✤冷たい、血の味✤
僕は、走りに走った。
どこをどう走ったか……なんて、全く覚えていない。
気づけば目の前に玖月善女さまがいた。
『にゃ……』
玖月善女さまは知っていた。
盛誉が討たれてしまったことを。
……ううん。もしかしたら玖月善女さまは、薄々気づいていたのかも知れない。
いつかこの日が来ることを。
歴史書には、最愛の息子を失った玖月善女さまの、ひどく取り乱した様子が描かれていたけれど、盛誉が討ち取られたその日夜の玖月善女さまは、恐ろしい程に静かだった。
僕が普門寺から帰ると、玖月善女さまは高台にあるその屋敷の縁側から、燃え落ちる普門寺の方向をじっと見つめていた。
『みゃあ……』
「……」
泣くことも叶わず、ただ呆然と……まるで魂が抜かれたようなそんな顔をしていて、僕は胸が苦しくなる。
どうして? こうなってしまったんだろう?
神さまはいったい何を見ていたの?
盛誉は殺されるほどの、悪いことをしたの?
それってどんなこと?
僕にも分かるように、ちゃんと説明してよ……っ!!
『にゃあぁぁ……っ、』
僕は神さまを恨んだ。
玖月善女さまもきっと、そうだったと思う。
だって、あんなにも、何日も何日も神さまに祈っていた。『どうか子どもたちの冤罪が晴れますように』って。
だけどそれは、報われなかった。
あの時盛誉は、背中から刺された。
抵抗すらしていないのに。
ただ、神仏に向かって静かにお経を唱えていただけだったのに。
そのどこが危険人物なの?
そんな盛誉を背中から刺した、あの千右衛門の方がよほど危険じゃないの!?
どうして千右衛門じゃなくて、盛誉が死ななくちゃいけないの!?
『……』
けれどそんな事、猫の僕が叫んだとして、誰が聞いてくれる?
誰も、聞いてはくれない。
だけど……。
僕はふと、盛誉の最期を思い出す。
──『それは無理だよ』
あの時盛誉は、笑ってそう答えた。
『……』
ううん。それはない。
それは、……絶対にない。
だって僕は猫で、人である盛誉は、僕の叫びは鳴き声にしか聞こえないはずだから。
……でも、もしかしたら。
『……』
僕は頭を振る。
それは絶対に有り得ない。
きっとそれは、たまたまだ。
最期の最後で、僕の想いが盛誉に伝わったんだって思いたいだけなんだ。
だからあの時、そう聞こえただけなんだろう……。
『……』
僕は静かに玖月善女さまの傍で毛繕いをした。
その毛には、盛誉の血がこびりついていた。
生きていた盛誉が撫でてくれた、あの震える大きな手が愛おしい。
もっともっと、撫でて欲しかった。
『……にゃあぁぁ』
けれどもう、それは叶わない。
だから僕は、これからを生きていかなくちゃいけない。
盛誉のいない、……世の中を。
『……』
……僕が毛繕いすると、盛誉の生きていた証が少しづつ消えていく。
もっとずっと一緒にいたかった。
だけど僕は、盛誉の遺したものを一つずつ消し去って、そして生きていくんだ……。
それが、……盛誉の願い……?
『……』
僕には分からない。
猫の僕には、人間の考えることは分からない。
分かりたくもないし、知りたくもない。
ただ僕は、
盛誉と一緒に、いたかっただけなのに……。
そんな盛誉の血は、
とても悲しい、冷たい味がした──。
玖月善女さまが壊れたのは、
その普門寺の炎が消える、明け方のことだった。
だけどそれは、【呪いを吐いて暴れる】壊れ方じゃない。
その目には何も映さず何も話さず、
生きる為に必要な行為を全て拒否するかのように、
ただ静かに自室に籠り、
盛誉が幼い頃にお気に入りだったという
雉子車の玩具を、
とても大切そうにその身に抱え、
いく日もいく日も、
ただ、そうして過ごしていただけだった。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m
誤字大魔王ですので誤字報告、
切実にお待ちしております。
そして随時、感想、評価もお待ちしております(*^^*)
気軽にお立ち寄り、もしくはポチり下さい♡
更新は不定期となっております。




