✤諦めの境地✤
月日は流れ、どんどん春の気配が近づいてきた。
相変わらず二人は普門寺に篭っていて、玖月善女さまは、 ぼんやりとお縁から庭の木々を見つめている。
あれから随分と日が経ったけれど、領主さまからのお達しは未だない。
生殺しのような日々に疲れ、玖月善女さまはもう既に諦めの境地にいた。
「そもそもなぜ、悪いことをしていないのに、謹慎などしなければならないの?」
『……』
僕はと言うと、そんな玖月善女さまの傍らに寝そべって、ゴロゴロ ゴロゴロ喉を鳴らしながら されるがままになっていた。
え? 普門寺探しはどうしたかって?
ちゃんとやっているよ?
今は随分あたたかくなったから、昼間は玖月善女さまの傍にいて、そのお心を宥めるのが今の僕の仕事。
夜になって玖月善女さまが寝静まってから、僕は普門寺を探す事にした。
……だって、未だ二人は謹慎中で、玖月善女さまに会いに来てくれないんだ。
それなのに、僕までその傍を離れる……なんて事になったら、玖月善女さまも心細くなるに違いない。
だから出来るだけ、傍にいようって思ったんだ。
『……』
僕は最近思うんだ。
盛誉は自分が、ここへあまり来ないことを自覚していた。だから自分の代わりに僕をここへ置いたんじゃないかって。
僕はもう、あの頃の子猫のままじゃない。
自分でも驚くほど体は大きくなったし、たくさん歩くことも出来るようになった。
もちろん考え方だって変わったし、まわりの様子も良く見えるようになった。
大好きな盛誉の事も、自分の欲目だけで見ずに ちゃんと第三者の目として、冷静に見ることも出来た。
盛誉は多分、上に立つ者にとって脅威以外の何者でもない。
教養を兼ね備え、賢く優しく、それから確固たる地位もある。
……そりゃ、地頭湯山の継承からはこぼれ落ちはしたけれど、その地位が全くなくなったわけじゃない。
もし万が一、地頭である兄の宗昌さまが亡くなったのなら、その後を継ぐのは盛誉だ。
今は戦国の世。何が起こるか分からない。
そこを見れば明らかに盛誉は、恐るべき存在だった。
僧としての知識。それから民心を掴むその手腕。
誰もが盛誉を頼もしい人物だと賞賛し、支えようとしている。
……しかも、しかもだよ? 盛誉が望む望まないに限らず、それを全部手にしている。そして農民たちは、そんな盛誉を守るために、今もどこかで奔走しているんだ。
確かにそれはありがたいことで、盛誉の為人を窺い知ることのできる出来事ではあるよ?
だけどそれは、僕たち当事者の考えであって、他の盛誉と同じ地位の人たち……地頭たちは、どう見てるんだろう? そして、どう思われているんだろう?
他の地頭だけじゃない。
新しく領主さまになった四郎さまは? その重鎮たちは?
……四郎さまはまだ幼いというから、実際盛誉のことを気にかけるとなると、その側近たち。
……そう、あの深水さま重鎮たちが、盛誉の事をどう思っているのかが、僕は心配になった。
『……』
盛誉の人の良さと その行動力は、長所でもあり、短所でもある。
宗昌さまは以前言っていた。『盛誉は恨まれている』と。
……その意味が、今は何となく分かる。
盛誉が上に立つ立場の人間だったのなら、仕えるのにはありがたい存在かも知れない。優しいし行動力はあるし、それにちゃんと自分にルールを課せる人だから。
だけど、自分の下につけるとなると、……どうなんだろう?
煙たい存在になるんじゃないだろうか?
しかも盛誉は武士じゃない。僧侶だ。
あくまで【仏】に仕える身……。
表面上 従っているように見えるけれど、盛誉が崇めているのはあくまで【神仏】。
『にゃあ』
僕は玖月善女さまを見上げ、ひと鳴きする。
すると物思いに沈んでいた玖月善女さまは、ハッとして僕を見た。
そして静かに僕を見ると、いつもと変わらない優しいその笑顔を見せてくれる。
「ふふ。どうしたの? 玉垂。お腹が空いたの?」
『にゃお』
相変わらずのセリフに僕は苦笑して、それから前足を枕にして眠ったフリをした。
決まり事のように掛けてくるその言葉が、今はもう、逆に嬉しくなる。
『……ふふ。玉垂はなんて可愛いのかしら。
お前といると、この憂いも少しは楽になるのですよ』
そう言って、僕を優しく撫でてくれた。
昼間 僕は、玖月善女さまと一緒に過ごす。
けれど玖月善女さまは、一日のそのほとんどを、自分の息子たちの為にお経を唱える。無実の罪を晴らせますようにと……。
だから僕はその傍らで、そのお心を慰め、その優しい読経の声を聞きながら、ゆっくり体を休めることも出来るんだ。
行動を起こすのは、なにも昼間である必要は無い。
だから僕はこうやって昼間は玖月善女さまの傍で眠って、夜になってから普門寺を探すようになった。
ふふ。だけどもう、普門寺が見つかるのもあと少しだ!
だってだって、昨日やっと……やっと見知った景色に出会えたもの。
きっともうすぐ……、もうすぐ会えるからね!
『にゃあ』
ああ、盛誉はいったい、どんな顔をするだろう?
驚くだろうか?
大きくなった僕を見て、もしかして誰だか分からないってことはないよね?
だって僕、すっごく大きくなっちゃったんだ。
……まぁ、猫のオスって、メスと比べればガタイはいいけれど、僕の場合ちょっと度が超えてるって言うか、なんと言うか……太っちゃったんだよね……。
事あるごとに『腹は減ってないか』と、玖月善女さまと宗昌さま……それからお付きの人たちがそう言って、食べ物を分けてくれるから、このご時世に僕だけブクブク太ってしまった。
あ。でも、筋肉がないわけじゃないよ?
その分、他の猫より動けるし。(って言う、いい訳でもないからね!)
……だからもしかしたら、盛誉。分からないかも知れない。僕だって事。
そんな不安が、全くないわけじゃない。
猫は少しの月日で、凄く成長するものだから。
けれど会った時の盛誉の反応がものすごく楽しみで、僕は思わず微笑んでしまう。
ふふ。分からなかったら、この爪で引っ掻いてやろう。
『ふにゃ』
僕はそんな悪巧みをする。
情勢は本当に思わしくなかったんだけれど、
だけど……、
僕はあの時、
盛誉と会える
その日を想って、
その日が待ち遠しくって、
ただそれだけが、
楽しみで仕方なかった。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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更新は不定期となっております。
『宗昌が死んだらその跡継ぎとして』と、
書きましたが、
実際はどうだろ? 宗昌にも子ども、
いたとは思うんですよね。
恐らくは宗昌、この時四十前後。
一方盛誉は、年齢不詳。(いつ生まれたのか分からない)
ま、どちらにしても子どもはまだ幼いだろうし
いっか! と楽天視した結果こうなりましたがなw
色んなところがあやふやで、
想像と、けして答えの出ない推理をしつつ
書いています( ̄▽ ̄;)
(歴史小説なんて、所詮そんなもの。。。)




