抜かれるとは思っていなかったが、 見抜かれているのなら隠そうとするだけでストレス。
「俺は目立つのが嫌いだ。 だが、クラスの奴らは癖の強い奴ばかり」
「お前を含めてだろー? 」
「目の前にも居たな、本当にイラつくぜ」
「わーぉ強烈ー。 ……俺、かぁ〜」
本性を隠す必要が無いのなら、こんなムカつく奴の前で下手に出る理由もない。 俺より僕のほうが親しみやすいらしいが、別に親しくなりたくないし一石二鳥だな、フッフッフ。
「――そっちの方がいいよ。 カッコイイぜ」
「……は? 」
ニヤつくでも、女子に向ける爽やかな笑顔でもなく、こちらに寄り添うかのように、そっと触れるかのように優しさがある不思議な表情。 ……誰かに似てる、知ってる笑顔。
「目立ちたくない。 それに、今から変えたら逆に目立つだろ」
「もう充分目立ってんじゃんか、今更っしょ」
「だからこれ以上は嫌だつってんだろボケ」
「口わっるー」
ケラケラ笑うな死ね。 昨日今日でよく笑う奴だってことは知ったが、何がそんなに面白いのかが分からない。
「いやー、友達のやり取りみたいになってきたな」
「どこがだよ」
「そういうとこっしょ。 最高に楽しくなってきたなー」
俺は最低な気分だ。 相変わらず目の前の奴は楽しそうに肩を震わせているし、陽の光は当たらず風が寒いしで、それは俺の顔にも出ているはずなのにそれを込みで楽しんでる感じの愉快犯。 性格悪いチャラ男め。
「もういいだろう。 いい加減、話を進めろよ」
「進めるって? 」
――狸め。 まだ惚けるのか。 素で話せだ腹割って話そうだなんだと言っておきながら、こいつは変わらず本性を見せない。 間違いなくチャラ男も何かしら望む生活があってそういう仮面を被るようになったのだろう。
「ムカつくことに、俺とお前は似ている」
「気が合うもんな! 」
無視しろ無視。 ――昨日の夜、松なんとかさんとの電話の後直ぐにベッドの横になったが、一日の振り返りをしている時に疑問に感じることがあった。
「お前、昨日初めて話した時から俺に何かしていたな? 」
「……およ?」
『おっ、めっちゃ可愛いじゃん狙っちゃおっかな〜どうする狙っちゃう? 』
高校入学したてで、一度も交流のない相手と初めてする会話がこれだ。 今思えば、あの時から視線から感情まで誘導されていたのかもしれない。
積極性があり、誰にでも明るく、可愛くて優しい。 視るだけで善人で人気者の器だと誰もが納得する彼女に視線を誘導することがそもそもの目的だった。
「松、松……えー、 」
「……松原ちゃん? 」
「それだ」
「俺はともかく、松原ちゃんの名前すら覚えてねぇの? 」
チャラ男が口を開けて引いたようにこちらを見るが、そんなアホ面見たところで俺はなんとも思わねぇし、 ばーかばーか。
「そんなことはいい、 とにかくだ」
「普通に失礼だと思う 」とおちゃらけていない、真剣な口調で言われると、流石に少し松なんとかさんに罪悪感があるが、 覚えられないんだからしょうがないよね、姉さん! (クズの極み)
「お前は彼女という目立つ者に視線を集め、俺がどのような反応をするか観察していた。ただ見惚れるだけか、 近づこうと行動に移すか。 ……それとも、裏を探るか」
「――へぇ」
ビンゴのようだな。 今までの巫山戯るようなニヤケではない。 目で睨みつけるかのように、観察するように鋭くさせ、続きを促すように傾聴の姿勢を持つ。
「彼女の本心がどうかは知らねぇが、 荒波立てないように、誰に対しても一貫して態度を変えず、笑顔を絶やさない。 とにかく嫌われないように、 相手の望む姿で居られる様に」
「概ね、同意見だなー」
「……まあ、今はそんなことどうでもいいか」
「ウケる 」
ここまで分析しておいてどうでもいいとは何事だと思うかもしれない。 でも本当にこれらの情報はついでだから仕方がない。
当然、この推察が合ってるかどうかもどうでもよく、意見が合致してようと関係ない。 問題は、チャラ男から俺への印象の捉え方。
業腹だが、似た者同士ということで、俺の表情から微妙な違いを読み取って目をつけられてしまったのだと思う。 しかし今はともかく、普段は無表情を貫けているはずなのに何故変化に気づけたのだろうか。
認めたくはないが、俺よりも一段と優れた目を持っているようだ。 認めたくはないけど。
「そして、決定的だったのは派手男の行動の後だ」
「派手男って……竜胆のことかぁ? 」
どうでもいいだろ。 そんな、可哀想な奴を見るかのように憐憫垂れた目を向けるなよ。 自分でもセンス無いとは思うから目を逸らしてしまうじゃないか。 咳してごまかす。
「お前はクラス間の衝突、というより、あの二人に目を向けずに俺に伝えたのはクラスの女子に対する賞賛の言葉だった」
「え、あ、うん」
「つまりだ」
こんなに長く話したのは久しぶりな為、少し気分が異常だ。 変に高揚している。 腹減りすぎて、 変な奴等に絡まれてストレスになっていたのか、口が止まらないな。
「顔面偏差値が高いだの体つきがどうのこうのと、思春期の男子高校生間で盛り上がりそうなことを言う。 そして俺の視線を随所に移らせ、あわよくば好みを知り、油断させる。 ――俺の弱点を知るために」
「ほー……」
いずれ俺が気に入りそうな女を使ってハニートラップでも仕掛けるつもりだったに違いない。 見た目通りの軽薄さに惑わされてはならない。 あいつは危険だ。
――視線誘導、油断を誘うコミュ力、俺以上の観察力。
それに加えて外面は良く、男女共に人気ある陽キャ。
「知り合って間も無いため油断した。 俺の鉄仮面だったはずの無表情から微妙な変化に反応し、読み取るとはな」
「ほ? 」
「確かに、俺は目立つのが嫌いだ。 それに根負けしただけとはいえ、 お前に俺の本性は知られている。 周囲に性格を偽り、 素がこんなのだからな」
「まあ、皆驚くとは思うなー」
「だが、 お前の手駒になるつもりなんてない。 ましてや、他人を嘲笑い、平気で裏切るクズ共の玩具になるくらいなら、死んだ方がマシだ」
「……? 」
嘘だろ、まだ惚けるのか? 何が足りないのだろうか。 既に俺より能力が高いことは理解している為、背筋が凍るかの不気味さを感じる。 ――そもそも、俺は何を言っている? なんで俺はこんなにも焦っている? 不安になっている? 理解ができない。
「違うのか? お前には何かしらやり遂げたいことがあり、 それには出来る限りの協力者が必要だった。 故に高校入って直ぐという、お互いを知らないからこそ、 自身のコミュニケーション能力を活かし、 油断を誘って相手の隙をつく」
「……おー」
「他人の弱点を知る者は強く、 知られた者は相手の弱みを掴まない限り平等にはなれない。 学校を卒業するまでか、もしかしたら、それから先の人生もそいつ、そいつらの言いなりとなるかもしれない」
まずい、これはまずい。 ……嫌な事を思い出した。
ふと、忘れたい過去が、次々と走馬灯のように頭に浮かび出す。
「――反吐が出る」
感情が揺れる。
「誰もが思い通りに動く傀儡になるとは思わないことだ」
心がざわつく。
「人の弱みを握るのがそんなに楽しいのか」
「何が楽しい。 何で笑えるんだ」
――違う、こんなことを言いたかった訳じゃない。 何故こんな話してるんだ俺は。 何を視てる? 誰を視てる? 目の前に居る奴は誰だ。 ……チャラ男、何をそんなに困惑してんだ。 何かおかしいところがあったのだろうか。
「何もしてあげられなかった。 何も選ばなかった」
駄目だ、頭が上手く回らない。 言いたいことが分からなくなってきた。 寒いのか、体が震えている。
「謝りたい」
『――僕と、お友達になってください』
「やり直したい」
『……俺達、親友だろ? 』
親友と、親友だった奴を思い浮かべる。
過去、彼奴等に出会わなければあんなことにはならなかった。 知らなくてよかったことを知ってしまった。
こんな半端な人間にならずに済んだ。
モブになろうとなんてしなかった。 ありのままの姿でいればずっと平凡で、平和な世界で、小さな夢を、目標を、幸せを掴む為に一生懸命生きていけたのかもしれない。 ――今となっては、夢物語でしかない。
高校に入って直ぐだというのに、次から次へと問題が起きる。 全部俺の周りで起こるのは何故なのか。 あの時、全てから逃げ出したからか? 裏切られ、裏切った。 因果応報で、自業自得。
「俺、は……俺という人間は――」
「お、おい落ち着けって! なんか色々と誤解が……っ!? 」
息を呑む音がはっきりと聞こえる。 だから何をそんなに驚いている。 誤解ってなんだ。 ……あぁ、勘違いならあるさ。 俺はお前が思うような面白みのある人間じゃない。 全部半端で、面倒事から逃げたいだけでしかない。 間違いだらけの人生。
だから――
「あの時、死んでおけばよかったんだ」
右目から流れるこの涙も、何かの間違いなんだ。
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