✤青い目と金色の目✤
本格的な寒い冬が来た。
ピューピューと吹き付ける風がとても冷たい。
義陽さまが亡くなられ噂の通り、その跡目を継いだのは亀千代さまだった。
人質とされていた島津の家から返され、そこから慌ただしく元服なさって、その名を【忠房】さまと改められた。
通称【四郎太郎】さま。
相良家に戻ったのは、この四郎さまただお一人。
一緒に人質として島津へ行っていた弟君であられる長寿丸さまは、帰ることは叶わず引き続き島津家の人質となった。
だけど領主さまが決まったからと言って、安心してはいけない。状況は何も変わらなかったんだから。
と言うのも、もう一つの噂もだんだん現実味を帯びてきて、活性化してきたんだ。
【義陽さまの義弟頼貞さまが、四郎さまを討つべく挙兵する】
……噂は、そんな噂だった。
そしてその噂の火の粉は、盛誉とその兄宗昌さまに降り掛かる。
だってあの時……義陽さまが亡くなってすぐ、二人は頼貞さまに会いに行ったもの。
義陽さまのお悔やみと、……そして、頼貞さまがよからぬ事を考えないように、釘を刺すために……。
盛誉とそのお兄さんの宗昌さまは、あの日、領主さまの義弟君の頼貞さまにお会いした。
不思議にも頼貞さまは落ち着いておられ、その日はお悔やみと、軽い世間話をして帰ったそうだ。
当然、その【軽い世間話】には、しっかり釘を刺して来たと言っていたから、本当に二人は抜かりない。さすがだなってその時は思ったよ?
当時から頼貞さまは、腫れ物のような扱いを受けていた。
だけど盛誉のみならず、そのお兄さんの宗昌さま本当に人が良くって、【家督を狙っている】……と疑惑の渦中にいた頼貞さまの相談でも二人は快く受けとめ、話を聞いていたようなんだ。
もちろん盛誉も宗昌さまも、相良の家臣として『仲違いをするような、そのような事をしてはなりません』……と宥める意味合いもあったんだよ?
だけど問題は、そこじゃない。
話の内容じゃなくて、【会っていたこと】が問題視された。
『義陽さまが亡くなられ、次の領主として頼貞さまにと画策しているのに違いない』
どこをどう取ったら、そうなるんだろう?
絶対にそんな訳ないんだけど、二人の事を快く思わない人たちは、そう噂した。それが領主になったばかりの、まだ十歳になるかならないかの四郎さまの耳にまで届いた。
そうなると【ただの噂】では済まなくなる。
「あの子、あの子はどうなるのでしょう?
宗昌。盛誉、……盛誉を見舞っては頂けませんか?
盛誉とあなたはお悔やみに行っただけですのに、他にも頼貞さまと会っていた方など、たくさんいますのに、何故このような……」
宗昌さまは険しい顔をしながら、よろける玖月善女さまを支えた。
「母上、どうぞお気を確かに。
母上は盛誉の事となると、どうしてこうも取り乱されるのか……。
盛誉のことなら、この宗昌にお任せ下さい。
なに、心配は要りませぬ。盛誉と私は頼貞さまをお諌めしていたに過ぎませぬ。周りにはちゃんと人もいて、三人だけで会った……などと言うことはしておりませぬゆえ、ご案じ召されますな。
それに、その事を知らぬ者などおりませぬ」
宗昌さまはそう言って、カカと笑った。
『……』
笑っていたけれど、僕は見た。……目が笑っていないのを。
だから僕は、少し不安になる。
『にゃ、にゃーにゃーにゃー』
僕はいてもたってもいられなくて、宗昌さまにしがみついて鳴いた。
「ん? どうした玉垂。腹が減ったのか?」
『……』
何なんだろね? この母子兄弟揃いも揃って。
僕が鳴けば、それ腹が空いたのだろうって……。僕、そんなに食い意地張ってないんだからね……!
ムッとして見上げると、宗昌さまは笑って僕を抱き上げた。
僕を見て破顔する宗昌さまのその顔は、やっぱり盛誉に似ている。
『……』
兄弟だから当たり前か。
あの懐かしい盛誉にとても良く似たその笑顔を見て、僕は泣きたくなる。
もう、ずいぶんと盛誉に会っていない。
僕を玖月善女さまに預けたっきり、盛誉は一度も遊びには来てくれなかった。きっと、僕のことなんて忘れてしまったのに違いない。
懐かしい面影を見て、僕は悲しくなった。
だけどどう足掻いても、僕はただの【猫】。言葉なんて通じない。会いたいって叫んでも、会うことは叶わない。
『……』
僕はじっと、宗昌さまを見た。
玖月善女さまも、ひどく盛誉に似ているけれど、目の前の宗昌さまは、それとは比べ物にならないほど、盛誉に良く似ていた。
声だって、苦しくなるほどにそっくりだ。
その声で、宗昌さまは僕に話し掛けてくる。
「玉垂。盛誉がお前に会いたがっていた」
『にゃ……!?』
宗昌さまの言葉に、僕の心臓がドキリと跳ねる!
盛誉!? 盛誉は僕を覚えていてくれているの!?
僕が目を丸くすると、宗昌さまはフフと笑う。
「私はお前の小さい頃を知らぬがな、なんでも目の色が違ったのだろ?」
宗昌さまは言う。
……ん? 目の色? なにそれ。
僕がキョトンとしていると、玖月善女さまがホホホと笑った。
「ええそうです。盛誉がそのような事を?」
「ええ、母上。盛誉は申しておりました。『垂玉は愛らしい』のだと『真っ青なその目は、朝露が滴り落ちるようだ』とも。
けれど私が見る玉垂の目の色は、雫の色ではありませぬゆえ、不思議に思っていたところです」
『にゃ……?』
宗昌さまの言葉に、僕は目を丸くする。
目の色……。え? 僕の目の色って、変わるの!?
ちっとも青くない……と、ブツブツ文句を言いながら、宗昌さまは僕を覗き込んだ。
「盛誉は、『ドキリとするほど美しい瞳』と言っていたのにな。見ること叶わず、惜しいことです』
『にゃう……』
僕は焦る。
【ドキリ】とするのは、僕の方だ。
盛誉に似た宗昌さまの少し薄い、飴色のその目で見られると、どうしたらいいか分からなくなる。
すると玖月善女さまが、震えるように息を吐き、口を開いた。
「まだ今よりも小さかった頃は、蒼空のような、それは透き通った美しい青色だったのですよ。今はお日さまのような金色に変わってしまって、不思議なこと……と、あの子にも文を出したのだけれど……」
「ふふ。言っていた言っていた。そう言えば、そんな事を言っていたな。『金の目になった玉垂をこの目で見たい』と……」
『にゃあ、にゃあ……!』
僕も会いたい。会いたい! 僕も盛誉に会いたい!!
宗昌さまはそう言って笑いながら、僕をふわりと抱きしめる。
ああ、やっぱり通じない。
猫の僕の声は届かない。
もういっそ、僕の方から盛誉に会いに行こう!
……でもあの道を、僕は覚えているだろうか?
寄り道をしながら盛誉と歩いた、あの道のり。
もう既に過去となったあの日。たくさん寄り道をした為に、その道はもううろ覚えだ。
だけど会いたい。
どうにかして見つけよう。
きっと盛誉に会うんだ……!
僕は宗昌さまに抱かれながら、そう決心した。
『……』
そして、【ある事】に気づいた。
確かに宗昌さまは盛誉に似てる。
似ているけど、でも違う。
見た目は似ていても、その【匂い】が違った。
盛誉はお香の優しい、いい匂いがした。
でも、宗昌さまは──。
宗昌さまは、ほんのり血の匂いがした。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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うーん。後書きに説明書いたと思うのに
消えてますね。キトンブルーの説明。
(場所間違えたか?)
なので、再び説明。
どっかに同じ説明出てくるかも( ̄▽ ̄;)へへ……。
さてキトンブルーとは。。。
猫ちゃんは赤ちゃんの時、青い目をしています。
(基本、どこの子も全部)
その色のことを【キトンブルー】と言います。
玉垂の目の色の変化も、そのせいです。
盛誉と出会った頃は、
よほど おチビちゃんだったのでしょうw
まぁ、子猫の時って黒目(瞳)が大きくて、
色なんてあんまり分からないイメージありますけどね。