3話 んー、弱いねぇ
山田家の朝は早い。 午前七時にスマホでセットされた目覚ましアプリのアラームが鳴り響き、それを止める。 その時既に俺は洗面所で顔を洗い、寝癖を直し、朝のゲームもこなし、なんなら制服にだって着替え終わっている。
それなのに何故七時にアラームを設定しているかといえば、本来なら俺は七時に起きたいからである。
しかし残念なことに、俺は六時前後には凶暴な姉によって起こされてしまうのだ。 抵抗すればするほど、起こし方も乱暴になる鬼姉が俺を早く起こす理由は至ってシンプル。
「――私が起きてる。 貴様も起きろ、愚弟」
――最悪である。 自分が早く起きて生徒会や部活動という責められない、とても立派で真面目な理由で早起きして身なりを整える必要があるからといって、別に早起きしなくてもいい俺をわざわざ嫌がらせで起こしてくるとんでもない姉上なのだ。
もう一度言う、最悪である。
山田 愛子、高校二年生。
容姿端麗、文武両道、頭脳明晰と、性格が悪いことを除けば俺と似ても似つかない程の自慢できるお姉様だが、性格が悪いからプラマイ的には圧倒的にマイナスである。
俺と違って本当に性格悪いからな。
しかし俺は弟だ。 姉にはどうやっても勝てないのが世の常。 ならばせめてもの抵抗ということであえて七時にアラームを設定することで本当はこの時間に起きればいいんだよ、と無言の抵抗を見せつけることにしているのだ。
――結局姉は全然気にしないし、朝うるさくするとぶん殴られるしで全くもって役に立っていないから、自分で自分を慰めるしかない。
本当に無駄なことをやってるなって自分でも思う。 でも辞めない。 俺は絶対姉に屈しない。 いつか必ずギャフンと言わせてやるのだ。 正義は勝つ!
「早く飯食え、私は先に家出るから戸締りちゃんとするのよ」
「へーい」
恐らく母親が作り置きした物を温め直した朝食に手をつけながら適当に返事をする。 父は単身赴任中で、母は日によって家に居たり居なかったりでいつもなんか忙しない。 今日は朝まで仕事ですかね。
そして姉はさっさと学校行けバーカバーカ。 姉が出てけば家には俺一人。レッツパーリータイムだぜ。
「ちゃんと分かってるのよね」
「ういうい。 わーっておりやーす」
「――は?」
「勿論ですお姉様」
「よろしい、いい子ね」
凍えるような冷たい声に思わず平伏するかのように頭を下げる。 姉の手によってゆっくりと頭を撫でられるこの光景は、姉弟の仲睦まじいとは程遠く、ご主人様とペットの様である。
「行ってきます」
「行ってらしゃいませ」
……いつか、勝てるといいなぁ。
☆☆☆
――普通ってなんですか。
特に変わっていないもの、ありふれたもの。 それらって、結局なんなんでしょうか。 山田 政宗って名前は普通なのか。 俺の身長体重は普通なのか。 俺の学力は…… 普通ではないな。(これだけは自信ある)
家から学校まで歩きでおよそ十分程度。 辺り一帯が高層ビルやマンションばかりで緑豊かな自然なんて無いに等しい登校ルート。
人も自動車も密集する都会特有の空気が漂うようで息が詰まりそうになる中を俺達学生は歩かなければならない。
正直、普通とは何か、などという馬鹿馬鹿しいことでも考えていないと頭がおかしくなりそうだ。 馬鹿だけに。
近くの最寄り駅が一日の乗降者数だか何かでギネス認定されたこともあって、本当に人口密度がやばいからなー……等と考えてる合間に学校に到着した。 ――さて、今日もモブ活しようか。
「そこのキミ」
「ん」
時刻的にそろそろ予鈴五分前となり、少し早歩きで校舎に入る生徒がチラホラといる中、俺の真後ろから聞き覚えのある声がする。 一瞬視線をやるが、きっと俺ではないだろう。 さっさと教室に向かおう。 まさかモブの俺に声をかけるなんてな、ありえんな、あはははは。
「キミだよ、 キミ」
「僕ですか」
……俺だったかぁ。 元々無表情の顔に、死んだような目が追加された。
――因みに、家ではともかく、外ではあえて一人称を僕にしている。 本当に些細なことではあるが、俺より僕のほうがなんか……なんか、弱そうだろ?(適当)
それはさておき、この無駄に自身溢れる堂々とした声の持ち主は……えー、名前忘れたから坊ちゃんでいいよな。 うん、お金持ちの坊ちゃんだ。 お金持ちらしく、身なりは綺麗に整えられ、シワ一つ無い制服はどこか眩しく見える。 毎日クリーニングしてアイロンがけとか色々してもらってるのかな。 洗いすぎて色落ちとかすればいいのに。
「確か、同じクラスだったろう」
「あ」
「光栄に思うがいい。 この僕に、覇導家長男である、この僕に存在を認知されていることに」
「あ」
「フフフ、サインでもあげようか」
「あ」
「やれやれ。 ただ、此処に、立っているだけで脚光を浴びてしまうこの僕は本当に罪深いな」
「あ」
「鬼になんとやらとは、このことさ」
自信満々に胸張って何言ってんだこいつうっっぜ。さっきから俺、「あ」しか言えとらんがな。 全然話し聞かねぇし、まるで、世界が自分を中心に回ってると思ってるが如くの早口。 ナルシスト坊ちゃんかよ。 どこの王様、スーパースターなの? 周囲の奇異の目が気にならないのかこいつ。
「まあ、とにかくだ。 ――ほら」
「ん?」
「だからさ。 ――ほら」
俺の目の前に差し出されたのはスクールバッグ。 自分の右手に持つのもスクールバッグ。 これは俺のだ。
「ほら」
つまり、目の前にあるのは坊ちゃんのスクールバッグ。
――何故こいつは、変な奴を見るかのように、呆けた表情をするのだろう。
「成程、凡人にはコレも理解出来ないのか」
「え」
「――持つがいい」
――死ねばいい。
なんて偉そうな奴なんだろうか。 いや、しかしこれだけ堂々とされると一周回ってかっこいいのか……?
「僕が?」
頷く。
「それを」
頷く。
「持てと」
「当然だろう」
当然なのか。 チラッと後方の校門付近に止まっている高級車 (リムジンかな)を見たところ、この坊ちゃんは名に恥じない通り毎回何処に行くにも迎車運転手付きの贅沢移動なのだろう。 羨ましい限りだ。
……それはつまり、こいつは家から学校までほとんど手ぶらで移動してたってことだよな。 どうせ車の中で足組んで鏡見て髪のセットしてたり顔見てたりのんびり紅茶飲んでたりと、優雅な時を過ごしたことだろう。
「無駄に重い」
「はい」
「疲れるではないか」
「はい」
「だから持て」
サッカーしようぜ。 お前ボールな。
☆☆☆☆
「なんでバッグ二個背負ってたん?」
黙れチャラ男。
結局、反論する気にもなれずに争いを嫌う日本人の弱点を突かれる形となって重いバッグを両肩に背負って登校しましたとさ。 ノー、と言える勇気が欲しいものだけど、よく考えると脇役の在り方としては正しい行動であると認めざるを得ない。
……ま、まさか、モブ校生代表を目指す俺の為にあんなことを……ッ!?
しかしあの状態を客観視してみると、両肩にスクールバッグを二個背負ってる変な奴だ。 ――坊ちゃんはいつか泣かす。 俺はあの伝説の戦国大名、【独眼竜】伊達 政宗と同じ名を持つ者だぞ。 俺は偉いんだ凄いんだ!
同じ名前を持つだけだがな! ふひひ、さーせん。
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