たずねびと【Alith_Link】
自創作掌編。
双子とヴォルグ。遊ぶはなし。
「……どこに行ったのかしら、あの子」
周囲を用心深く見回した後、しかめつらしく腕を組んでラムダは独りごちた。
王都市街の一角の立地に陣取る冒険者ギルド《黄昏の牙》の本舎は、いざその敷地内で生活するようになってみると、思いのほか広大な造りをしていることに気付かされる。日頃から内外を行き来している団員たちはまだしも、自分たち双子の感覚はといえば『関係者』として時折顔を出す程度にすぎない。今や第二の実家のような場所でもあるのだから、用途ごとの部屋の位置関係ぐらいは最低限頭に入れておく必要があるのは確かだった。
正面入口、受付、酒場、修練所、会議室、中庭、宿舎。おおよそ目星をつけた場所には一通り足を運んでみたけれど、生憎と目当ての標的は発見できずじまい。
他に心当たりは……と思案を巡らせていたラムダは、足を止めた先にある重厚な木製の扉を見上げた。──執務室。
自分と片割れに限ってはノックは不要との許可つきである。おもむろに扉を開けて室内を覗き込むと、肌に馴染んだ濃藍の気配が迎えてくれた。
「ヴォル。少しだけいい?」
「ああ」
正面の執務机に向かっている部屋の主──このギルドを束ねる頭領でもあるラムダの『父』は、机上にうず高く層をなした書類の山越しに視線をよこす。
「仕事の邪魔をしてごめんなさい」
「構わねぇ、こんなもんはただの雑務処理だ。で、どうした」
「あの子──ミューを知らない?」
鋭い眼光を帯びる金の目が訝しげに細められた。頭上の尖った狼耳がぴくりと揺れる。
「……俺のところには来てねぇな」
「そう」
「何かあったのか?」と眉を寄せるヴォルグに、こともなげに肩をすくめてみせる。
「気にしないで。大したことじゃないの、ワタシが用があって捜しているだけ」
「ならいいが」
ここも外れなら、いよいよ行き先の候補も絞られてくる。相手は巧みに気配を消して息を潜めているようだけれど、こちらとてそうそう後手にばかり回ってもいられない。
柄にもなく内心で静かに息巻き、ラムダは「あの子を見かけたら知らせて」とだけ伝えて部屋を辞する。
──待ってなさい、すぐに見つけ出してあげる。
静かに閉じられた扉の向こうで少女の足音が遠ざかっていく。やがて匂いも気配も追えなくなった頃合いを察して、ヴォルグは眉をしかめたまま髪をくしゃりと掻いた。
「行ったぞ。──いつまで奥で縮こまってんだ」
「そろそろ出てこい」と呼びかければ、男の座る椅子の正面──執務机の下の暗がりから、撫子色の頭がぴょこんと覗いた。仔猫を思わせるくりくりとした大きな蒼い瞳が愛らしく見つめてくるさまに、苦味混じりの舌打ちを落とす。
「成り行きで逃避行の片棒を担がせやがって……おかげで俺まで後でラムダに睨まれる羽目になったろうが」
「ふにゅ?」
まだ床にぺたんと座り込んでいるミューを抱き上げ、膝の上に乗せてやる。
「あり、がと。ヴォル」
「今回きりだぞ。次は強請っても匿ってやらねぇからな」
「むー……」
ふわふわの蓬髪に絡んだ埃や塵を払ってやりながら、心地よさげに胸元に背を預けてくる少女の頭を無造作に撫でる。
「それで、さっきからギルドの其処彼処で何やってんだお前らは。珍しく喧嘩か?」
雲行きが怪しいようならさすがに俺たちとて気にかかると、保護者役の相方である魔女の憂い顔が脳裏に浮かんだが、当のミューは「ううん」と首をふるふる横に振った。
「かくれんぼ!」
ラムがオニで、わたし、かくれるの。
実に無邪気に言い放ってくれる笑顔のあどけなさに、今度こそヴォルグは呆れ半分納得半分で宙を仰いだ。
「……心配するだけ無駄だったか」
「ヴォルも、いっしょにかくれる?」
「やらねぇ」
目を輝かせてこちらを振り向きかけるミューの額を軽く小突く。不意打ちにうにゅ、とかわいらしい悲鳴をあげる少女を膝に抱え直しつつ、内心低く嘆息を漏らす。
一進一退の小さな攻防に決着がつくのは、もうしばらく先らしい。