✤ジガジガの飲み物✤
「討たれ、た……?」
瑠奈さんは、そっと呟く。
……まあ、予想はついていたけれど。
確かにこれは、昔むかしのお話だ。玉垂が生まれた頃だと言うのなら、四百年も前の話になる。
「……」
……まぁそれも、玉垂が四百四十歳ってのを信じればの話だけれども。
だからもう、玉垂だって吹っ切れているはずだって思うのに、瑠奈さんには掛ける言葉が見つからない。
いや、そもそも私、玉垂と話したことなんて、あったっけ……? ふと瑠奈さんは、そんな事をわけも分からず考えてしまう。
コポコポコポ……。
紫子さんは静かに、琥珀糖を入れたコップへ、ソーダ水を注ぎ入れた。
入れるとソーダ水は、シュワシュワと爽やかな音を立てて、金木犀の琥珀糖を優しく包み込んだ。
「綺麗……」
瑠奈さんは思わず呟いてしまう。
紫子さんの作る金木犀の琥珀糖は、甘みが強い。
なのでこうして無糖のソーダ水と合わせると、キラキラ光る可愛らしい琥珀糖のジュースが出来上がる。
甘くないソーダ水に、琥珀糖の甘みが移って、ほどよい飲み物になるんです。
紫子さんは、実はこのジュースも大好きで、毎年いつもこの時期になると、コロンと丸い硝子のコップを引き出して、コロコロ転がしながら、グラスの中の小さな花を楽しむのです。
お酒ではないのに、ちびちび ちびちび大切に飲んでいます。
ただ……いつもと違うのは、その相手に玉垂さんを選んだ事。
いつも一緒にいる瑠奈さんだって、『一緒に飲もう』……なんて誘われたことはないんですよ?
「……」
まぁ私、炭酸苦手だしね。
ちょっと胸の奥がモヤってなりながら、瑠奈さんは紫子さんの作る琥珀糖を横目で見る。
ただ飲むだけじゃなくて、何故だか月を見ながら飲むのが、紫子さんの【いつも】なのです。
金木犀の咲くこの時期は、ちょうど中秋の名月と重なります。
【中秋の名月】……知ってます?
【名月】と言うと、なんだか【満月】なイメージありますが、毎年毎年満月ってわけじゃありません。
旧暦の八月十五日にあたるその月が、中秋の名月となるのです。
今年は九月十日と早かったので、金木犀の琥珀糖は間に合わなかった。
お月見しながらの琥珀糖ソーダは実現せず、でっかい猫と猫の目のように細くなったお月さまと、それからソーダ水。
変な組み合わせかも知れないけれど、たまにはそれも、良いかもしれない。
出来上がった琥珀糖ソーダを『どうぞ』と、みんなに渡しながら、紫子さんは口を開く。
「盛誉は……けれど冤罪だったの」
「……」
瑠奈さんは、『まぁ、そうだよね』と言わんばかりにグラスを覗く。
瑠奈さんの苦手なソーダ水が、シュワシュワと泡を立てている。見た目的には綺麗だ。
だけどこれ、炭酸だしね。喉がジガジガしてしまうの。
「……」
瑠奈さんはジッと、その炭酸を睨みつける。
そんな瑠奈さんを気にも止めず、紫子さんは話を続ける。
「冤罪で最愛の息子を殺されてしまったから、母親である玖月善女は怒ってね。
一ヶ月に及ぶ断食の末、自分の指を噛みちぎったのよ。
それからその血を近くにあった狛犬に塗りたくり、そのまま愛猫である玉垂にその血を舐めさせて、盛誉を死に追いやった相良家の人々を呪うように言いおいたの。
それから玉垂と共に、失意のうちに市房神社の淵に身を投げたらしいの。
……玖月善女のその恨みは凄まじくて、人吉の領地では不吉なことがたくさん起こり、遂には人が死に始め──」
「ちょ、ちょっと待って。ちょっと待って。
……それってかなり、壮絶なんですけど?」
瑠奈さんは慌てて紫子さんの話を止める。
「……」
今の今まで優しい人だと思っていた玖月善女の思わぬ変貌に、瑠奈さんは尻込みする。
確かに盛誉は、玖月善女にとって、大切な息子だったかも知れない。
でも盛誉は、小さな無力な子どもではなくて大のいい大人。
寺の住職にまで上り詰めた、成人男性だ。
玖月善女も、そこまでの事はしなかっただろう。……いや、したとしても、そんな風に言うことないんじゃないの? と瑠奈さんは思う。
普段話さない紫子さんが、そうやって矢継ぎ早に話すのは、きっと何かに苛立っている証拠。
……いったい何に?
理由は分からない。けれど瑠奈さんは、人知れず焦る。
あまりの言いように、瑠奈さんは玉垂の気持ちが気になった。
だって玉垂は、玖月善女の愛猫なはずだから。
玉垂は、玖月善女の血を舐めさせられたのかしら? いくらなんでも愛猫に、そんなことさせるかしら?
何かの勘違い……そう! 例えば盛誉を恨んでいた人物の心無い噂に違いない。
だからこんな言い方、玉垂でなくとも傷つくはず。……そう思った。
「……」
けれど玉垂はピクリともしない。
落ちきった夕陽をいつまでも見ている。
紫子さんはまだまだ続ける。
「二人の呪いは特に、相良家の関係者に対してひどくって、体調を崩す者が後を絶たず、遂には新しく当主になられた四郎さまも疱瘡を患って倒れてしまったの。
そうなると『ただの偶然だ』って言っていた人たちも当然、青くなる。
玖月善女と垂玉の呪いだと誰もが恐れて、本格的な供養に乗り出したのよ。
もちろん盛誉が冤罪で成敗されたあの時に、ちゃんと供養はしていたのよ? だけど玖月善女と玉垂の口惜しさを宥めるには足りなかったみたい。ようやく本腰を入れての供養に取り掛かったけれど、間に合わなかったのよね。
四郎さまは、回復することなく死亡してしまうの。
そしてその跡を弟の長寿丸さま……頼房さまが跡を継がれるんだけれど、玖月善女と玉垂の出来事に心を痛めた頼房さまは、盛誉の為に手厚い供養を行ったの。それこそ自分たちだけでなく、民衆も巻き込んで──」
「いやいやいや、玉垂いるよね? ここに……!」
瑠奈さんは たまらず突っ込んだ。
確かに紫子さんは、『玉垂と玖月善女は淵に身を投げた』と言ったけれど、玉垂は今こうして、ここにいる。
死んでいなくて、目の前にいるコレが呪いをかけた?
「……」
瑠奈さんには、到底信じられない。
害のなさそうな でっぷりとした、でかい猫。
……いや、害のなさそうなは言い過ぎだとしても、誰かを呪うようなヤツには見えなかった。
そもそも目の前の猫と玉垂は別の猫……とか?
「……」
でも、ここにいる玉垂が話の中の玉垂でないのなら、そもそも話題にする必要がない。
と言うか、こんなにも悪者っぽく話さなくってもいいと思う。
恨みは確かにあるのかも知れないけれど、まさに【悪霊】にその身を落としたかのような玖月善女と玉垂。
紫子さんのあまりの言いように、瑠奈さんは気が気じゃなかった。
『にゃふ……』
溜め息にも似た鳴き声を発し、玉垂がこちらを振り向く。
表情は──
……。読めない。
読めるわけない。猫の顔だから。
玉垂は『ふひぃー』と息を吐き、テーブルに肘をついた。
「……」
いや、……本当は中に、人……入ってるんじゃないの?
瑠奈さんは思わずそう思う。
「……」
何だか後味悪くなって、紫子さんからもらった琥珀糖ソーダを一気に口に流し込む。
「ふぐっ……!」
ソーダ水はまさかの強炭酸。
炭酸が苦手な瑠奈さんは、思わず目をシロクロさせた。
喉のジガジガは炭酸のせいなのか、
それとも話の後味が悪かったからなのか、
それは瑠奈さんにも分からない。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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