✤お経と度胸✤【玉垂目線】
僕が盛誉に拾われたその次の日。
ついに盛誉のお母さんに会えるんだと思って、僕はちょっぴりドキドキしながら、出掛けるのを待っていた。
……だけどいくら待っても、盛誉は動かない。
お寺に鎮座するお釈迦さまの前に ひざまづいて、ずーっとお経を唱えるんだ。
そう、それも何日も何日も。
「所謂諸法 如是相 如是性 如是体 如是力 如是作 如是因 如是縁 如是果 如是報 如是本末究竟等……」
え……ちょっと、お母さんはどうなったの?
……いったいいつ行く気なんだろう? と僕がいい加減、痺れを切らした頃、盛誉はのっそりと動き出した。
「……」
『……』
少し青ざめた顔を僕に向け、はぁ……と溜め息をつく。
……いやいやいや、そんなに嫌なら、行かなければいいんじゃないの!?
なんなんだろ?
盛誉のお母さんって、とてつもなく怖い……とか?
『……』
僕はそう思って、密かに心配したんだけれど、どうやらそうじゃないみたい。
盛誉は、お母さんに会いたくないわけじゃない。会いたくても、どんな風に会えばいいのか、分からないんだ。
お母さんの様子が気になって気になって仕方なくて、ひどく心配しているくせに、どうしたらいいか分からない。だから盛誉は、なにを思ったのか、僕をお母さんの代わりにして、話す練習までし始めた。
「……」
盛誉は神妙な面持ちで、僕を自分の目の高さまで持ち上げる。
そして僕の目を見つめると、ごくり……と唾を飲む。
『……み、みゃあ?』
僕はどこを見て良いのかわからなくなって、哀れな声を出す。そしてその声が合図になって、盛誉は決まって口を開いた。
「《……は、母さま?
ご機嫌はいかがでございましたでしょうか》」
『……ふ、ふにゃ……、』
……せ、盛誉? 棒読み。棒読みだから……。
僕は思わず、目を逸らす。
するとそれを見て、盛誉の肩が跳ねる。
「あ、……あの!そ、その。なんと言いえばいいのか……。
えっと、その…………」
『……』
横目でちろり……と盛誉を見れば、盛誉は俯いて黙り込んでいる。
『……』
「………………。」
要は、話が続かない。
どうしているのか心配しているのに、何を話せば良いのだろう? と、盛誉はいつも、頭を悩ませていた。
『……』
盛誉ってばホント、大丈夫なのかな?
大人のくせに、今の姿はちょっと情けない。
……いやでも、それも一つの愛嬌ではあるのかも。なにも完璧である必要なんてない。
だけど盛誉は、僕に出会ったあの日から、ウダウダ ウダウダと悩み続け、なかなかお母さんに、会いに行けなかったんだ。
──『母さまに会いに行こうか、行きまいか……』
ずっとそうやって、悩みに悩んでた。
親子って、そんなだったっけ? そんな風に、相手の出方を考えなきゃいけないような関係なの?
僕は分からなくなる。
ううん。そもそも僕には親がいないから、正直親子ってもの自体、よく分からない。
だけど、そんなに悩むもんなんだろうか?
悩んでないで、早く行けばいいのに。案外、行ってみれば、悩む必要もなかったなって、思うんじゃないかな?
『……みゃあ』
そうは思ったけれど、僕はこのとおり猫だから、励まそうにも相談に乗ろうにも、なんの役にも立たない。
役に立たないから、こうやって盛誉を見てることしか出来ない。
だから僕は、毎回毎回盛誉の読経の後に、こうやって抱き上げられて、お母さん役をする羽目になる。
僕にできることと言ったら、盛誉が何かを言った時に、出来るだけ励ますように『にゃあ!』とか『ふご』とか『ふにゃにゃにゃにゃ』って返事をするくらい。
最初は当然、僕だって、盛誉のためならって思って、頑張ったよ? だけど毎回毎回これじゃあねぇ……。
しかもいくら経っても、なかなか先に進まない。
これって、『練習』ですらないんじゃないの?
だから僕は、盛誉に付き合うのも いよいよ飽きてきて、イライラが頂点に達する……!
もう! いい加減にしてよっ!
そんなに心配する必要なんて、そもそもないんだ!
だって実のお母さんなんだろ?
盛誉を産んでくれた人なんだろ?
こうやって会話の練習してから会うような、相手じゃないんだよ!?
確かに僕は盛誉の事が好きだけれど、毎回そのお通夜みたいな どんよりした顔を目の前に、こんな訳も分からない練習に付き合うほど、僕は暇じゃないんだ!
もう、いい加減お母さんに会わせてくれてもいいだろ!?
僕を口実に、会いに行くんじゃなかったの!?
だから僕はある日、怒って盛誉を引っ掻いた。
『シャーッ!』
バリッ!
威嚇音と共に、前足を振り下ろす……!
「……!?」
僕の爪が盛誉の手を掠めると、盛誉は悲鳴を上げて、驚いたように僕を見た。
『!』
僕はと言うと、脅かすつもりで軽く引っ掻いた……はずだった。だけど違った。
爪は思っていた以上に鋭く尖っていて、少し触れただけで、盛誉の手に真っ赤な血の線を描いた。
あ、やば。強すぎた……!
気づいた時にはもう遅い。
盛誉は顔をしかめ、とても苦しそうな顔をして、僕を見る。
「ご、ごめん。……ごめん……」
……でも、先に謝ったのは、盛誉だった。
『……』
その声はまるで消え入りそうで、小さな子どもが、悲痛な悲鳴を上げて、泣いているようにも見えた。
なんで?
……なんで盛誉が謝るの!?
『……っ、』
盛誉の手に、鮮やかについたその赤い線から、玉のような血液が ぷくり……と、いくつも盛り上がる。
僕はハッとして、走り寄る。
ごめん。ごめんなさい!
こんなに強く、引っ掻くつもりなんか、なかったんだ!
『みゃあぁ……っ、』
「……?
もしかして心配、してくれているの?
ふふ。大丈夫だよ? こんなの舐めればすぐ治る」
盛誉はそう悲しそうに笑って、僕が引っ掻いた傷を舐めた。
『みゃあ……』
見上げる僕を、盛誉は撫でてくれる。
「悪かった。私がしつこかった。
……いい加減、腹を括らなくちゃね」
『……』
盛誉はそう言って、深く溜め息をついた。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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