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琥珀糖に舞う、金桂と紫子さん。  作者: YUQARI
第八章 悲しい記憶と、静かな今。
24/43

✤ジガジガの飲み物✤

「討たれ、た……?」

 瑠奈(るな)さんは、そっと呟く。

 

 ……まあ、予想はついていたけれど。

 

 確かにこれは、昔むかしのお話だ。玉垂(たまたる)が生まれた頃だと言うのなら、四百年も前の話になる。

 

「……」

 

 ……まぁそれも、玉垂(たまたる)が四百四十歳ってのを信じればの話だけれども。

 

 だからもう、玉垂(たまたる)だって吹っ切れているはずだって思うのに、瑠奈(るな)さんには掛ける言葉が見つからない。

 

 いや、そもそも私、玉垂(たまたる)と話したことなんて、あったっけ……? ふと瑠奈(るな)さんは、そんな事をわけも分からず考えてしまう。

 

 

 

 

 コポコポコポ……。

 

 

 紫子(ゆかりこ)さんは静かに、琥珀糖を入れたコップへ、ソーダ水を(そそ)ぎ入れた。

 入れるとソーダ水は、シュワシュワと爽やかな音を立てて、金木犀の琥珀糖を優しく包み込んだ。

 

「綺麗……」

 瑠奈(るな)さんは思わず呟いてしまう。

 

 

 紫子(ゆかりこ)さんの作る金木犀の琥珀糖は、甘みが強い。

 

 なのでこうして無糖のソーダ水と合わせると、キラキラ光る可愛らしい琥珀糖のジュースが出来上がる。

 

 甘くないソーダ水に、琥珀糖の甘みが移って、ほどよい飲み物になるんです。

 

 紫子(ゆかりこ)さんは、実はこのジュースも大好きで、毎年いつもこの時期になると、コロンと丸い硝子のコップを引き出して、コロコロ転がしながら、グラスの中の小さな花を楽しむのです。

 お酒ではないのに、ちびちび ちびちび大切に飲んでいます。

 

 ただ……いつもと違うのは、その相手に玉垂(たまたる)さんを選んだ事。

 

 いつも一緒にいる瑠奈(るな)さんだって、『一緒に飲もう』……なんて誘われたことはないんですよ?

 

「……」

 まぁ私、炭酸苦手だしね。

 

 ちょっと胸の奥がモヤってなりながら、瑠奈(るな)さんは紫子(ゆかりこ)さんの作る琥珀糖を横目で見る。

 

 ただ飲むだけじゃなくて、何故だか月を見ながら飲むのが、紫子(ゆかりこ)さんの【いつも】なのです。

 

 

 金木犀の咲くこの時期は、ちょうど中秋の名月と重なります。

 【中秋の名月】……知ってます?

 

 【名月】と言うと、なんだか【満月】なイメージありますが、毎年毎年満月ってわけじゃありません。

 旧暦の八月十五日にあたるその月が、中秋の名月となるのです。

 

 今年は九月十日と早かったので、金木犀の琥珀糖は間に合わなかった。

 

 お月見しながらの琥珀糖ソーダは実現せず、でっかい猫と猫の目のように細くなったお月さまと、それからソーダ水。

 変な組み合わせかも知れないけれど、たまにはそれも、良いかもしれない。

 

 

 

 出来上がった琥珀糖ソーダを『どうぞ』と、みんなに渡しながら、紫子(ゆかりこ)さんは口を開く。

 

 

盛誉(せいよ)は……けれど冤罪だったの」

 

 

「……」

 

 瑠奈(るな)さんは、『まぁ、そうだよね』と言わんばかりにグラスを覗く。

 

 瑠奈(るな)さんの苦手なソーダ水が、シュワシュワと泡を立てている。見た目的には綺麗だ。

 だけどこれ、炭酸だしね。喉がジガジガしてしまうの。

「……」

 瑠奈(るな)さんはジッと、その炭酸を睨みつける。

 

 そんな瑠奈(るな)さんを気にも止めず、紫子(ゆかりこ)さんは話を続ける。

 

「冤罪で最愛の息子を殺されてしまったから、母親である玖月善女(くげつぜんにょ)は怒ってね。

 一ヶ月に及ぶ断食の末、自分の指を噛みちぎったのよ。

 それからその血を近くにあった狛犬に塗りたくり、そのまま愛猫である玉垂(たまたる)にその血を舐めさせて、盛誉(せいよ)を死に追いやった相良家の人々を呪うように言いおいたの。

 それから玉垂(たまたる)と共に、失意のうちに市房神社の淵に身を投げたらしいの。

 ……玖月善女(くげつぜんにょ)のその恨みは凄まじくて、人吉の領地では不吉なことがたくさん起こり、遂には人が死に始め──」

「ちょ、ちょっと待って。ちょっと待って。

 ……それってかなり、壮絶なんですけど?」

 

 瑠奈(るな)さんは慌てて紫子(ゆかりこ)さんの話を止める。

「……」

 

 

 今の今まで優しい人だと思っていた玖月善女(くげつぜんにょ)の思わぬ変貌に、瑠奈(るな)さんは尻込みする。

 

 確かに盛誉(せいよ)は、玖月善女(くげつぜんにょ)にとって、大切な息子だったかも知れない。

 

 でも盛誉(せいよ)は、小さな無力な子どもではなくて大のいい大人。

 寺の住職にまで上り詰めた、成人男性だ。

 玖月善女(くげつぜんにょ)も、そこまでの事はしなかっただろう。……いや、したとしても、そんな風に言うことないんじゃないの? と瑠奈(るな)さんは思う。

 

 普段話さない紫子(ゆかりこ)さんが、そうやって矢継ぎ早に話すのは、きっと何かに苛立っている証拠。

 

 ……いったい何に?

 理由は分からない。けれど瑠奈(るな)さんは、人知れず焦る。

 

 あまりの言いように、瑠奈(るな)さんは玉垂(たまたる)の気持ちが気になった。

 だって玉垂(たまたる)は、玖月善女(くげつぜんにょ)の愛猫なはずだから。

 

 玉垂(たまたる)は、玖月善女(くげつぜんにょ)の血を舐めさせられた(・・・・・・・)のかしら? いくらなんでも愛猫に、そんなことさせるかしら?

 何かの勘違い……そう! 例えば盛誉(せいよ)を恨んでいた人物の心無い噂に違いない。

 

 だからこんな言い方、玉垂(たまたる)でなくとも傷つくはず。……そう思った。

 

「……」

 けれど玉垂(たまたる)はピクリともしない。

 落ちきった夕陽をいつまでも見ている。

 

 紫子(ゆかりこ)さんはまだまだ続ける。

 

「二人の呪いは特に、相良家の関係者に対してひどくって、体調を崩す者が後を絶たず、遂には新しく当主になられた四郎さまも疱瘡を(わずら)って倒れてしまったの。

 そうなると『ただの偶然だ』って言っていた人たちも当然、青くなる。

 玖月善女(くげつぜんにょ)垂玉(たるたま)の呪いだと誰もが恐れて、本格的な供養に乗り出したのよ。

 もちろん盛誉(せいよ)が冤罪で成敗されたあの時に、ちゃんと供養はしていたのよ? だけど玖月善女(くげつぜんにょ)玉垂(たまたる)の口惜しさを宥めるには足りなかったみたい。ようやく本腰を入れての供養に取り掛かったけれど、間に合わなかったのよね。

 四郎さまは、回復することなく死亡してしまうの。

 そしてその跡を弟の長寿丸さま……頼房(よりふさ)さまが跡を継がれるんだけれど、玖月善女(くげつぜんにょ)玉垂(たまたる)の出来事に心を痛めた頼房(よりふさ)さまは、盛誉(せいよ)の為に手厚い供養を行ったの。それこそ自分たちだけでなく、民衆も巻き込んで──」

「いやいやいや、玉垂(たまたる)いるよね? ここに……!」

 

 瑠奈(るな)さんは たまらず突っ込んだ。

 

 確かに紫子(ゆかりこ)さんは、『玉垂(たまたる)玖月善女(くげつぜんにょ)は淵に身を投げた』と言ったけれど、玉垂(たまたる)は今こうして、ここにいる。

 

 死んでいなくて、目の前にいるコレ(・・)が呪いをかけた?

 

「……」

 瑠奈(るな)さんには、到底信じられない。

 

 害のなさそうな でっぷりとした、でかい猫。

 ……いや、害のなさそうな(・・・・・・・)は言い過ぎだとしても、誰かを呪うようなヤツには見えなかった。

 

 そもそも目の前の猫と玉垂(たまたる)は別の猫……とか?

 「……」

 

 でも、ここにいる玉垂(たまたる)が話の中の玉垂(たまたる)でないのなら、そもそも話題にする必要がない。

 

 と言うか、こんなにも悪者っぽく話さなくってもいいと思う。

 恨みは確かにあるのかも知れないけれど、まさに【悪霊(あくりょう)】にその身を落としたかのような玖月善女(くげつぜんにょ)玉垂(たまたる)

 紫子(ゆかりこ)さんのあまりの言いように、瑠奈(るな)さんは気が気じゃなかった。

 

 

 

『にゃふ……』

 

 溜め息にも似た鳴き声を発し、玉垂(たまたる)がこちらを振り向く。

 

 表情は──

 

 

 

 ……。読めない。

 読めるわけない。猫の顔だから。

 

 玉垂(たまたる)は『ふひぃー』と息を吐き、テーブルに(ひじ)をついた。

 

「……」

 いや、……本当は中に、人……入ってるんじゃないの?

 瑠奈(るな)さんは思わずそう思う。

 

「……」

 

 何だか後味悪くなって、紫子(ゆかりこ)さんからもらった琥珀糖ソーダを一気に口に流し込む。

 

「ふぐっ……!」

 

 ソーダ水はまさかの強炭酸。

 炭酸が苦手な瑠奈(るな)さんは、思わず目をシロクロさせた。

 

 喉のジガジガは炭酸のせいなのか、

 それとも話の後味が悪かったからなのか、

 

 それは瑠奈(るな)さんにも分からない。

 

 

 

 

           × × × つづく× × ×

 

   ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈



     お読み頂きありがとうございますm(*_ _)m


        誤字大魔王ですので誤字報告、

        切実にお待ちしております。


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