✤企み✤
年が明けて、世の中は少し落ち着いてきた。
噂になった頼貞さまの挙兵。
実際その謀反は、実行に移された。
盛誉や宗昌さまがお諌めしたけれど、結局なんの足しにもならなかった。
それどころかそのせいで、二人はあらぬ疑いを掛けられた。
……結果から言うと、頼貞さまのその謀反は成功しなかった。相良の重鎮たちが、大事になる前に収めてしまったからだ。
三日月城は、盛誉の住んでる湯山の地区から随分と離れている。
だからその情報が僕たちの耳に入ったのも、全てが終わった年の暮れだったか年明けすぐだったか……確かそのあたりだったと思う。すごく寒くて、地面が真っ白に凍っていたのを僕は覚えている。
あの日僕は、相変わらず盛誉の住んでいる寺……普門寺を探していた。
本当に必死になって探してた。
玖月善女さまの所で頼貞さまが挙兵するかも知れないって話を聞いて、ひどく焦っていたから。
だけどだけど、見つからないんだ!
そもそも寒くって、そんなに長いこと外にいられない。
僕たちの住んでいる肥後国は、比較的温暖な地域ではあるけれど、雪が全く降らないわけでもない。
冬の寒さで凍りついた地面は痛いほどに冷たくて、僕の探索の邪魔をした。
そもそも、そんなに離れてはいなかったんだよ? 盛誉のいる普門寺と、玖月善女さまの住んでいる場所は。
だからすぐに見つかると思ったのに、まさかの年越えとか、ビックリだよね。ホント泣きたくなる。
あぁ、もう! 盛誉のバカ!
あんなに寄り道するから、何が何だか分からなくなっちゃったじゃないか……っ!
泣きそうになって茂みの片隅で休んでいたあの時、僕は頼貞さまのその噂を聞いたんだ。
あれはいつのことだったろう? 確かひどく寒い夕暮れ時だったと思う。
『頼貞さまが三日月城に攻め入って失敗なさったそうだ』
村人たちの話は、そんな話だった。
ゾクリ……と胸騒ぎがした。
遂に心配していた事が、起こったんだって思った。
僕は茂みの間から、こっそり顔を出してその話に耳を傾けた。
だって、状況次第では謀反の疑いを掛けられている盛誉に、とんでもない事が降り掛かってしまうんじゃないかと思ったから。
『……』
こんな時に黒い体って便利だよね。村人たちのすぐ傍まで近づいて話を聞いたけれど、全く気づかれなかったもの。
村人たちは話を続ける。
「あぁ、知っとる知っとる。なんでん、あん多良木の地頭の岩崎さまも加勢なされたとか?」
「そぎゃんたい。火縄銃も持ち出して、結構な騒ぎになったらしかとよ……」
「火縄銃てな! どっからそげなもん出して来よらしたとだろか?」
「なんでん、薩摩兵ば駆り出して挙兵したとか言いよらしたばってん?」
「は? じゃ、裏に島津公がおらすとか? そりゃなかど。島津公は確か四郎さま側だろうけんが」
「そぎゃんこと言うたって、現に負傷された岡本さまン腹ン中から火縄銃の玉が二つ出てきよらしたもん。間違えはなかどて思うけどな?」
「玉!? んで、そン岡本さまは──」
「生きとらす」
「……あぁ、そ」
「……」
結局のところ、頼貞さまは相良家の重鎮の一人、深水さまと その後の話をしたそうだ。
深水さまは、四郎さまを義陽さまの跡目に……と、薩摩の島津公と交渉を行った人物でもあるし、義陽さまが信頼を寄せ、『亀千代を頼む』と後を託した人物でもある。
その深水さまの話はこうだ。
『三日月城の中の者は、頼貞さまの意見に同感です』
……。
え? 本当、何言ってんの?
僕は呆れ返る。
あれほど信頼されていた深水さまが、城を襲われまさかの降参?
けれどこれには、続きがあった。
『けれど、上球磨の者たちの意見は分からないので、出向いて行って詳細を聞いてみて欲しい』
『……』
明らかに怪しい物言いだ。
なのに頼貞さまはその言葉に従って、上球磨へ出向いたらしい。
そこに待ち受けていたのが島津兵。
頼貞さまの兵は、瞬く間に取り囲まれ、討たれ……はしなかった。そこで何故か頼貞さまは、とくと諭される事になる。
どんなにこの挙兵が無謀な事なのか、勝ち目のない戦なのかを……。
「ふーん。そんで頼貞さまはどぎゃんしなはったと?」
「んー。それが分からんとたいねー。
一緒に挙兵した多良木の地頭、岩崎さまと共に日向へ逃れたって言いよったけどね?」
「日向……。近かな」
「ま、おおごてにならんで良かった良かった」
「ほ、あれて言いよったじゃなかか? 普門寺の盛誉さまも、頼貞さまの仲間に……と狙われとったとだろ? 危なか危なか」
「なんが、危なかね! あン坊さんが加わるわけなかどもん?
あぎゃん人の良か人捕まえて、危なかてあるかい」
「まぁ、そぎゃんたいね。あはははは……」
……と、そこでは笑い話になってたけれど、僕はホッとした反面、青くなる。
盛誉のお兄さんが言ってた、【事はそう簡単じゃない】って言うのが頭から離れない。
確かに頼貞さまは日向に逃げた。
島津兵に取り囲まれたのなら、さぞ怖かったに違いない。だから二度と挙兵なんて馬鹿な真似はしないと思う。
けれど何故、島津公はそこで頼貞さまを討たなかったのだろう?
諭すよりも討つ方が簡単なように思えた。
……事前に深水さまに頼まれたから?
真相は分からない。
けれど頼貞さまがなんのお咎めも受けなかったのは確かだ。
……逃げちゃったから、しょうがないと言えばしょうがないけれど、でも捕まえようと思ったのなら捕まえられたとも思う。
だって諭すことが出来たんだもん
確かに前領主義陽さまの弟君ではあるけれど、謀反人には変わりない。
『……』
何故だか少し気味が悪い。
僕は、震えが止まらなかった。
人は平気で嘘をつく。
頼貞さまを誘い出した、その深水さまっていう人がいい例だ。
一旦従うと言ったその後に、頼貞さまを嵌めたんだ。
そうやって幼い領主……四郎さまを守ったのかも知れないけれど、盛誉はそんな世の中で生きている。
宗昌さまは盛誉が恨みをかっていると言っていた。
それは盛誉だけじゃなくて、宗昌さまだって同じだ。
もし、二人を快く思わない人間が何かを画策していたら……?
『……っ、』
そう思うといても立ってもいられない。
僕はその時、必ず普門寺を見つけ出して、絶対盛誉に会うんだ! と心に決めた。
……ただ、この状況はかなり厳しい。
せめて寒くなかったのなら、もっと早く盛誉の所に辿り着けたはずなのに……。
それがひどく、口惜しかった。
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頼貞はこの騒ぎの後、
日向の国の伊東氏を頼り逃亡したと史実にはある。
けれどこの時既に伊東氏は、日向を追われており頼貞を助けることは不可能だったと言われている。
そしてその後の頼貞の消息は
掴めていない──。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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これ、なかばホラーなんじゃないかと
思い始めてます( ・-・ )
分類間違ったか?




