✤倒れた盛誉✤
僕は震えた。
せっかく、せっかくせっかく、今やっと! やっと今、会えたのに、なのに……それなのに、これって、……こんな事ってない。
もう、……もう死んじゃったの?
もう、盛誉は僕に微笑み掛けてはくれないの?
もう、一緒に散歩したり遊んでくれたりしてくれないの?
僕、僕、たくさん歩いてここまで来たから、お腹空いちゃったんだよ?
お魚は?
お魚はもう捕ってきてはくれないの?
そう思うと目の前が真っ暗になった。
「……ん、」
……ピクリ、と盛誉が動いた。
『!? にゃ、』
い、生きてる? まだ、生きてる!?
僕は走り寄る。
ふんふんとその顔に鼻を寄せると、眉を寄せながら、盛誉の目が開かれていく。僕は嬉しくなった!
だから思いっきり、その顔を覗き込む。
「……っ、」
盛誉は微かに呻き声を上げながら、僕を見た。
「!?」
そしてその目が見開かれる。
明らかにそれは、驚いた表情だった。
『……っ、』
僕は少し怖くなる。
思わず後ずさった。
だって僕、あれから凄く成長したんだもん……。
盛誉、僕って分かるかな? すごく大きくなったから、分からないかも知れない。
あぁ、それよりもなによりも、嫌がられたらどうしよう?
可愛かったあの頃と今の僕とでは、見栄えが全く違う。
盛誉に『可愛くない』って言われたら、僕はどうしたらいいだろう?
僕はゴクリ……と唾を飲み込んだ。
だけど……
だけど盛誉は、微笑んだ。
『……っ、』
あの懐かしい、目尻が少し垂れ下がる、優しい笑顔。
泣きたくなるほどずっと追い求めていた、あの笑顔だ……!
『にゃあ!』
「あ……。た、玉垂……?
何故お前、……ここにいるの……?
すご、……信じられないくらい、でかい……」
僕の姿を見て、血みどろの盛誉は囁くように、そう呟いた。
斬られて凄く痛いはずなのに、くくくと笑うその顔があの頃と変わらなくて、僕は少し希望を見た。
もしかしたら盛誉、大丈夫かも知れない。逃げられるかも知れないって思ったんだ。
『……みゃ』
だけど盛誉は初め、僕が幻影か何かと思ってたみたい。
純粋に、嬉しそうに微笑んで……けれど手を伸ばし僕に触れ、現実のものと知ると一気に真っ青な……泣きそうな顔で僕を見た。
「あ。本、物……? 本物の玉垂?
何故、……なぜ、母さまのところにいない?あそこは……あそこが一番、安全だったのに……。
ここに……ここにいてはダメだ。母さまのところへ、すぐ、……お帰り」
震えるように、盛誉はその手を離す。
震えるその手は、それでも僕に触れたがっていて、僕に対して拒絶の言葉を吐いているにも関わらず、それでも盛誉は僕を求めてくれた。
ふふ。盛誉、言葉と行動がチグハグだよ?
それが可笑しくて、嬉しくて、……だから僕はその手に擦り寄った。
盛誉の血糊で真っ赤になった、その手に──。
盛誉は、自分の伸ばしたその手に、ベットリと血がついているのを見てとって、一瞬躊躇ったように手を引いた。
けれど僕は構わず、その手に体を擦り付けた。
もう、離れたくなかった。
傍にいたかったし、触れて欲しかった。
また前みたいに、優しく撫でて欲しかったんだ。
『みゃあ!』
「……。バカな玉垂」
盛誉は困ったように呟いた。
『みゃあぁ! みゃあ!』
僕は嬉しくて、返事をする。
バカでいい! バカでいいんだ。
盛誉の傍にいられるのなら……!
盛誉は、はぁ……と溜め息をつく。
諦めたように、僕を撫でてくれた。
ふふ。気持ちいい……。
「……」
盛誉は何かを考えているようで、ふと思い出したように口を開く。
「私は出家した身なれど……所詮、湯山の次男。
本当は、こうなる事に気づいてはいたんだ」
苦しげに息を吐きながら、僕を優しく撫でてくれる。
盛誉の手は震えていた。
その言葉一つひとつがとても苦しそうで、僕は気が変になりそうになる。
『……』
僕だって分かってる。
盛誉はもう長くはない。
いつ死んでもおかしくない。
もういい。
もういいんだ!
確かに知りたいって思った。盛誉とたくさん話したかったって!
だけどもういいんだ。
少しでも……ほんの少しだけでも、生きている盛誉と一緒にいたい。
だからもう黙って?
ただ静かに、今は僕の傍にいて……!
傷は深かった。
信じられない位の血液が、盛誉から溢れ出し、まるで池のように辺りに拡がった。
僕は盛誉の背中に回って、その傷口を舐めた。
ずっと前に、僕が盛誉を引っ掻いた時に、盛誉がそうしていた。『舐めれば治る』って。だから、これだってきっと、舐めたら治るんじゃないかって……そんな淡い期待もあった。
黙って見ていることなんて出来なかった。少しでも盛誉の為になることをしたかった。
「ふふ。玉垂。くすぐったい。
よく顔を見せて? そこにいたら、顔がみれないよ……」
盛誉は困ったように、自分の背中を舐める僕にそう言った。
『……』
……分かってる。
本当は僕だって、ちゃんと分かってる。
こんなの、何の役にも立たない。
僕はお医者さまじゃないけれど、今の状況を見れば、誰だって分かる。もう、盛誉は助からないんだって。
盛誉はもう、死を待つだけなんだって。
『……』
悔しいけれど、それが現実。
助けたいけど、僕にはどうすることも出来ない。
『にゃあぁぁ……』
何も出来ない自分が恨めしい。
なんでこんな事になったんだろう?
盛誉は何もしていない。
悪いことなんて何一つとして してやしない。
それなのに なんで殺されなくちゃいけないの!?
何もかもが、悪い方向へと繋がった。
生まれたその日からこの乱世に呪われて、盛誉はいつも一人ぼっち。
死ぬその時まで、一人なの?
僕は苦しくなって、盛誉の傍らへと体を寄せた。
『みゃあ……』
小さな僕だけど、僕は傍にいるから。
ずっと傍にいるから。
寒くないように、あたためてあげるから……!
だからだから、盛誉?
一人じゃないって、寂しくないって
そう思って欲しいんだ……。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m
誤字大魔王ですので誤字報告、
切実にお待ちしております。
そして随時、感想、評価もお待ちしております(*^^*)
気軽にお立ち寄り、もしくはポチり下さい♡
更新は不定期となっております。




