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琥珀糖に舞う、金桂と紫子さん。  作者: YUQARI
第十章 終わらない、僕の【使命】。
32/43

✤冷たい、血の味✤

 僕は、走りに走った。

 

 どこをどう走ったか……なんて、全く覚えていない。

 気づけば目の前に玖月善女(くげつぜんにょ)さまがいた。

 

『にゃ……』

 

 玖月善女(くげつぜんにょ)さまは知っていた。

 盛誉(せいよ)が討たれてしまったことを。

 

 ……ううん。もしかしたら玖月善女(くげつぜんにょ)さまは、薄々気づいていたのかも知れない。

 

 いつかこの日が来ることを。

 

 

 

 歴史書には、最愛の息子を失った玖月善女(くげつぜんにょ)さまの、ひどく取り乱した様子が描かれていたけれど、盛誉(せいよ)が討ち取られたその日夜の玖月善女(くげつぜんにょ)さまは、恐ろしい程に静かだった。

 

 僕が普門寺から帰ると、玖月善女(くげつぜんにょ)さまは高台にあるその屋敷の縁側(えんがわ)から、燃え落ちる普門寺の方向をじっと見つめていた。

 

『みゃあ……』

 

「……」

 

 泣くことも叶わず、ただ呆然(ぼうぜん)と……まるで魂が抜かれたようなそんな顔をしていて、僕は胸が苦しくなる。

 

 

 

 どうして? こうなってしまったんだろう?

 神さまはいったい何を見ていたの?

 

 盛誉(せいよ)は殺されるほどの、悪いことをしたの?

 それってどんなこと?

 僕にも分かるように、ちゃんと説明してよ……っ!!

 

『にゃあぁぁ……っ、』

 僕は神さまを恨んだ。

 

 玖月善女(くげつぜんにょ)さまもきっと、そうだったと思う。

 

 だって、あんなにも、何日も何日も神さまに祈っていた。『どうか子どもたちの冤罪が晴れますように』って。

 

 だけどそれは、報われなかった。

 

 あの時盛誉(せいよ)は、背中から刺された。

 抵抗すらしていないのに。

 ただ、神仏に向かって静かにお経を唱えていただけだったのに。

 

 そのどこが危険人物なの?

 

 そんな盛誉(せいよ)を背中から刺した、あの千右衛門の方がよほど危険じゃないの!?

 どうして千右衛門じゃなくて、盛誉(せいよ)が死ななくちゃいけないの!?

 

『……』

 

 けれどそんな事、猫の僕が叫んだとして、誰が聞いてくれる?

 誰も、聞いてはくれない。

 

 

 

 だけど……。

 

 

 僕はふと、盛誉(せいよ)の最期を思い出す。

 

 

 

 ──『それは無理だよ』

 

 

 

 あの時盛誉(せいよ)は、笑ってそう答えた。

 

 

『……』

 

 ううん。それはない。

 それは、……絶対にない。

 

 だって僕は猫で、人である盛誉(せいよ)は、僕の叫びは鳴き声にしか聞こえないはずだから。

 ……でも、もしかしたら。

『……』

 

 僕は頭を振る。

 

 それは絶対に有り得ない。

 きっとそれは、たまたまだ。

 

 最期の最後で、僕の想いが盛誉(せいよ)に伝わったんだって思いたいだけなんだ。

 だからあの時、そう聞こえただけなんだろう……。

 

 

 

『……』

 

 僕は静かに玖月善女(くげつぜんにょ)さまの傍で毛繕いをした。

 その毛には、盛誉(せいよ)の血がこびりついていた。

 

 生きていた盛誉(せいよ)が撫でてくれた、あの震える大きな手が愛おしい。

  もっともっと、撫でて欲しかった。

 

『……にゃあぁぁ』

 

 

 けれどもう、それは叶わない。

 だから僕は、これからを生きていかなくちゃいけない。

 

 盛誉(せいよ)のいない、……世の中を。

 

『……』

 

 ……僕が毛繕いすると、盛誉(せいよ)の生きていた()が少しづつ消えていく。

 

 

 もっとずっと一緒にいたかった。

 

 だけど僕は、盛誉(せいよ)の遺したものを一つずつ消し去って、そして生きていくんだ……。

 

 それが、……盛誉(せいよ)の願い……?

 

 

『……』

 僕には分からない。

 

 猫の僕には、人間の考えることは分からない。

 分かりたくもないし、知りたくもない。

 

 

 ただ僕は、

 盛誉(せいよ)と一緒に、いたかっただけなのに……。

 

 そんな盛誉(せいよ)の血は、

 とても悲しい、冷たい味がした──。

 

 

 

 

 

 玖月善女(くげつぜんにょ)さまが壊れた(・・・)のは、

 その普門寺の炎が消える、明け方のことだった。

 

 

 だけどそれは、【呪いを吐いて暴れる】壊れ方じゃない。

 

 

 その目には何も映さず何も話さず、

 

 生きる為に必要な行為を全て拒否するかのように、

 ただ静かに自室に籠り、

 

 盛誉(せいよ)が幼い頃にお気に入りだったという

 雉子車(きじぐるま)の玩具を、

 とても大切そうにその身に抱え、

 

 いく日もいく日も、

 

 ただ、そうして過ごしていただけだった。

 

 

 

 

           × × × つづく× × ×

 

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



     お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m


        誤字大魔王ですので誤字報告、

        切実にお待ちしております。


   そして随時、感想、評価もお待ちしております(*^^*)

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― 新着の感想 ―
[良い点] お、新解釈かな! アレキシサイミア (失感情症)ってことでしょうか。PTSDでも、こういう状態になることがあるようです。そっちかな? [一言] PTSDはベトナム戦争以降、認知されたもの…
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