✤玉垂の、名前の由来✤
宗昌さまは、その日は玖月善女さまのところに泊まった。
僕はいつも玖月善女さまと眠るのだけれど、その日は宗昌さまのところへ行った。
だって、どうにかして盛誉に会いたかったから。
宗昌さまと一緒にいたら、もしかしたら僕を連れて行ってくれるかも知れないって、思ったんだ。
暗闇の中で、こっそり宗昌さまの寝所に忍び込むと、宗昌さまはビクッと身を震わせて、僕を見た。
あまりの驚きように、僕の方が飛び跳ねる。
「ぶ。なんだ、お前か……驚かすなよ……」
そう言って、布団をひろげてくれる。
『にゃ』
入ってもいいって言う仕草だって分かるから、僕は遠慮なくお邪魔する。
今はもう冬。
正直寒かった。
布団の中はあったかくて、気持ちがいい。
だけどやっぱり血の匂いがする。
宗昌さまは、確かに湯浴みをしていたんだよ? だけどそれでも取れないこの血の匂い。もう体に染み付いちゃってるんだ。
きっと宗昌さまは、いっぱい人を斬っているに違いない。
『……』
「しかし、驚いたな」
宗昌さまは、ふふふと笑う。
『にゃう?』
「知っていたか? お前の名前は、盛誉がつけたんだぞ?」
『!?』
僕は目を丸くする。
「ふふ。猫にそんな事を言っても、分かるわけないか」
宗昌さまは笑いながらうつ伏せになると、僕の鼻をつついた。
「ホントに真っ黒だな。鼻まで真っ黒とか、笑っちゃうよな」
『……にゃう』
匂いは全く違うんだけれど、やっぱり宗昌さまは盛誉に似ていて、僕はずっと、宗昌さまを見ていたくなる。
宗昌さまは、そんな僕に微笑んで、盛誉が僕を見つけたときのことを話して聞かせてくれた。
あの夜盛誉は、夜のお勤めを終えて寝所へと向かっているところだったらしい。
「──するとな、子猫の鳴き声が縁の方でするものだから、心配になって外へと出たらしいんだ。
ところが、どうした事か気配がすぐさま消える。鳴き声一つ、物音一つしないのだそうだ。
けれど確かに子猫の声を聞いたから、必ずいるはずだからと、盛誉はお前を必死になって探したそうだよ。
放っておけばいいのにな。
だけど子猫であれば人恋しかろうし、腹が空いていては可哀想だと、見つけるまでは絶対に部屋には上がらぬと決めていたそうだぞ。
我が弟ながら頭が下がるよ。ま、直ぐに見つかったわけだがな」
そう言って僕の頭を撫でる。
「そしたらな、今のお前みたいに寺の縁下で【青い玉】が浮かんでたらしいんだ。
確かにドキリとしたよ。暗闇に目だけ浮いてるんだからな。ま、俺が見たのは【金の玉】だったがな」
クククと宗昌さまは笑う。
「……それがひどく綺麗な【青】だったと言うんだ。
だから、お前の名前は玉垂。朝露が美しく垂れるさまを思い浮かべたそうだ。
お前も盛誉に、助けを求めていたのだろ? 小さく震えるその【青い玉】が、ひどく可愛くて愛おしかったと言っていたよ」
『……』
僕はすごく、恥ずかしくなる。
確かにあの時、誰かに助けて欲しかった。
寂しくてお腹がすいて、悲しかった。
だけど、怖くもあった。
知らないその【誰か】は、僕に優しくしてくれるだろうか?
そう思うと、見つかっちゃいけない気がして、僕は息を殺して物陰に隠れた。
それを盛誉が見つけて、救ってくれたんだ。
そうか。
僕の名前は盛誉が付けてくれたのか。
玖月善女さまが付けてくれたのだと思い込んでいた。
だって盛誉は、僕の名前を呼んでくれたことがなかったから……。
『にゃうにゃう』
名前を付けてくれたのが盛誉なのだと思うと、僕はなんだか嬉しくなった。
思わず宗昌さまの胸に、その鼻面を擦り付けた。
「ふふ……よせよ。くすぐったいだろ?」
ゴロゴロと喉を鳴らしながら宗昌さまに擦り寄れば、宗昌さまは僕の毛並みから逃れるように、頭を振った。
宗昌さまは続ける。
「その【青】が【金】になったと言うから、盛誉もそれが見たいと言って、ここへ来たがっていたけどな。
……聞いただろ? 頼貞さまの話」
『……』
宗昌さまの顔から、笑みが消えた。
ぐるっと仰向けになって、宗昌さまは天井を凝視する。
「……母上には、あぁ申しはしたけれど、本当は状況は すこぶる思わしくない」
『……』
宗昌さまの声は掠れるように小さかった。
きっと僕に話しているんじゃない。自分に言っているんだろうと、僕は思った。
宗昌さまは、深く溜め息をつく。
「……盛誉はなにも、ここに来たくなくて来ないわけじゃない。戦に駆り出された男手の代わりを担っているし、年貢を軽くしてくれと各所に言って回っている。そのせいで、有力者からの恨みだってかってるんだ。
だからこその この噂……。このままで済むはずがない……」
宗昌さまの声は消え入りそうだ。
「あぁ、それから薩摩の長寿丸さまも心配だ。
今はまだ、頼貞さまが挙兵するかも知れないという噂に過ぎないけれど、もし本当に頼貞さまが挙兵し、万が一にでも家督を継ぐとなれば、ご気性の荒いあの方だ。きっと薩摩に攻め込むに違いない。
その時人質であられる長寿丸さまが無事でいられるとは、到底思えない。
薩摩の力は強大だ。簡単に倒せるものではないが、その事に頼貞さまは気づいていらっしゃらない。
目先の利益に囚われているんだ……」
宗昌さまは、軽く目を腕で押さえた。
「だからこそ、先代の義陽さまは我が子を人質として、差し出しているのに……。
玉垂? 今のご当主さまはな、弟御の長寿丸さまと共に、人質として薩摩の国にいたんだ。知ってるだろ? 当然、和議のためにだ。
今は家督を継ぐために四郎さまだけがここへ返された。……四郎さまの心内はいかばかりかと、俺はいつも思うよ。
……俺にだって盛誉がいる。
だから、四郎さまの気持ちは痛いほどわかる。四郎さまにとって長寿丸さまは大切な肉親。掛け替えのない弟君なのだ。
だから盛誉も、……どうにかして、頼貞さまを……」
宗昌さまの声が掠れはじめ、遂にはスースーと規則正しい寝息が聞こえ始めた。
『……うにゃ?』
……眠った、の……?
宗昌さまの寝息を聞きながら、僕はぼんやりと思う。
多分盛誉は今、必死なんだろうなって。
どうにかして、甥を追い落とそうとする頼貞さまを説得しようかと、頭を悩ませているのだろう。
……だからここには、来てくれない。来れなかったんだ。
『……』
それがすごく寂しくて、僕はどうにかして盛誉に会えないものだろうかと考えた。
僕だって寂しい。
盛誉に会いたい。
そんな事を思いながら、
いつの間にか僕も、眠ってしまっていた。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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