✤心の距離✤
盛誉の住んでいる普門寺と、盛誉のお母さん……玖月善女さまが住んでいるお寺は、実際のところ、少し離れている。
……けど、会いに行けない距離でもない。
会おうと思うなら、いつでも会える距離だ。
それなのに こんなにも会いに行かないとなると、実際の距離ではなくて心の距離が遠いんだろうと僕は思った。
盛誉は『忙しいから』なんて言っていたけれど、そうじゃなくて本当は怖いんだと思う。
もしもまた、拒絶でもされたらって……。
だからなのか盛誉は、玖月善女さまの所へ行き着くまでの間、信じられないほど寄り道をした。
……えぇ!? まだ決心つかないの!?
僕は呆れてしまった。
でも、……まぁ、それが少し面白くもあって、僕は黙って盛誉にしがみついて、大人しくしていた。
『にゃあ』
僕がイタズラっぽく そう鳴くと、真っ青な顔をしていた盛誉は少しハッとしたように、けれどホッと息をついて僕を見る。
「ん? どうしたの?」
って、すごく優しい顔で微笑んで。
ふふ。そしてその顔は、まるで『たった今起きました』とでも言うかのような、そんな変な顔だったんだけどね。
だけど僕は、そんな盛誉のちょっと呆けたようなその顔を見て、密かに愉しんだ。
ホント、心ここに在らずって感じで可笑しかった。
盛誉は僕が鳴くと、相変わらず『腹が空いたのか』って覗き込む。それがまた可笑しくて、でも嬉しくて、僕はわざと鳴いてみせたんだ。
そうするごとに、盛誉のコチコチに凝り固まった心も、少しずつ解れてきたように思えた。
遠回りをした分、盛誉は落ち着きを取り戻す事が出来た。
案外、良かったのかもね。道草も。
その長い道のりの間、盛誉は盛誉で僕に色んな事を教えてくれた。
『あれが畑だよ。あれが人の住む家だよ』
『あそこには、アケビの蔓が這っていて、今頃の時期になると、甘い実がなるのだよ。
子どもたちはそれを、今か今かと狙っていて、……ふふ、私も昔、兄と競って採ったものなんだよ?』
なんてね。
ふふ。でもまぁ、いっか。
僕は玖月善女さまの所へ行き着くまでの間、盛誉と一緒にいられるし、色んなものを見ることが出来たから。
そう。
初めて見る外の世界は、本当に驚くほど広かったんだ!
僕は盛誉に抱っこされていたから、自分の足で歩くよりも色んなものを たくさん見る事が出来た。
世間はものすごく広くて、色んなものがあったんだ。
僕は盛誉といた、あの普門寺の敷地しか知らない。
普門寺は、そんなに大きなお寺でもなかったから、体の小さい僕にだって、直ぐに一周出来ちゃう広さなんだけど、それでも僕には十分過ぎるほど愉しい場所だった。
走り回ることだって出来るし、池や竹林だってあって、毎日見て回っても飽きることなんてなかった。
だけど世の中は、それよりも もっともっと広かった。
たくさんの木が生えていて、道があって、家があって、それから人がいて、畑って言うところで食べ物を育てていて、そしてあの頃は、ちょうど稲刈りの時期だった。
「おお! これは普門寺の坊んさん。こン前は領主さまに、話しばしてもろて、ほんに世話になりました」
そう言って畑仕事中の村人が、ワラワラと寄って来る。
我先にと盛誉と話そうとする人たちで、すぐに身動きが取れなくなる。
もう! ますます玖月善女さまに会う時間が短くなるじゃないか!
僕はそう思って、ムスッとしたけれど、盛誉は何だか嬉しそうだった。
思い詰めていた青い顔が、ホッとしたように緩んでいく。
「おかげさまで、今年の年貢はいくらか軽うなりました」
「そぎゃんそぎゃん。
……あ、うちで柿が出来たけん、持ってっはいよ。今年はまた、えろう採れたけん」
「なーん言いよっつか、坊んさん出掛けよらすじゃなかか。柿やらやんなら邪魔んなったい。
あ、おっはな、今朝早う、あん球磨川で尺鮎(大きく太った鮎)ば釣ったけん、後で普賢寺に持っててやったい」
「はは、それは嬉しかけども、少し玉垂にも分けても良かかい?」
「あぁ、良か良か。
ほほぅ、これが噂のお猫さまかい? はー、もぞらしかね。べっぴんさんやなかと?」
「いやいや、オスだろたい?」
「……なんば言いよると? オスでん『べっぴんさん』言うて、なんが悪かと!?」
「まぁまぁまぁ……」
始終こんな調子で話が止まらない。
盛誉は間に入ったり受け答えしたりと、大忙しだった。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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