✤昔むかしのお話です✤
時はずいぶん遡って、天正の時代(一五八〇年代)。
分かりやすく説明すると、ちょうど織田信長が本能寺の変で、明智光秀に討たれるか討たれないかといった頃の時代。
その頃玉垂は、子猫でした。
今はどうだか知らないけれど、当時黒猫と言えば【福猫】と言われ、神さまのお使いとして とても大切にされていたのです。
【暗闇でも目が見える】。
そのため、黒猫は魔除けや幸運、商売繁盛の象徴ともされていたんです。
西洋からの知識がどんどん入るようになってからは、日本古来のその考え方は廃れてしまって、とんだ悪者にされてしまいがちな黒猫さんなのですけれど、当時の黒猫は【福猫】として、とても重宝されたものなのです。
【玉垂】はそんな時代に生まれた、闇夜のように真っ黒で、夜空に輝く満月のように、キラキラと光る金色の目を持つ可愛らしい【福猫】でした。
当然、今のようにデカくはないし、二本足で立ってもいなくて、ましてや抹茶の点て方なんて知る由もない。
とても小さな小さな、黒猫だったのです。
けれど【玉垂】は、一人でした。
気づいた時には一人きりで、みゃあみゃあ お寺の影で鳴いていたのです。
ひとりぼっちで寂しくて、暗闇が怖くて震えながら鳴きました。
けれど誰かが来ると恐ろしくて、慌てて口を押さえ、ふるふると震えて息を殺したのです。
どうすればいいのか分からなくて、けれどとてもお腹がすいていて、誰かに助けて欲しくって、ただただ一人で鳴いておりました。
「おやおやどうしたの? こんなところで──」
『!』
急に掛けられたその言葉に、玉垂の体が跳ねました。
息を殺していたはずなのに、真っ暗闇の中で自分の黒い体はほとんど見えないはずなのに、それなのに、その【人】はいつの間にか音もなく自分の傍に近づいていて、優しくそっと抱きしめてくれたのです。
玉垂は驚いて見上げました。
ひどく優しい眼差しが、玉垂を見下ろしています。
『み、みゃあ……』
ぶるぶる震えながら玉垂はそれだけ言うと、その人は優しく頭を撫でてくれました。
「おや。母猫はどうしたのだ? はぐれたのか?
ふふ……まるで私のようだな」
『みゃ……』
玉垂は、その人をじっと見つめます。
その人は、年若いお坊さま……? のようです。
ほんのり薫る、お香の柔らかい匂いに、玉垂は心が和みました。
「言っておくが、私は母とはぐれた訳ではないのだぞ? そういう生まれなのだから、仕方がなかったのだ。
お前もそうなのであろ?」
『にゃ?』
首を傾げると その人は再び ふふふと笑いました。
「ちょうどよかった。そろそろ母さまに、お会いしようと思っていたところなのだ。
いったいいつぶりになるだろう?
あまりお会い出来ないものだから申し訳なくて、余計に足が遠のいてしまった」
その人は少し困った表情を見せました。
そして玉垂を見て、ふふふと愉しげに笑います。
「けれど……そう。お前がいるからな。ちょうどいい」
その人はニヤリと笑って玉垂を見る。
『み、みゃあ……?』
玉垂は嫌な予感がして、青くなりました。
だけど逃げられるわけもない。だって玉垂は、ガッシリ捕まえられていて、身動きひとつとして、取れやしないのだから。
『みゅう……っ、』
ぶるぶると震え出す玉垂に、その人は ふふふと笑いかけました。
「これこれ、そのように怯えるな。『お前を見せる』……という口実で、母さまにお会い出来ると思ったまで。危害を加えようなどとは思ってはいないからな?
可愛いお前を見れば、きっと母さまも、この不肖の息子を許してくださるだろう。
ふふ。会ったばかりなのに、お前を口実にしてすまないな。
けれどきっと、母さまはお前を見て、お喜びになろうゆえ、許せよ……?」
その人は微笑んで、そう悲しげに呟きました。
玉垂は少しホッとする。
本当は玉垂も、誰かの傍にいたかったから。
それがこの人であるなら良いなって、玉垂は少し思っていたのです。
だからその人からそう言ってもらえて、玉垂は安堵の息を吐きました。
それがあの人……盛誉と玉垂の出会いだったのです。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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