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琥珀糖に舞う、金桂と紫子さん。  作者: YUQARI
第九章 無実の罪。
30/43

✤倒れた盛誉✤

 僕は震えた。

 

 せっかく、せっかくせっかく、今やっと! やっと今、会えたのに、なのに……それなのに、これって、……こんな事ってない。

 

 もう、……もう死んじゃったの?

 もう、盛誉(せいよ)は僕に微笑み掛けてはくれないの?

 もう、一緒に散歩したり遊んでくれたりしてくれないの?

 

 僕、僕、たくさん歩いてここまで来たから、お腹空いちゃったんだよ?

 お魚は?

 お魚はもう捕ってきてはくれないの?

 

 そう思うと目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

「……ん、」

 

 ……ピクリ、と盛誉(せいよ)が動いた。

 

 

 

『!? にゃ、』

 い、生きてる? まだ、生きてる!?

 

 僕は走り寄る。

 

 ふんふんとその顔に鼻を寄せると、眉を寄せながら、盛誉(せいよ)の目が開かれていく。僕は嬉しくなった!

 だから思いっきり、その顔を覗き込む。

 

「……っ、」

 盛誉(せいよ)は微かに呻き声を上げながら、僕を見た。

 

「!?」

 

 そしてその目が見開かれる。

 明らかにそれ(・・)は、驚いた表情だった。

 

 

 

『……っ、』

 僕は少し怖くなる。

 思わず後ずさった。

 

 だって僕、あれから凄く成長したんだもん……。

 盛誉(せいよ)、僕って分かるかな? すごく大きくなったから、分からないかも知れない。

 

 あぁ、それよりもなによりも、嫌がられたらどうしよう?

 

 可愛かったあの頃と今の僕とでは、見栄えが全く違う。

 盛誉(せいよ)に『可愛くない』って言われたら、僕はどうしたらいいだろう?

 

 

 僕はゴクリ……と唾を飲み込んだ。

 

 

 

 だけど……

 

 だけど盛誉(せいよ)は、微笑んだ。

 

 

 

 

『……っ、』

 

 あの懐かしい、目尻が少し垂れ下がる、優しい笑顔。

 泣きたくなるほどずっと追い求めていた、あの笑顔だ……!

 

『にゃあ!』

 

「あ……。た、玉垂(たまたる)……?

 何故お前、……ここにいるの……?

 すご、……信じられないくらい、でかい……」

 

 僕の姿を見て、血みどろの盛誉(せいよ)は囁くように、そう呟いた。

 

 斬られて凄く痛いはずなのに、くくくと笑うその顔があの頃と変わらなくて、僕は少し希望を見た。

 もしかしたら盛誉(せいよ)、大丈夫かも知れない。逃げられるかも知れないって思ったんだ。

 

『……みゃ』

 だけど盛誉(せいよ)は初め、僕が幻影か何かと思ってたみたい。

 純粋に、嬉しそうに微笑んで……けれど手を伸ばし僕に触れ、現実のものと知ると一気に真っ青な……泣きそうな顔で僕を見た。

 

「あ。本、物……? 本物の玉垂(たまたる)

 何故、……なぜ、(はは)さまのところにいない?あそこは……あそこが一番、安全だったのに……。

 ここに……ここにいてはダメだ。(はは)さまのところへ、すぐ、……お帰り」

 震えるように、盛誉(せいよ)はその手を離す。

 

 震えるその手は、それでも僕に触れたがっていて、僕に対して拒絶の言葉を吐いているにも関わらず、それでも盛誉(せいよ)は僕を求めてくれた。

 

 ふふ。盛誉(せいよ)、言葉と行動がチグハグだよ?

 

 それが可笑しくて、嬉しくて、……だから僕はその手に擦り寄った。

 

 

 

 盛誉(せいよ)の血糊で真っ赤になった、その手に──。

 

 

 

 

 盛誉(せいよ)は、自分の伸ばしたその手に、ベットリと血がついているのを見てとって、一瞬躊躇(ためら)ったように手を引いた。

 けれど僕は構わず、その手に体を擦り付けた。

 

 もう、離れたくなかった。

 傍にいたかったし、触れて欲しかった。

 

 また前みたいに、優しく撫でて欲しかったんだ。

 

『みゃあ!』

 

「……。バカな玉垂(たまたる)

 盛誉(せいよ)は困ったように呟いた。

 

『みゃあぁ! みゃあ!』

 僕は嬉しくて、返事をする。

 

 バカでいい! バカでいいんだ。

 盛誉(せいよ)の傍にいられるのなら……!

 

 盛誉(せいよ)は、はぁ……と溜め息をつく。

 諦めたように、僕を撫でてくれた。

 

 ふふ。気持ちいい……。

 

「……」

 盛誉(せいよ)は何かを考えているようで、ふと思い出したように口を開く。

 

「私は出家した身なれど……所詮、湯山の次男。

 本当は、こうなる事に気づいてはいたんだ」

 苦しげに息を吐きながら、僕を優しく撫でてくれる。

 

 盛誉(せいよ)の手は震えていた。

 その言葉一つひとつがとても苦しそうで、僕は気が変になりそうになる。

 

『……』

 僕だって分かってる。

 盛誉(せいよ)はもう長くはない。

 いつ死んでもおかしくない。

 もういい。

 もういいんだ!

 

 確かに知りたいって思った。盛誉(せいよ)とたくさん話したかったって!

 だけどもういいんだ。

 少しでも……ほんの少しだけでも、生きている盛誉(せいよ)と一緒にいたい。

 

 だからもう黙って?

 ただ静かに、今は僕の傍にいて……!

 

 

 傷は深かった。

 

 信じられない位の血液が、盛誉(せいよ)から溢れ出し、まるで池のように辺りに拡がった。

 

 僕は盛誉(せいよ)の背中に回って、その傷口を舐めた。

 

 ずっと前に、僕が盛誉(せいよ)を引っ掻いた時に、盛誉(せいよ)がそうしていた。『舐めれば治る』って。だから、これだってきっと、舐めたら治るんじゃないかって……そんな淡い期待もあった。

 黙って見ていることなんて出来なかった。少しでも盛誉(せいよ)の為になることをしたかった。

 

「ふふ。玉垂(たまたる)。くすぐったい。

 よく顔を見せて? そこにいたら、顔がみれないよ……」

 

 盛誉(せいよ)は困ったように、自分の背中を舐める僕にそう言った。

 

『……』

 ……分かってる。

 

 本当は僕だって、ちゃんと分かってる。

 こんなの、何の役にも立たない。

 

 僕はお医者さまじゃないけれど、今の状況を見れば、誰だって分かる。もう、盛誉(せいよ)は助からないんだって。

 盛誉(せいよ)はもう、死を待つだけなんだって。

 

『……』

 悔しいけれど、それが現実。

 

 助けたいけど、僕にはどうすることも出来ない。

『にゃあぁぁ……』

 何も出来ない自分が恨めしい。

 

 なんでこんな事になったんだろう?

 

 

 盛誉(せいよ)は何もしていない。

 悪いことなんて何一つとして してやしない。

 それなのに なんで殺されなくちゃいけないの!?

 

 何もかもが、悪い方向へと繋がった。

 

 生まれたその日からこの乱世に呪われて、盛誉(せいよ)はいつも一人ぼっち。

 死ぬその時まで、一人なの?

 

 僕は苦しくなって、盛誉(せいよ)(かたわ)らへと体を寄せた。

 

『みゃあ……』

 

 小さな僕だけど、僕は傍にいるから。

 ずっと傍にいるから。

 寒くないように、あたためてあげるから……!

 

 だからだから、盛誉(せいよ)

 一人じゃないって、寂しくないって

 

 そう思って欲しいんだ……。

 

 

 

 

           × × × つづく× × ×

 

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



     お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m


        誤字大魔王ですので誤字報告、

        切実にお待ちしております。


   そして随時、感想、評価もお待ちしております(*^^*)

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